登城
明和6年4月15日 江戸城
用が済んだので豊前小倉からさっさと戻ることにしたのだが、どうにも致命的なミスをしたような気がしてならない。だが、それが何なのかモヤッとしているだけで具体的には分からず仕舞いだった。
そんなモヤモヤを抱えたままではあるが、江戸城に居る面倒臭いオッサンどもに報告をしないわけにはいかないので、旅装を解いて寛ぐ間もなく登城した。
御庭番の真似事をさせられているおかげで将軍対面所の黒書院までスルーパスである。色んな意味でどうかと思う・・・。簡単に上様暗殺出来ちゃうぞ?しないけど・・・。
「有坂民部、長州より帰還致し罷り越しました。」
「おぅ、民部か。待っておった。近う寄れ。」
ホント、上様は気に入った相手に気安いなぁ。
「長州はどうであった?包み隠さず話すが良い。」
「まずは簡単に申し上げます。長州の主要港湾には台場が複数設置されており、入港時に夾叉される様に設置されております。馬関海峡は平地に一定間隔で配置されておりました。いずれも十分な大筒を用意しておりますれば、海から攻めるのは容易ではありませぬ。」
「ふむ。だが、そちは弱点を理解しておる顔だの?」
「長州の台場の射程は凡そ四半里でございます。故に、半里先から砲撃致せば被害なく鎮圧出来まする。」
「ほう、射程半里の大筒があるのか?」
「今はまだございませぬ。御用命とあらば半年で試作は出来ましょう。しかし、こちらが出来ることは、長州にも出来るとお考えくださいますよう。」
そう、反射炉は鉄製大砲を建造するために導入されたのだ。勿論、今は技術的に可能であるけれど、試作などさせてはいない。それこそ、試作なんてさせてその情報が漏れたら寡兵で多勢を打ち破れる。
「左様であるな。では、そちが懸念しておった反射炉はどうじゃ?」
「結論から言えば反射炉は確実に建設されております。ただし、現状では試験段階もしくは建設中であろうと推察されます。また、設置場所は萩城内であると思われます。萩城内へ砂鉄を大量に搬入しているとの情報、藩命で耐火煉瓦を増産しているという情報から裏付けられるかと存じます。」
目視で確認できなかったのが悔やまれるが、城内へは侵入できないからな・・・。
「ふむ。ならば、鉄道はどうじゃ?」
「申し訳ありませぬ。長州領内は厳しい検問が多く、領内の自由な行動が難しく、調査しきれなかったのでございます。ただ、鉄道の役割を考えますと敷設される場所は限られます。現状では山口~防府、下関~長府が想定されます。」
「左様か。民部、そちは長州への懲罰に反対か?」
正直、難しいところだ。個人的な歴史に対する理解からは長州は潰しておくのが正解だ。薩摩は兎も角、長州は害悪でしか無かった。明治維新でも権力闘争に明け暮れ、実質的な官僚組織などは幕府官僚の再登用をしなければまともに機能しなかったのは歴史の示すところだ。前島密や勝海舟、榎本武揚など文官武官問わず幕臣が明治政府の行政を担っていた。また経済界でも同様に渋沢栄一など幕臣が欧州の知識を有していたことから主導している・・・。つまり、倒幕をしたが長州の連中は政府という国家組織を運営する能力など微塵もなかった証明だ。それを考えると今潰しておくことは悪い考えではない。
「悩んでおるの?そちの知る歴史と違う結果になることをするのは気が進まぬか?」
あぁ、そっちで解釈されてしまったのね・・・まぁ、それもあるっちゃあ、あるのだが・・・。
「上様に申し上げます。私自身の考えでは、長州はどこかの時点で討つべきであると考えます。ただ、時期尚早・・・いえ、語弊がありますね、今はまだそれに対して上奏出来ます良策を持ち合わせておりませぬ。」
「ふむ。良策がないと申すか。良かろう、いずれにせよ時は必要であるからのう。」
「現状で申し上げることが出来ますのは、長州には萩城の破却と江戸の上屋敷の没収を命じることでございましょう。それが限界であろうかと存じます。」
「相分かった。主殿らにはそちがそう申しておったと伝えよう。余も現状で打てる手はそれくらいだと思う。下がって良いぞ。大儀であった。」
「ははっ。また改めてご報告にまいりまする。」
「うむ。期待しておるぞ。」
上様との対面を終えて退出し、田沼公と老中連にも報告書類を提出し、下城した。阿部伊予殿の体調が悪そうだったが、あの方も死期が近づいているなぁ。人の生死は歴史の修正力が働いているんだなぁ・・・。儚いものだ。




