周防灘
明和6年3月20日 周防灘 周防笠戸島沖
江戸での引き継ぎや根回し工作などを終わらせ出航したのが16日夕刻。それから17日早朝に相良に寄港し石炭などを積み込み夕刻には出航した。
相良に立ち寄ったのは、相良本社に務める人材から副官、将来の幹部候補になりそうな人物を江戸に連れて行く必要があったからであるが、思いの外、こういう人物はホイホイいるものではない。
仕方がないから、結奈の実家・・・この時代のであるが・・・に立ち寄り、義父に話を持ちかけたところ、義弟を推挙された。神庭幸太郎という。初めて名を知ったよ。うん、済まない。結奈には関心は向いていたけれど、彼女の家族にはほぼ無関心だった。灯台下暗しだ。
幸太郎は、体が弱いとまで言わないが、少なくとも農作業をするにはお世辞にも向いているとは言えないそれだったが、その代わり知恵が回るし、結奈が覚醒した時に苗代の実践に協力し、それを更に自身で研究していたらしい。結奈もざっくりで現代技術を持ち込んだだけあって最適なそれがわかっていなかったようだが、幸太郎はそれを幾通りか実験し、最適な苗代技術を確立したらしい。
義父が自慢げに話すので、ついでに孫が出来た話をしたら、宴会を始めてしまったのでなかなか放してくれなかった・・・。お陰で昼には出航できたはずなのに夕方まで出航できなかった。
まぁ、そんなこんなで義弟を副官として連れて行くことにした。義父は幸太郎には豪農の跡取りではなく、別の可能性が彼には適しているだろうと言い、幸太郎の弟に継がせるつもりだと宣言した。
「なぁ、幸太郎?お前さんはそれで良いのか?」
「私も父と同じ様に考えております。何より、義兄上と姉上についていけば楽しい人生が歩めるのではないかと・・・。」
「お前さんの姉は、結構アレだぞ?この世とは異なる知識を持っていると思わなかったか?」
「ええ、存じておりますよ。なにせ、私も似たようなものですから。」
「ちょっと待て、するってぇと、お前さんも転生者なのか?」
「さて、それはどうでしょうか?ただ、姉上が言っていることが理解できるという程度ですから。お二人のように完全に前世の記憶があるわけではありません。私はこの時代の人間ですが、お二人の言っていることが理解できるだけ。ですので、似たようなもの、でしかないのです。」
「なるほど、分かった。まぁ、いいや。」
「良いのですか?」
「考えても答えは出ない。それに理解できるならそれで十分だ。知らなくても、理解できるなら、それを考えることは出来るし、それなりの答えも出せるだろう。それで十分だ。」
「はぁ。」
ってなやり取りを船上でしていたのだが・・・。
ドーン・・・ドドーン・・・
おいでなすったか・・・。
「義兄上、これは?」
「長州の砲台が警告に発砲したんだろう。なるほど、下松港の入り口にある島の両岸に砲台を設置しているのか・・・。」
「退避しなくては?」
「大丈夫。艦長!」
「へい?なんでございやしょう!」
「全速で下松港へ向かって、それで砲台の射程ギリギリで回頭して、低速でダラダラノロノロと厭味ったらしく走らせてくれますか?あと、測量班に敵の射程を測らせてください。今後、徳山、防府三田尻、長府、下関と同じ要領で射程の把握と砲門数の把握、海上から観測できる台場構造の絵図作成を。」
「了解しやした」
さぁ、どう出てくるか?どうせ長州でも軍艦は有していないから射程に入らなければどうってことはない。
恐らく4貫目の加農砲で半里か四半里だろう。今はまだ鉄製砲の技術自体を持ち込んでいないから流石に青銅鋳造砲だろうけれど、反射炉が安定運用出来るようになればアームストロング砲は無理でも、幕末の4斤砲とか簡単に量産出来る様になる。もっとも、それを作るためには何度もトライアンドエラーやる必要はあるけれど、出来る能力が有ればいつかは造られる。そう、現代で北朝鮮がたった10年で北米を射程に入れた様に・・・。
「提督、測量班から報告が来ましたぜ。」
「どうでした?」
「へい、凡そ四半里とのことでごぜえやす。」
どどーん
まだ撃ってくるのかよ。届かねぇってのに・・・。
「では、台場構造の絵図が出来ましたら、次は徳山へ向かってください。今後は同じ要領でお願いします。余程のことがない限り、指揮はおまかせします。海のことは艦長の方が適任でしょうからね。」
「へい。では、指揮権を預からせていただきやす。」
どどーん
景気の良いことだわ。
「幸太郎、江戸に帰ってからロケット花火の製造方法と量産を考案して欲しい。相良で実験できるように手配するから、盃会と協調してやって欲しい。必要なら、お前さんの知り合いとかを雇っても良いから。」
「ロケット?義兄上はロケット花火を何に使うつもりですか?」
「大砲作るよりも安価で大量に揃えることが出来る。そして、小榴弾や炸裂弾を先端に取り付けておけば例え威力は低くても、殺傷能力は十分にあるし、敵陣地を面で制圧するのに役立つ。さすがに機関銃をこの時代に持ち込むのは無理だし、ヤバいから。」
「長州征伐やるつもりですか?」
「やるつもりはない。やらない方向に持っていく。それでも、可能性がある以上はカネの掛からない戦準備はやっておくに限る。」
「あと軽量な圧延鉄板の装甲板を本格的に造らないといけないな・・・。」
「姉上がお怒りになるのでは?」
「さすがの結奈でもそこまで口を出さないよ。それに、ある程度腹をくくってるだろうし。」
「はぁ、そういうものでしょうか?」
「そうだと期待したい・・・。」
そう言って遠い目になるのを幸太郎は見逃さなかったようだが、何も言わないでいた。




