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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
動き出す雄藩

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三方一両損

安永2年6月25日 江戸 丸の内 国鉄本社


 甲鉄モドキお披露目事件から数日、大久保加賀守(あの馬鹿)は運用経費の見積もりを出すための実証航海試験に出ていることで静かであった。


 だが、10日も経たない内に甲鉄モドキは早速事故を起こしてくれたのである。それもよりにもよって丸十字の旗が翻る薩摩藩の船を沈めやがったのだ。


 場所は浦賀水道。横須賀から外洋に出ようとする甲鉄モドキと相模灘から江戸湾に入ろうとしていた薩摩船が正面衝突を起こしたのである。


 薩摩船はオランダ東インド会社所有の船であり、薩摩藩が新たに購入するインディアマンの習熟訓練を兼ねて運用していたものであった。そして、運悪くこの船には薩摩藩主島津薩摩守重豪が乗船していたのだ。彼は陸路での参勤ではなく、長崎から海路でそのまま参勤することにしたのであった。


 双方ともに乗組員が慣熟していないことが原因の操船ミスをしたことで正面衝突という事態を招いたのである。だが、それであれば大破程度で済んだであろうが、致命的な問題がそこには潜んでいたのである。


 そう、甲鉄モドキは喫水線下に衝角(ラム)が装備されているのだ。衝角とは、その名の通り、衝突して敵船に大穴を開け、浸水させることで沈めるための装備である。


 ゆえに、正面衝突などされればいくら武装商船であるインディアマンと言えども大穴を開けられてあっという間に沈むのは言わずもがな。


 結果、過失の度合いは五分であったが、沈めたことが問題となったのである。そして、薩摩藩から小田原藩を相手取った訴訟が幕府へと持ち込まれたのである。


 そして、残念なことに幕府はこの手の海上事故に対する訴訟を取り扱う部署が存在せず、結果、国鉄へつまりこの私に丸投げされるという事態が発生したのである。


「薩摩守殿、此度の遭難には深く同情致します。幕府を代表致しまして哀悼の意を表明致しまする……」


 形式通りに挨拶をする。彼はある意味被害者と言えど、幕府は非がないのでどうこう言ってはこないだろう。


「そなたが民部殿か……そなたの噂はいろいろ聞いておるが、ふむ……やはり噂通り大した奴だな……」


 薩摩弁でグイグイ来るかと思ったが標準語で話せるようで安心した。先の薩摩藩士小松清宗との会見ではガチで来られて正直困ったからな……。


「どのような噂かは存じませぬが、某は上様、田沼主殿殿の引き立てでこの地位にいるだけに過ぎませぬ。さて、小田原藩の船と衝突し、薩摩藩の船が沈んだこの件ですが、双方の事情を聴きますところ、双方ともに船舶の扱いに習熟しておらぬとのこと……大変不幸な事故であったと思いますが、ここはお互いに非があると考えますと一方にのみ責を問うわけには参りませぬ」


 ただ、現代の航行規則から考えると小田原藩の甲鉄モドキの過失が大きいとは思うが……。さて、薩摩守の言い分を聞いてから裁定するとしよう……。どのみち、今は海上衝突予防法なんてこの世には存在しない。大事なのはお互いの言い分を聞いてお互いの落としどころを見つけることだ。


「確かに、双方の船員の言うことを考えると左様であろうな……であるが、どうじゃ?大久保加賀の船はびくともしておらぬではないか?ましてこちらは大穴を開けられて沈んでおる……」


「仰る通り、小田原船の被害は軽微であるようですな。小田原船はその構造によって被害が少なかったようであると推察致すが、薩摩船は残念ながら船主に大穴が開いてそこから浸水して沈んだ……。もし、これが薩摩船と同じ構造の船同士であったならば一方的に沈んだなどという事態にはなっておりませんな……。全く運が悪かったと心中お察し致す。」


「うむ。その通りだ。民部は思っておったより話が通るのぅ」


「さすれば、残念ながら、耐久度の違いが運命を左右したと言わざるを得ませぬ……薩摩守様には申し訳ござらぬが、痛み分けで堪えていただきたく……」


「なんじゃと!泣き寝入りをせよと申すか!」


「落ち着かれませ、某は泣き寝入りを要求など致しておりませぬ。事故の責任の比率は五分と五分。ならば、大岡越前の三方一両損といきませぬか?」


 三方一両損……かの名奉行大岡越前守忠相の名裁きと言われるあれだ。


「三方一両損とな?」


「左様、薩摩藩は船を失う代わりに小田原藩から船の補償金を得る。小田原藩は事故の免責する代わりに補償金を支払う、幕府は今後海上事故についての法整備を行い訴訟を公平に行う……これで如何か?」


「なるほどな……ふむ……ならば、それで手を打とう……だが、幕府が一両も損をしておらぬな?」


「はて、そんなことはありませんぞ?訴訟という面倒事を引き受けるという損をしておりますぞ」


「やりおるわ……」


 しかし、今後、各藩とも経済力を増していく為に海軍力や商船保有量の増強を図るだろう。そうなれば、今後もこれ以上に海上事故は増えていく……法整備を急がなければならないだろう……。そのきっかけになるとは思わなかった……。


 あぁ、海上保険の売り込みに使えるな!うん、あとで有坂海上火災に指示を出しておこう。今回の事故で保険を掛けていたらいくら返ってきたとか具体的な数字書いて出せば大店が飛びついてくるだろうし……。


「民部よ、その顔を何とかせよ……先程から何か思いついたという表情をしたかと思えば舌なめずりするかのような表情になって不気味である……」


 失礼な……。


「申し訳ござらぬ……」


「あぁ、そうじゃ、来月にそなたとその縁者と会見する予定であったが……此度の事故の始末がある故、延期と致そうと思うが構わぬか?また都合が付き次第使いを出す」


「斯様な事故の後でございますからな……幕府からも些少ですが弔慰金を出しましょう」


「うむ、かたじけない……では、大久保加賀との調整は任せる故、何かあれば我が藩邸に顔を出すが良い……御免」


 薩摩守はそう言うと国鉄本社総裁執務室から出て行った。


 まさか、こんな形で対面するとは思わなかった……。

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