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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第七章 帝国の暗躍

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金の姫騎士と銀の副官 その2

アデリナは、まるで鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さで廊下を歩いている。

ふわふわと金髪が歩くのにあわせて動き、まるで金色の雲のようだ。

そして、頬はわずかに朱に染まり、ワクワクが表情に染み出ている。

もっとも、本人はかなり気を引き締めているつもりにのだが、周りからはそうは見られない。

下手したら大好きな異性からデートに誘われた女性がデートに向うかのように浮かれているというものさえいるだろう。

もっとも、今着ているのが軍服でなくドレスであればだが…。

そして彼女の後ろには、銀髪の女性…ノンナが主人と違い、まったくの無表情で銀色の髪を揺らして一定の距離を開けて付き従っている。

「ふふふっ…。楽しみだわ。どんな子かしら…。無骨な子かしら…。それともスマートな感じの子かな…それとも…」

無意識なのだろう。

アデリナの口から言葉が漏れる。

「お嬢様…。考えが口に出ております」

すーっと囁くように言うノンナの言葉に、はっとしたアデリナは、歩みを止めると慌ててノンナの方を振り向いた。

「えっ…。今、私…口にしてた?」

「ええ。呟いておられました」

ノンナの言葉にアデリナは真っ赤になる。

「嘘っ。ねぇねぇ、ノンナ。私、どんな事、言ってた?」

ノンナの肩を両手で持ち、激しく揺さぶりながらアデリナは聞く。

首をガクガクさせながらも、無表情のままノンナが答えた。

「どんな子かしら…。無骨な子かしら…。それともスマートな感じの子かな…」

その口調はアデリナに似せて言っているものの、表情が無表情の為かすごい違和感しか残らない。

しかし、そんな事はアデリナには関係ないらしい。

「きゃーっ、恥ずかしいっ…」

自分の真っ赤になった両頬を手で押さえてもじもじするアデリナ。

実に、恋する乙女といった感じである。

そんな主人を見ながら、コキコキと首を肩を動かすノンナ。

どうもかなり痛かったようだが、そんな様子は微塵も見せない。

実際、首や肩を動かしたものの、アデリナの視線が逸れた間だけであり、アデリナの視線が向けられそうになるとすぐにぴたりと動きを止める。

紅い顔のまま、ずいっとアデリナは顔をノンナの顔に寄せると囁くように聞く。

その表情は真剣だ。

「ねぇ、ノンナ。今の黙っててね」

「はい。もちろんでございます、お嬢様」

ノンナはいつもの無表情でそう言って頷く。

しかし、それでも心配なのだろう。

再度、アデリナは念を押す。

「絶対の絶対だからね」

「はい、お嬢様」

ノンナは、さっきと同じように無表情で頷く。

「本当だよ。絶対だからね」

「はい、わかっております」

それを何度も何度も繰り返される。

はたから見ていたら、ただの漫才かお笑いみたいな感じだが、アデリナ本人は真剣なのだ。

だからこそ、ノンナも律儀に答えて頷く。

だが、さすがにこのまま何回もやられると先に進まないと思ったのだろう。

「お嬢様、そろそろ時間になってしまいますが…」

そう言われ、慌ててアデリナはしまったというような表情になった。

「そうだったわ。急がなきゃ…。急ぐわよ、ノンナ」

少し駆け足で先に歩き出すアデリナの後をノンナは付いていく。

無表情のままで、しかし、誰も気づかれないように小さなため息を吐き出して。


二人が付いたのは、帝国海軍の主力艦隊が駐留するアレサンドラ軍港の一番奥にあるドックに向う途中の波止場のすぐ傍にある建物の四階だった。

そこは、展望台のようにガラスに囲まれており、その前には港が見渡せるようになっている。

そして、その前に二人がたどり着くと数分もしないうちに二隻の大型艦が姿を現す。

ゆっくりゆっくりと進むのは巡洋戦艦『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』の二隻だ。

ミストーリアから移動してきたとは言え、まだその速度は亀のように遅く、また甲板や艦橋にはまだ一部は布が張られて点検されている最中の様子で、甲板上は作業員が行ったり来たりを繰り返している。

まだ戦えるという状態ではないのは明らかだが、その姿にアデリナは頬を染め、極上の笑みを浮かべていた。

「見て見てっ、ノンナっ。すごいわ。すごい。主砲は三連装砲よ。口径はビスマルクとかより小さいかもしれないけど、すごい。すごいわっ」

胸のところで手を持ってぴょんぴょんと跳ねるように飛び上がる姿は、今で言うところのアイドルに夢中の若い女性のようだが、この世界ではそんなものはない。

だから、その様子をノンナは無表情に見ている。

いや、無表情という仮面を付けてはいるが、困ったなといった感情がにじみ出ていた。

「お嬢様、はしたないですよ」

そう言われて跳ねるのはやめたものの、それでも夢見る乙女の眼差しで二隻を見るアデリナ。

「ねぇ、ノンナ。あれ、いつになったら私のところに来るの?」

視線を二隻に向けたまま、アデリナは聞く。

ノンナは持っていたファイルを開くと確認し答えた。

「早くて四ヵ月後ですね。下手すると半年以上になる可能性もあるようです」

その言葉に、アデリナはくるりとノンナの方を見る。

その顔はさっきまでの笑顔と違い泣きそうになっていた。

「ええーっ、四ヶ月も先なの?」

「はい、早くて四ヶ月ですね」

「それ縮まらないの?」

「ですから、早くて四ヶ月です、お嬢様」

その言葉に、むすっとした表情になり、アデリナは頬を膨らませる。

「やだ、やだっ。もっと早くならないの?」

「無理です。少しは現場の人のことも考えてください」

そう言われてアデリナは黙り込む。

出来る事と、出来ない事はわかってはいるのだ。

しかし、彼女の思いが強すぎる為に抑えきれないのだろう。

そして、それをわかっているからノンナは優しく言う。

「ですが、もう少しでテルピッツが戻ってきます。せっかく来たんですから、彼の様子を見て行きましょう」

落ち込んでいたアデリナの表情がパーッと明るくなった。

「そうそう。私には、テルピッツにビスマルクもいるのよね。そうね、そうだったわ」

アデリナは、そう言って奥の方に進む二隻に視線を向ける。

「ごめんね。きちんと動けるようになったら、いっぱい戦わせて、敵をいっぱい潰させてあげるからね。それまで待っててね、シャルンホルスト、グナイゼナウ」

その口調は、別れを惜しむ恋人に向けたようにノンナには聞こえた。

いや、事実そうなのだろう。

アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチの愛するもの。

それは、テルピッツやビスマルクのような他を卓越した力を持つ軍艦だけであり、彼女はその力を最大限に引き出す事に秀でた女なのだ。

だからこそ、帝国の人々は彼女の事を『黄金の姫騎士』と呼び、恐れ、敬う。

ノンナは、テルピッツの修理されているドックに向うアデリナの後を追いつつ思う。

アデリナこそ、『軍艦を愛し、愛される女』なのだと。

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