日誌 第八十三日目
翌日のフソウ連合暦平幸二十三年十二月六日十一時。
アカンスト合衆国が誇る豪華客船ミッシルフールにて、アカンスト合衆国とフソウ連合は、正式に通商条約を結ぶ調印式を行った。
その名称は、『アカンスト合衆国フソウ連合二国間通商貿易及び相互援助条約』が正式条約名となる。
あくまでも貿易や文化交流を中心としているが、何かトラブルがあったときはお互いに援助し協力しあうという事も含めての条約となっている。
つまり、アカンスト合衆国は、東方地域に植民地や港を持っていないが、きちんとした手続きを踏めばフソウ連合の決められた港で補給や支援を受けられるという事だ。
そして、それは逆もあるということになる。
王国との同盟によって、かなりの港と植民地での補給や援助を受けられるようにはなったものの、それでもまだ地域的にはほとんど寄れる港がないところもあり、少しでもそういった地域を減らす事を考えるとこの条約はフソウ連合にとってもありがたい。
さすがに軍事同盟まではいかないものの、その部分は装備援助という事で繋がりがあればなにかと融通が利くといったことになる。
つまり、双方満足できる条約となっていた。
そして、調印式の後は、アカンスト合衆国が誇る豪華客船ミッシルフールでの昼食会が開かれ、実に和やかなムードですべてが終了した。
また、両国にそれぞれの大使館と連絡員を置く事も決められ、これから人選などを含め、大変になりそうな感じだ。
王国の時は、斎賀露伴という王国に詳しくさらに繋がりのある最適な人物がいたからよかったが、今回の合衆国に派遣する人選をどうすべきだろうか。
そんな事を考えつつ、長官室に戻ると、そこにはすでに新見准将と川見中佐がソファに座って待っていた。
「待たせたかな?」
「いえいえ。そんな事はありませんよ」
二人は立ち上がって敬礼する。
それに返礼をしつつ、ソファに座ると二人も座った。
「今日呼んだのは、合衆国に派遣する人選なんだが…」
僕がそう言うと、新見准将と川見中佐は互いの顔を見た後、ニヤリと笑った。
そして、僕の方を見て二冊のファイルを差し出した。
「これは?」
「一冊は、派遣大使の推薦人物の資料です」
そう新見准将が言った後、川見中佐が言葉を続けた。
「もう一冊は、派遣軍人の資料です」
「さすがに手際がいいな」
僕が感心して言うと、新見准将はにやりと笑って言う。
「王国の時に散々悩んでいた長官を見てましたから。それに日頃からお世話になりっぱなしですからね。少しぐらいはお力になれるところをお見せしておきたいなと…」
「おいおい。そんな事言うなよ。今でも皆には助けられてばかりだと言うのに…。本当に助かっているのはこっちだよ」
僕の言葉に、二人は苦笑している。
いや、そこ勘違いしてるって。
僕はそんなにすごい事はしてないよ。
皆の方がすごいんだって…。
そう言い返そうとしたら、長官室のドアが開いた。
東郷大尉がどうやら飲み物を用意してくれたらしい。
今日は、紅茶にアップルパイだ。
どうやらアップルパイは、東郷大尉の手作りのようだ。
そういや、昼食会は緊張してあまり食べた気がしなかったからな。
そう思っていたら、どうやら僕のだけ少し大きめのようだ。
「えっと…僕の分だけ大きい感じたけど…」
僕がそう言うと、東郷大尉はニコリと笑いつつ答える。
「長官、昼食会どうせ緊張してあまり食べてこなかったんでしょう?」
「あ、ああ。よくわかったね」
僕の言葉に、東郷大尉はやっぱりといった顔をする。
「いつもそんな感じですからね。少しはお腹にたまったほうがいいかと思いましたので…」
「あ、ああ、ありがとう…」
なんかすごくうれしいんですけど。
僕の事をよくわかっているといった感じで…。
「いいえ。何かあったらお呼びください」
そう言って東郷大尉は退出していった。
その後姿を見ていたら、こほんと新見准将が咳払いをする。
そして、僕の方を見てニヤニヤした後、口を開く。
「では、我々もご相伴にあずかりますか…」
「そうですな」
川見中佐もニヤニヤして返事をしている。
どうせよからぬ事を考えているのだろう。
なんか腹が立ったので、昨日の事を話す。
「映画の脚本を書いているとは思わなかったよ」
もちろん、それで文句でも言おうと思ったのだが、反応が思っていたものではなかった。
「そうですかっ。読まれましたかっ。いい感じだったでしょう?」
実に生き生きと新見准将が感想を求めてくる。
いや、説教してやろうと思ってたんだけど、そんな風に来るとは思っていなかった。
そんな期待するかのような目で感想を待つのは反則だ。
説教できないじゃないか。
「実は、私も出したのですが、審査で落ちてしまって…」
何、それ?!
僕は何も知らないぞ。
「確かに面白かったですけど、やはり予算的なものがですな…」
「ええ。外の国を舞台にするとなかなか難しいですからね」
二人して盛り上がっている中、僕は唖然としていた。
これって…知らなかったの…僕だけ?
「えっと…川見中佐の書いた脚本って、どんな感じなの?」
思わず聞いてしまう。
すると普段からは想像できないほどうれしそうに説明を始める川見中佐。
実に細々とストーリーを話すんだけど、なんか輝いている感じがする…。
本当は長々と説明があったが、川見中佐の書いた話を要約すると、イケメンスパイが美女を助けて悪の組織を叩き潰すという話らしい。
それって某有名スパイ映画のまんまのストーリーと設定なんだけど…。
ともかく、気になったので聞いておく。
「それって、誰が参加したかわかってるの?」
「ええ。かなりの人が参加したみたいですよ。確か応募作品、百点超えてたみたいですから…」
くそっ。
何でそんな面白い事を僕に教えないんだよ。
出たいと思っちゃったじゃないか。
なんか悔しいなぁ…。
だが、落ち着け…。
落ち着くんだ。
ここは大人の対応をするべきだ。
そう判断し、深呼吸をする。
そして、新見准将の脚本の感想を言う。
「話としては面白かったが、一部、変更して欲しいところがあったな」
僕の言葉に、新見准将がぐいっと身を乗り出す。
「どこでしょうか?」
「そうだな。一式陸攻や連山のところは、不味いな。大型爆撃機という存在が秘密事項になるからな」
「やはりですか…」
「ああ。本当なら飛行機という存在自体をなくしておきたいとさえ思ったほどだよ。だが、そうなるとこの話は破綻してしまう。だから、妥協案として一式陸攻や連山を二式大艇なんかの飛行艇とかに変更すればいいんじゃないかと思う」
僕の言葉に新見准将は不思議そうな顔で聞いてくる。
「飛行機という存在をなくしておきたいと思いながらも、飛行艇ならいいとは?」
「二式大艇は、どうのこうの言いながら一般の人達にも知られているし、それに政府高官の移動用として九十七式飛行艇を運営しているからね」
「なるほど…」
「最初は、飛行船の方がいいかとも思ったんだけど、あれは使い辛いみたいだし…」
僕の言葉をじっと聞いていた新見准将だったが、「わかりました」と返事をする。
そして、納得したような顔で頷くと言葉を続けた。
「長官の指摘、ごもっともです。修正したいと思います」
「ああ。それでお願いするよ。では、人事の確認を続けようか…」
僕はそう言って仕事に戻りつつも、もし次があるなら絶対に参加してやると心に誓ったのだった。




