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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
動き出す雄藩

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ブロック工法と交代勤務制

安永2年7月9日 横須賀 有坂重工業造船所


 小田原の馬鹿野郎が要らん真似をしてくれた後始末をしている最中ではあるが、私は横須賀の造船所に足を運んだ。


 これは元々予定されていた公務……海軍建設に伴う本格的な軍港建設への一環として物資輸送に必要な新線建設と機関区、操車場整備の現地視察のための横須賀訪問であったのだが、予定通りの行動に加え、横須賀造船所にとある軍艦の建造を命じるという新たな予定が組み込まれていた。


 江戸中央駅から小田原行き急行列車に乗り横浜まで乗車。軍務総裁府の幕臣、国鉄職員とともに、横浜から根岸、磯子、追浜を経由する新線の建設現場を順番に視察し、横須賀では既に完成し続々と商船、軍艦を建造中の船渠と建設中の船台を視察、隣接する艤装埠頭で艤装工事を見学した。


 軍務総裁府の幕臣たちは江戸城内で一番大きく高い富士見櫓よりも遥かに高いガントリークレーンに圧倒され、工場内で稼働する各種蒸気ハンマーの槌音に驚いていた。


 彼らにしてみればどういう過程で船が生み出され、新技術による量産化というものを目の当たりにした初めてのことだった。それまでは文字として資料としての量産化や規格品というものであった彼らにとって実際に部品の互換性などを説明されたことで町鍛冶の延長線ではないという本当の意味での量産化の重要性、規格統一の重要性を理解する機会となった。


 実際には彼らにはマザーマシンを製造する工場も見学させるべきだが、あいにく、ここにあるのは蒸気ハンマーや旋盤などであってマザーマシンではないのでそれは別の機会にしたいと思う。


 彼ら官僚たちとはそこで別れ、造船事務所へ足を運んだ。


 事務所に入ると事前に連絡していたこともあって造船所の責任者以下数名の技師などが揃っていた。


「忙しいところ済まない……取り急ぎ建造してもらいたい軍艦が出来たので他の船の建造を中断してでも取り組んで欲しい」


「総帥、それは先日の小田原藩の軍艦が薩摩の船を沈めたアレと関係があると考えてよいでしょうか?」


「まぁ、その件はここに居れば知らないはずがないか……そうだ。その件と関係している」


「猶予は?」


「2ヶ月だ。2ヶ月で使える船を用意して欲しい……」


 かなり厳しい要求を彼らに突き付けた。正直、まともな船を造るのであれば半年近くはかかるが、そんなことを言っていられない情勢であることから2ヶ月を目処にすることで制海権の確保を狙うこととしたのだ。


「2ヶ月ですと……しかし、それでは満足な工期ではなくまともな船を造るのは難しいと……」


「いや、大型船である必要はない。ただ、小型船であっても工夫をして戦力としては互角のものにして欲しいのだ……案はある……」


 現在この世界では欧州では大砲を90門や50門搭載した戦列艦やフリゲートが主流であり、数撃ちゃ当たる的なそれであった。しかし、こちらは歴史チートという武器がある。なにもあんなものを真似する必要はないし、実際に既に黒船を量産している。


 しかし、黒船……つまり蒸気機関搭載軍艦の建造は1年近くかかる。チートブーストによる規格統一や量産効果を使ってもだ。


 史実における幕末の軍艦建造では蒸気船ではオランダで建造された開陽3000tが起工から進水まで2年、さらに竣工引き渡しまで1年の3年、咸臨丸が2年弱、国産量産型の千代田形140tが1年、回天、第二回天なども1年半掛かっている。


 また帆船軍艦は鳳凰丸600tが半年、薩摩藩建造の昇平丸370tが1年半とやはり長期間の建造だった。


 そこで目を付けたのは千代田形である。


 千代田形の場合、元々が量産前提の設計であり、また小型なことで資材も少なくて済む。そこにブロック工法を取り入れることで史実よりも更なる短期間での建造が可能だと判断した。


「これを見て欲しい。この要目であれば2ヶ月で建造可能であると思うがどうだ?」


「150t、速力10ノット、備砲155mm砲3門……」


「総帥、お言葉ですが……これは最低でも半年は見ていただかないと……」


「そうです、いくらなんでも無茶が過ぎます……現在の全建造艦船の工事をすべて止めても難しいと……」


 確かに彼らの指摘通り、全施設の作業を止めて対応でもしない限り無理かもしれない。だが、それは常識的にやればの話だ。


「諸君は半年なら可能と判断するのだな?」


「ええ、半年ならば可能でしょう。少々無理をしなければなりませんが……」


「もちろん、全工員を動員するというのは非効率ですから、必要な人員を動員して半年という計算ですが……」


 そう、一日の操業時間は6時間と決めている。だが、それを4交代にしたらどうだろうか?電化推進によって工場内の照明は全て電気照明に切り替わっている現在、交代勤務制を採用しない理由はないのである。


「では、一人当たりの工数が変わらなくても4倍ないし3倍の工数進度にすればよいのではないかな?」


「それは一体?」


「まさか、一日中操業状態にするというのですか?」


「そう、そのまさかだ。一日6時間労働を変えず、それを4交代や3交代にすれば単純に4倍3倍の工数を進められる。いくらか効率が落ちようとも最低でも2倍以上の進行が確約できるだろう?」


「確かに電気照明で一日中工場内の明かりが確保出来ているのでやれないことはないですが……」


「最初はうまくいかないかもしれないが、交代勤務制に移動しても良いという者には手当を付けることで応えようではないか?どうだ?」


「わかりました、それでは、皆で作業工程など細部を詰めてから本社へ報告を出します……恐らく、総帥の思惑通りに進むかと……ただし、余裕も持って3ヶ月で手を打っていただけますか?そうでないと我らも工員の安全を保証出来ません……そうですね、この計画であれば同時並行で2隻までは可能でしょう……量産化の軌道に乗れば資材調達や部品加工などで工期削減も可能になると思います」


「そういうことであれば、2ヶ月の工期は努力目標としてもらって結構だ。では、皆、よろしく頼む」


 彼らに頭を下げると彼らは驚いたようだったが、「お任せください」と返事が返ってきた。


 これで薩摩藩への手当てが出来る。甲鉄が早晩薩摩藩に渡るであろう状況ではこれが最善の策だと言える。


 この千代田形モドキの竣工後、時を置かずして開陽モドキも進水する。旋回砲塔と駐退機の開発が進めば、時機を見てドレッドノート級戦艦に始まる現代戦艦システムを早期実現しても良いと思う。


 なに、構造はわかっているんだ。実現する技術的難易度はあっても、発想と運用方法を知っているだけでも難易度はかなり下がる。


 だが、今は商船改造の仮装巡洋艦と千代田形モドキで制海権の確保が優先だ。近代海軍の整備は一年先でも十分だ。

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