無駄な抵抗と自覚なき降伏
明和5年6月12日 遠江相良 有坂邸
例の書状の返事を江戸に出したのだが、何故か、それを結奈が今ここに持っている・・・。そして、私は正座させられているのであった。
おかしい。なんで、結奈が持っているんだろうか・・・。
「旦那様?この書状は一体どういうことなのかな?うん?」
「なんで結奈がそれを持っていて、中身を知っているんだろう?」
封蝋して江戸への定期便で送ったはずだが・・・。
「貴方が送った書状は、私が差し替えたもの。だから、貴方の書状はここにあるの。」
なんてことだ・・・。
「貴方が乗り気じゃないではないのは、貴方を見ていれば分かるわ。だから、今日こそはちゃんと話し合おうと思うの。」
「今日は旦那様とは呼ばないんだね?」
「呼んで欲しいなら呼ぶわよ?旦那様?」
正直、既に旦那様呼ばわりに慣れてしまっていて、呼んで貰えないことに違和感を覚えたことは内緒にしておこう。
「いや、構わない。」
「そう?貴方の様子だと、私の旦那様呼びが効果的だったみたいね。少しは私の旦那様であることに自覚を促せたようで良かったわ。」
「そんなことはないぞ。許婚は認めたが、それ以上は認めていない。」
「まだそんな抵抗を試みるの?」
「断固抵抗してやる。私は結婚なんてまだする気はない。というか、周囲のお膳立てでそういうことになるのは嫌だ。」
「へぇ?(笑)」
「なんだ?」
結奈が何故か機嫌を良くしている。今の言葉には否定しか受け取れるものはないだろうに?なんなのだ?
「ふぅ~ん。じゃあ、周囲のお膳立てとか、圧力がない状況であれば、ちゃんと私と向き合ってくれるんだ?」
「まぁな。・・・ん?ちょっと待てよ!今の誘導尋問じゃ!」
「武士に二言はないわよね?」
「武士じゃない。」
「貴方の身分は武士よ(笑)」
「謀ったな結奈!」
ヤバい、言葉の詰将棋だ。あいつがコレ始めたら負ける要素しかない。
「私はね、貴方の本当の気持を知りたいのよ。ただそれだけ。現代ではずっと貴方は私へ向ける気持ちを隠し続けていた、もしくは全く自覚なく気付いていなかった、私もそれを許容していたわ。でも、もう、それを許容できないの。したくないの。いい加減に自分の気持ちに気付いて。私の貴方への想いに応えて。」
「気の迷いだろ?」
結奈の気持ちと自分の気持ちに気付いていないふりをしていたことを結奈に再会して気付いてしまったが、それを気付かないふりをしていたのに、そんな核心に触れるのはやめてくれ。
「また核心に触れないようにするのね?いいわ。言ってあげるわね。貴方は、私に旦那様と呼ばれることに慣れてしまったけれど、それは慣れたのではなく、心地よいと思っていただけ。」
「そんなことはないぞ・・・。」
「いいえ。心地よいと感じていた証拠は、貴方が私の気持ちに気付いていて、貴方もまた私を憎からず思ってくれているからよ。それを促していたからこそ、効果があった、って言ったの。」
「なぁ、結奈・・・。君の好意を気付くなってのは無理だ。だとしてもだ・・・。」
「そうね、現代では控えていたけれど、今の私はオープンにしているものね。だからこそ、自覚効果を促せたのよ。そして、貴方は自覚してしまった。だから、今まで通りを維持しようと抵抗しているのでしょう?」
気付いているわなぁ。
「私はね、貴方と今まで通りの関係を維持しようとは思っていないの。だって、もう、違う関係がスタートしているのだから。だから、こだわらない、維持しようとは思わない。」
「なんだって?」
どういうことだ?私は彼女に手を出したわけでもないのだが・・・。
「私は貴方と許婚なの。その時点で既に今まで通りの関係じゃないのよ。そして、貴方も渋々であったけれど同意しているの。そして、その生活と関係をそれなりに楽しんでいたじゃない?」
「なんてことだ・・・。まさか、自分から踏み出していたなんて・・・。」
「そう、許婚という話はある意味では妥協の産物だけれど、貴方が自分で選んだ選択肢なの。だから、私は新しい関係が始まったことを受け入れた。そして、それは今までと同じようで少し違う関係。それでいて、従前の通りで貴方との距離が出来たわけじゃない。プラスだったのよ。」
「確かに、そう言われてみると、従前通りであって、少し違う関係だね。そうか・・・。」
なんてことかだろうか。自分で思っていたよりも自分で結奈に近づいていたとは思わなかった。それもよりよい関係に進展していたとは・・・。
「わかった。結婚しよう。」
「喜んで、旦那様。」




