Another View 平賀源内4
明和5年5月10日 讃岐高松 高松城下
松江城下にて朝鮮人参、鉄加工品、木蝋などを調達、恵曇から出航し、日本海を西進し、途中、小倉に寄港し石炭を補給、そのついでに積み込んだ商品を売り払い、石炭を満載、その後瀬戸内を突っ切って高松へ入港した。船倉いっぱいに積み込んだ石炭であったため、高松の石炭価格が暴落したが、まぁ、筑豊炭は元々独占価格で手に入るものだから赤字にはならない。
オレっちはその足で、旧知の医師池田玄丈の元へ足を運んだ。
「池田殿、お久しゅうございますな。」
「平賀殿、奉公構となったと聞いたが、息災で何よりですな。して、何用でござろう?」
「池田殿はオレっちを引き継いで砂糖の研究をされておったはず、首尾は如何でござろう?」
「・・・難航しておるよ。弟子の向山周慶とともに試行錯誤をしておるのだが・・・。」
「左様でござるか・・・。」
オレっちが高松を離れてから随分経つが、砂糖の国産化とは一筋縄ではいかないものであるらしい。これでは、総さんに面目が立たない・・・。
「拙者が聞き及ぶところ、江戸や関東諸藩にて池上某なる者が製糖法を確立し、諸国回遊し指導しておるとか・・・。拙者も教授を受けたいが、そうもいかぬ・・・。しかし、平賀殿ならばあるいは・・・。」
江戸か、江戸ということは幕府が主導していることになるだろうか?ならば、田沼様に書状を出してみるべきか・・・。いずれにしても高松では砂糖は手に入らないか・・・。
「池田殿、オレっちはこれで失礼致す。何か良い手立てが見つかりましたら改めて文にてお知らせ致す。」
「平賀殿も達者でな。」




