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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
日ノ本の海、波高し

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ティーセットは如何?

安永2年10月3日 江戸 新橋 有坂民部邸


 朝に薩摩藩邸からの呼び出しを受け出掛けた結衣が昼過ぎに帰ってきた。丁度この日は私は休暇を取って自邸で結奈に甘えていたのであるが……結衣は帰って来るなり、膝枕で耳掃除をしてもらっていたこの私を蹴飛ばしたのだ。


「帰って来るなり一体何をするんだ!耳かきが刺さったら大変だろうが!」


「刺さらないように狙って蹴飛ばしたわよ、何が不満なのよ!」


「不満しかないだろうが!結奈も何か言ってやれ!」


 結奈は仕方ないわねという表情で結衣に声をかけた。


「旦那様を蹴飛ばしたい気持ちはわからないでもないけれど、いくら何でも突然では要らぬ怪我をするじゃない、その面倒を見るのは私なのよ?」


「おい、結奈……お前はどっちの味方なんだ?」


「決まってるじゃない、旦那様の味方よ?でも、たまに蹴飛ばしたくなるのは旦那様が悪いのだから仕方ないわよ、私が蹴飛ばさないだけましだと思いなさいませ」


「私が何をしたというのだ……」


「気付かないのかしら、それとも……いえ、気付けるわけないわね……」


「そうよ、唐変木のあんぽんたんだもの」


「……」


 私の身内の女どもはどうにもロクでもない結託をするようだ……。


「そんなことはどうでもいいのよ、総一郎、あなたの船を何隻か貸して欲しいの……ね?お願い!」


 結衣は両手を合わせて頭を下げた。つい先ほど私を蹴飛ばした奴とは思えない態度だ。


「……先程蹴飛ばしたのは誰だったかね?」


「そんなことあったかしら?」


「……はぁ……」


「それで、貸してくれるの?貸してくれないの?」


 なんだって突然船を貸さなければならないのであろうか?確か結衣は薩摩からインディアマンを貸与されているはずだ。


「貸すも貸さないも、話が見えない。タダで貸せるものではないし、一応言っておくが、薩摩方である結衣に、幕府方の私が船を貸せると思ってるのか?それも使途不明の状態で……」


「それもそうね……」


「いや、気付けよ……それくらい……で、何に使うのだ?」


「結奈、あなた、これ、何かわかるかしら?」


 結衣は傍らに置いてあった木箱を結奈に手渡した。その木箱には佐賀藩鍋島家の紋が記されていた。


 結奈は木箱の蓋を開けるや目を丸くした。


「これは……伊万里の大皿じゃない?それも博物館にあったりするような……」


 結衣は我が意を得たりとばかりにニヤリと口角を上げた。


「そう、これは私たちの時代では古伊万里ね……」


「こんなものをどこで手に入れた?これは佐賀藩の専売品だぞ?」


 待ってましたとばかりに結衣は畳みかける。


「そうね、専売品よ。でも、薩摩が茶、佐賀が茶器をそれぞれ提供することで、セットにして売り出すという話がまとまったのよ……茶器……ティーカップとソーサーね……これは試作するという話になったのだけれど、それを有坂海運……幕府へ売る……そして幕府の有坂海運の販路で海外……イギリスへ売るの!」


 一瞬何を言っているのかわからなかった……。


 確かにこの時代、イギリスは喫茶文化が根付き、清から大量の茶葉を輸入している。元々、英国の紅茶文化の源流はこの国、我が日本にある。


 戦国時代・安土桃山時代に花開いた茶の湯文化が南蛮貿易と出島貿易によって欧州へ伝わり、オランダ、イギリスで貴族の嗜みとして人気を博し、根付きそしてアフタヌーンティーとして確立されたのは紅茶の歴史における第一歩だ。


 もっとも、当時伝わったのは日本の緑茶であり、紅茶ではない。どういう経緯で緑茶から紅茶へと変わったのかは不明であるが、ブレンドや発酵などによって変化したのだろう。


 そして、安永2年……西暦1773年……といえば、ボストン茶会事件の発生した年である。欧州の情勢はイマイチよくわからないが、恐らく史実とそう違わない流れを辿っているであろう。


「イギリスに売るって……今の東南アジアの情勢、理解しているか?」


「シンガポールはイギリス領じゃないの?」


「……マレー半島はオランダ勢力圏だ……イギリス勢力圏になるのはナポレオン戦争でオランダが消滅してからのことだよ……」


 どうも結衣の頭の中は大東亜戦争以前……幕末の勢力圏と大東亜戦争以前の勢力圏は全く合致するのだが……の地図が広がっているようだ。


「それじゃ、イギリスはどこにいるのよ?」


「近くだと広東だな……清は西洋勢力相手には広東で出島貿易みたいなことをしているんだよ」


「じゃあ、広東に船を出せばいいのね?」


 単純に考えればそうなのだが……そうは問屋が卸さない……。


 出島貿易みたいな……と言ったが、実態は全く異なる。あくまでも見かけが似ているだけだ。


「西洋勢力相手に……って言ったろ?日本からの船は門前払いだよ。そもそも、長崎貿易も、清の船が長崎に入港することはあっても、日本の船が清へ出掛けるわけじゃない……」


「……」


「イギリスと直接話を通すならインドへ行くことだな……ボンベイかカルカッタか……」


「……どうしたら良いのかしら……これ……」


 イギリスと直接取引できる状況ではないと結衣は理解したらしい。


「まぁ、やりようはあるさ……ただ、相手は嫌がるかもしれんが……まぁ、あまり期待されても困るが、掛け合ってみよう……」

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