国鉄本社、紛糾す
安永2年7月20日 江戸 丸の内 国鉄本社
京都からの定期便で送られてきた会津公からの書状が国鉄本社でのひと騒動を招いていた。
「総裁、我ら国鉄は東海道本線、中央本線、常磐本線の建設で手一杯です。いくら必要とは言えども、我らは鉄道職員。戦準備に係わる理由などありません!」
「いや、だが、会津様は上方の鉄道建設を合わせて要請してきているではないか、これは国鉄の領分……断るわけにはいかんぞ!」
「そうは言うが、資材の調達や輸送も考えれば既に余裕などどこにもない。それとも、幹線3つを後回しにして飛び地である上方を優先しろというのか?」
「いや、そうは言ってはいないだろう!」
「どうだ?車両製造やレール製造まで行うことの出来る門司鉄道管理局に上方の工事を一任してみようではないか!」
「それでは国鉄本社の名折れぞ!本社主導で鉄道建設するのが筋である!」
現実的要求、現実的問題というやりとりから仕舞には国鉄幹部の名誉や縄張り意識にまで発展した京坂鉄道建設要請と伏見城築城普請要請に私は頭を抱えていた。
京都-大坂-神戸を結ぶ鉄道は建設中の3幹線と同じ水準の重要性を持っている。そしてそれは国鉄幹部皆揃って理解している。しかし、彼らのやり取りにもある通り、資材調達と輸送について現在ではとても余裕がある状態ではない。まして、人員についても捻出することなど出来ない状態だ。
もし、上方の鉄道建設を推進する場合、建設中のいずれかの線区を工事中断して資材人員を振り向けなくてはならない状態なのだ。
そして、問題は測量などの予備調査などもしていない状態で軽便鉄道の早期開通と伏見築城普請の資材輸送と普請人員の動員という途方もない要求である。
つまり、軽便鉄道の建設をやったら解放されるわけではなく、そのまま伏見城築城普請にも駆り出され、国鉄の有する資材をそのまま築城に用いるようにというものなのだ。いくらか蒸気動力機械によって機械化されているとは言え、最先端の土木建設集団である国鉄の作業員が根こそぎ持っていかれるのだ。
これでは保線にすら影響が出かねない状態になることを意味している。
「諸君、一つ冷静になって議論してほしい。上方への鉄道建設はやらざるを得ないだろう。現在の状況では京都守護職、京都所司代、大坂総督以下の上方に駐留する幕府関係者は孤立無援となりかねない……その状況で伏見城築城普請は大きく上方防衛に寄与することは間違いないことは素人でもわかることだ……ならば、国鉄にとって条件が悪かろうがやらねばならんと言わねばならないだろう……」
やる方向で議論するようにと促してみることにした。
「しかし、総裁……軽便鉄道の建設よりも問題は伏見築城です。築城ともなれば膨大な資金と資材が必要となります……それも国鉄の経営には何ら寄与することのない赤字の事業です……そんなことを引き受ければ国鉄の経営が傾きます」
「その通り!」
「軽便鉄道の早期開通だけでも難儀することは間違いないというのに、その上で大赤字の築城などいくら必要でも我らの負担が大きすぎます」
彼らは鉄道建設よりも伏見築城への反対を唱える。心情的には彼らの言うことに賛同したい。だが、鉄道建設よりも伏見築城の方がより重要度が高いだけにそうも言っていられないのである。
「諸君らの考えはよくわかる。私とて赤字の事業なんぞやりたくなどない。だが、鉄道建設は伏見築城の前段階でしかないのだ……。上方経済だけで考えるならば、淀川水運の活性化で十分。軍事輸送を考える限り、鉄道輸送が重要なのだ。そのために大坂-伏見の鉄道建設と伏見築城による畿内の防衛体制構築は是が非でもやらねばならない……わかってくれ……」
上方駐留の幕府関係者を孤立させないためにも、条件付きであろうが国鉄幹部の承認が必要なのだ。それゆえ、頭を下げて懇願した。
「総裁……幕府に赤字の補填や資材の手当て、動員する作業員の人件費などを負担してもらうことで手を打っていただけるならばこちらも出来る限りのことをします……が、確約がない限り私としては承諾出来ません……恐らく、他の者たちも同じでしょう……」
「皆どうか?」
見回すとほぼすべての幹部が頷いた。
「総裁、私は反対です。しかし、私を現場指揮官として大坂へ出向させていただけるならば承諾いたしましょう」
「私も彼と一緒に参りたいと思います」
「飯田君……田川君……わかった……現場指揮は任せよう。私も幕府と掛け合って最大限の便宜を図ろう……」
「では、この飯田が上方の仕切りを致します……各管理局長、各工場長ほかの皆様方、ご支援賜わりますようお願いいたします」
この後、飯田彦三郎、田川新右衛門の二人によって大坂鉄道管理局が設立されることとなる。




