越後屋の反撃
明和7年10月6日 江戸 新橋 有坂民部邸
あれから二ヶ月。松江藩から十数名の川越派遣隊を江戸まで便乗させ、ついでに荒川水運を利用し秩父鉄山まで向かわせた。
その研修の成果を携えた派遣隊は、途中相良に立ち寄り発注されたトロッコとレールを積み込み松江に帰還したのであった。
彼らの帰還後、松江藩は佐陀川第二期工事を一時中断し、その土木作業員をすべて高窪炭鉱鉄道の建設へ招集、昼夜兼行で高窪炭田と斐伊川までの道路建設と軌道建設に動員した。結果、わずか1ヶ月で高窪炭鉱鉄道は開業し、10月から高窪炭田は本格操業が可能となったそうである。
また同時に斐伊川水運と宍道湖水運の結節点として平田湊が開設されたが、越後屋にここの運営権をまんまと奪われてしまった。まさにガダルカナル飛行場を完成間近で米海兵隊に奪われたアレみたいな気分である……。
越後屋は平田を拠点化し、一畑薬師~平田、平田~出雲大社の2つの馬車鉄道路線開業を目論見、松江藩にプレゼンを行った末、これも成功したそうである。
以上の報告に私は思わず……。
「畜生め!」
と、脇息を庭に向けて放り投げた。
「旦那様?こんなものが庭に飛んできましたけれど、如何がなさいました?事と次第によっては……おわかりでございますよね?」
えらく丁寧な口調だが、顔は笑っていない。どうやら放り投げた先に結奈が居たようだ。
「すまない、当たったか?」
「いいえ、当たりはしませんでしたが、この通リ、洗濯物が砂まみれに。それで、どういうことでしょうか?旦那様?」
「ムシャクシャしてやった。反省していない。」
だって、越後屋に出し抜かれたなんてムカつくじゃん。
「そうですか……わかりました。旦那様、今夜はこの砂まみれの寝間着でお休みになってくださいな。ええ、ご自身のやったことに反省なされるまでジャリジャリの寝間着で快適な夜を……フフフ……。」
「冗談だろ。冗談。ジャリジャリの寝間着は勘弁してくれ。」
冗談が過ぎたらしい。これ以上怒らせるとヤバい。
「それで、どうされました?」
「越後屋に出し抜かれた。それも、我が出雲国を越後屋、三井の聖域にされてしまった。こんな悔しいことがあるものか。」
「なるほど。でも、その屈辱感を越後屋などの大店はいつも感じていたのではないのかしら?たまには負けてあげないと思わぬしっぺ返しが来るわよ?」
今がそうなんだけどな……。
「関東は兎も角……って伊奈殿と話していたことがこういう形で現出するとは……。」
「仕方ないじゃない。長州でやれば幕府に叛意ありと思われるのだから、先進的な親藩の松江藩というのは適切な判断だと思うわ。でも、いくら越後屋でもこれが限界よね。あとは……上方……京阪神くらいなものかしらね。越後屋の第二の本拠が京都大坂にあるのだから、次が本命かしら。」
「京阪か……。下手に朝廷が口出したり、献金、上納されるようなことがあれば朝廷の権威と影響力が大きくなるし……。どうしたものか……。」
「田沼様に相談なさったらどうかしら?折角、老中格になられたのだから、あの方なら上手くやられるのではないかしら。」
ふむ……。なるほど。結奈が言うことには一理ある。朝廷工作は幕府の十八番。相談してみるか。
「わかった。明日にでも登城して老中方に相談してみよう。」
「ええ、それで、ジャリジャリ寝間着の免除はしないから覚悟してね。」
えっ、なんで!




