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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第六章 夜霧の渡り鳥作戦

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『夜霧の渡り鳥』作戦  その3

「魚雷艇、全滅。ですが、先行した艦隊が接近すると、敵艦隊ゆっくりと後退始めました」

伝令の報告にアレクセイ大将は聞き返す。

「何もせずにか?」

「はっ。こちらの艦が射程距離に入る前に後退し始めています」

その報告に、アレクセイ大将は考える。

これは罠ではないかと…。

しかし、かなり霧が晴れ、今侵攻している艦隊以外敵の艦艇の姿は見えない。

ならば、罠とは考えにくい。

それにそろそろ潮目が変わる頃だ。

沖合いは、朝方になると波が荒れる。

そこまではやつらも把握しておるまい。

地形的な事は我々が熟知している。

ならば、潮の流れが変わるのをうまく使って一気に反撃できないだろうか。

それにいくら大型艦とは言え、我々の持つビスマルク級に匹敵するものが他にあるとは思えない。

巨砲は積んでいるだろうが、装甲はそこまで厚くはないだろう。

だから、一気に畳み掛ければ撃沈できるはずだ。

しかし、それならば、まとまった数が必要になる。

そう思考をめぐらしていると、もっとも欲しいと思っていた報告を副官が持って来た。

「司令、大きな被害のあるものを除く稼動可能な艦艇、全て出撃可能であります」

「よしっ、そうか。先行した艦艇に深追いはするなと伝えろ。一気に数で畳み掛けるぞ。それで残存戦力はどれくらいだ?」

「はっ。重戦艦二、戦艦八、装甲巡洋艦十三、特務砲艦二十二であります」

報告にアレクセイ大将はニヤリと笑みを浮かべた。

特務砲艦は主に港や川や海岸などにある拠点を守る為に作られた小型艦で、搭載された砲は艦体に比べかなり大きく火力はあるものの、航続距離が短いのが欠点だ。

しかし、今回の場合、航続距離は関係ない。

敵はすぐ傍にいるのだから。

それをわかって、数に入れたのだろう。

よし。火力は十分だ。

「よし。先行する戦艦二隻と装甲巡洋艦三隻と一緒に敵を追尾する。絶対に敵を逃すな。一気に畳み掛けるんだ」

アレクセイ大将の号令に、司令官室の空気は一気に盛り上がって反撃の機運が高まる。

「順次艦艇を出撃させます。それで指揮はどうしましょうか?」

「うむ。私がとる。我々の仲間の仇をとろうではないか」

こうしてアレクセイ大将率いる帝国東方方面艦隊残存艦艇四十五隻は、フソウ連合海軍艦隊に襲い掛かる為に港を出撃したのだった。


「急げっ。波目が変わるぞ」

山本中将はそう命令を出しつつ、敵の先鋒隊だけでなくその後を追うように大艦隊が港から出てくるのを確認してほくそ笑む。

「いいかっ。速度はぎりぎりまで落とせ。敵を振り切るなよ。じわじわと引き寄せる感じで誘導するんだ」

「了解しました」

本来なら出せる速度の半分ぐらいでとろとろと艦隊は移動している。

目的地の場所まで敵艦隊を引っ張り込む為に…。

そして、それは間違いなくうまくいっていた。

「長官の予定通りだな」

山本中将が呟くようにそう言うと、横にいた榛名が少し不機嫌そうに言う。

「私としては、真正面から叩き潰したいんですけどね」

その言葉に、苦笑はするものの、少し嗜めるように山本中将は言葉を返す。

「そう言うな。味方の被害が出ない様に色々気を使われているんだよ」

「それはわかってますよ。長官が私達艦やそこで働く人々を大事に思ってくださることには感謝しています。ですが、私は戦艦です。やはり、正面からの砲撃戦をやりたいと思うのは駄目なんでしょうか?」

「いやいや。そうは言わない。だが、被害は出来る限り出さないようにする。その方針は認めてくれ」

「しかし…」

そう言いよどむ榛名に山本中将は諭すように言う。

「榛名は見た事があるか?」

「何をです?」

「戦いで負傷した兵士一人一人に頭を下げて回る長官の姿を…」

山本中将の言葉に、榛名は何もいえなかった。

いや、何もいえないと言うより想像できなかった。

負傷したとはいえ兵士にまで頭を下げる最高司令長官の姿を…。

「あれはな、見てて驚いた。しかし、それと同時に我々が忘れかけていたものを思い出させてくれたよ」

「我々が忘れかけていたもの?」

榛名の問いに、山本中将は苦笑した。

「戦争は、一人では出来ないってことだ。兵士達の協力があってこそ出来るんだと…。そして、その兵士一人一人に人生があるってな…」

「哲学ですね。まるで…」

榛名はそう言って笑う。

「ああ、言いながら私もそう思ったところだよ」

そう言って山本中将も笑った。

そして、ポツリと呟く。

「あの高みに届きたいものだ…」

その言葉を、榛名は聞かない振りをする。

それは何を言っても慰めにしかならないと判断したためだ。

そして、そんな雰囲気はすぐにかき消された。

「目標海域に入ります」

「よしっ。各艦、周りに注意しろ。まだ潮の変わり目ではないが、予想外の事が起きる可能性はあるからな。それと今の命令は艦隊各艦にも伝えろ」

「了解しました」

艦橋内が緊張に包まれる。

作戦は次の段階に入った為だ。

「よし、全艦に通達。戦列を組み直す。二列並列複縦陣を形成。ゆっくりと円を描くように右に方向転換」

「二列並列複縦陣を形成。右に方向転換」

艦隊がまるで一つの生き物のように動く。

左側の列は、榛名、霧島、第六戦隊重巡洋艦の妙高 、羽黒が続き、そして右側には、第六駆逐隊駆逐艦 電を先頭に、天霧 、狭霧、早波、秋霜、秋雲が続いている。

「敵は?」

「食いついてます」

「よしっ。各艦砲撃用意」

「砲撃用意っ」

そして、しばしの沈黙が辺りを包み、そして山本中将の声が響く。

「各艦、行動開始だ」

その号令と共に、二列になって進んでいた艦隊は、右と左に分かれて行動する。

右、左、それぞれが左右に分かれたのだ。

そして円を描くように敵艦隊の周りを回るように動く。

そして、射撃開始の命が下った。


敵艦隊が左右に分かれたため、アレクセイ大将は一瞬迷った。

艦隊を分けるべきか、それとも各個撃破していくのか。

そしてそれが命取りとなった。

先に左に曲がった戦艦、重巡洋艦の列から砲撃が始まる。

艦の腹を見せながらの攻撃。

それは搭載されている主砲を全基使っての総攻撃だ。

「くっ。後れを取った。敵艦隊をすれ違いざまに攻撃するぞ。砲撃戦だ」

「ですが、どちらの艦隊にですか?」

「馬鹿もん。左の方に決まっているだろうが。敵の小型艦は無視だ。敵の先頭の旗艦らしき大型艦に攻撃を集中しろ」

「了解しました」

「撃ち方、始め」

帝国艦隊も砲撃を始める。

しかし、距離があるためか、命中弾はない。

艦の周りで水柱が立ち、海水が浴びせられ、艦が揺れる。

互いに打ち合う均衡を破ったのは、右後方に位置した艦艇が次々と爆発して沈没始めてからだ。

右側に曲がった艦隊の駆逐艦がすれ違いに雷撃攻撃をしたのである。

しかも使用しているのは射程が長く、航跡の出来にくい酸素魚雷で、その魚雷を密集隊形の低速で移動する艦隊に向けて一斉に四十本近く発射したのだ。

いくら長距離の命中率が悪いといっても、これでは当たらないはずもない。

しかし、攻撃された方としては、なぜ爆発し、沈没していくのかわからない。

「何が起こっている?」

「航跡の視認が出来ませんでしたが、恐らくですが魚雷のようです」

「航跡の見えない魚雷だと?そんなものがあるはずないだろうがっ。それにこんな長距離雷撃なんぞ出来るわけがない」

「しかし、右側の敵からは砲撃を受けておりません。それ以外となると…」

混乱しているところに追い討ちをかけるかのような戦艦、重巡洋艦の攻撃が激しくなる。

そしてついに命中弾が出た。

重戦艦に当たった一発の砲撃、それは霧島の三十六センチ砲から発射されたものだった。

それはあっけないほど簡単に帝国が誇る重戦艦の装甲を切り裂き、弾薬庫に届いた。

そして、誘爆によって実にあっけなく撃沈される。

その時間はわずかに数分だ。

そして、それを合図にしたかのように次々と攻撃が命中し、帝国の艦艇は次々と沈んでいく。

もちろん、確かに帝国の攻撃も当たっていたが、旗艦である榛名を集中攻撃したものの、その装甲の前に決定的なダメージを与えることはできなかった。

「ば、化け物めっ…」

アレクセイ大将は崩壊していく自分の艦隊に愕然としながらも、撤退命令を出す。

そして追い討ちをかけるかのように今度は右側に曲がった隊列の駆逐艦から砲撃を食らう。

次々と削られ、沈められていく味方を尻目に、帝国艦隊は攻撃を何とか振り切り、港に逃げ込む為に進む。

しかし、彼らに与えられた試練はそれで終わりではなかった。

先頭を進んでいた装甲巡洋艦が火柱を上げて轟沈する。

「な、何だっ。今度はなんだっ」

「き、機雷ですっ」

「な、なんだと?!しかし、そんなものはさっきは…」

そう言いかけてアレクセイ大将は気がつく。

潮の流れの変化を計算して、準備されていたという事。

そして、今や、港周辺の海域は機雷で囲まれてしまっている事に…。

ぐっと下唇を噛む。

完全に手玉に取られてしまっており、恐らくはこっちの行動も全て計算されていたのだとわかる。

しかし、それがわかったとしても、艦隊をここに留めて置くことは出来ない。

後ろからは、敵の艦隊の攻撃が続いているのだ。

そして、ここで踏みとどまっても全滅するだけだ。

ならば…。

アレクセイ大将は決断するしかなかった。

「重戦艦、戦艦や装甲巡洋艦は、北の支援港であるチッカム港に向え。小型艦、砲艦は、機雷に注意しつつ、このまま進め」

それは苦渋の選択であった。

航続距離のある大型中型艦は、北にある支援港まで行けるだろうが、小型艦や砲艦はまず無理だ。

ならば、この機雷群を抜けるしか手はない。

まさに、運を天に任すしかなかった。

しかし、なら支援港に向かう方は安全かというとそうではない。

支援港に向うのなら、敵の艦隊の攻撃を再度受けつつ傍を突っ切るしかないのだ。

こっちも条件は同じなのである。

だが、ここに留まるのは死を意味する。

命令を受け、帝国艦隊の艦艇はそれぞれ動き始める。

生き残る為に…。

こうして戦いの火蓋が切られてから五時間後の十二時前にこの戦いの決着はついたのだった。



帝国東方艦隊封鎖戦(夜霧の渡り鳥作戦)


●参加艦船

  シルーア帝国東方艦隊    計六十一隻

        重戦艦 四

        戦艦 十二

        装甲巡洋艦 二十三

        特務砲艦 二十二

        


  フソウ連合海軍       計十隻

        第二戦隊  戦艦 榛名 霧島

        第六戦隊  重巡洋艦 妙高 羽黒 

        第六駆逐隊 駆逐艦 電 天霧 狭霧

        第七駆逐隊 駆逐艦 早波 秋霜 秋雲

 


●被害

  シルーア帝国東方艦隊


     ・港内での被害

       

      撃沈     重戦艦 二    

             装甲巡洋艦 三

             支援艦 十三


      大破、炎上  戦艦 三

             装甲巡洋艦 四

             支援艦 十


      港施設の約十一パーセントの破損



     ・海戦での被害


      撃沈     重戦艦 一

             戦艦  八

             装甲巡洋艦 十一

             特務砲艦 十三


      大破     重戦艦 一 

            (支援港にたどり着けず途中自沈)

             装甲巡洋艦 四 

            (降伏一、支援港にたどり着いたもの三)

             特務砲艦 九 

            (何とか港にたどり着くも、ほとんどが港内で鎮座)

      

      中、小破   戦艦 一 

            (支援港にたどり着く)

             装甲巡洋艦 一 

            (支援港にたどり着く)


      死者 八万三百三十六名 捕虜百三十二名


   

   フソウ連合海軍


      損傷   戦艦 榛名  小破

           重巡洋艦 羽黒  損傷

           駆逐艦 天霧  損傷

           駆逐艦 狭霧  小破

    

      死者五十八名 重軽傷者 百二十三名 



この戦いにより、帝国東方艦隊は事実上壊滅したうえに、東部の重要拠点であるジュンリョー港とその施設を機雷によって機能不全へと追いやられてしまい、帝国は東部海域において一気に勢力を失う事となった。

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