越後屋
明和4年12月1日 江戸日本橋 越後屋
田沼邸にて意次様にクレームを入れた私は翌日、つまり今日だが、越後屋にやってきた。現状では採掘そのものは本格化していないが、買い手が大規模受け入れでもしない限り赤字になるのはわかりきっているだけに越後屋・三井家がどうしたいのか知らないとこちらとしても手を打てない。
そもそも、今現在の日本では石炭の使いみちなんてものは薪の代わりくらいなもんだ。あぁ、瀬戸内では塩田で製塩に用いるとか聞いたか。しかし、それに用いる分だけでは消費できまい・・・。やっぱり、住友と組ませて製鉄を本格化させるべきか・・・。っても、製鉄用の鉄鉱石とて無限じゃないし・・・。
などと思考していると通された客間に三井家当代三井高清が入ってきた。
「お待たせいたしまして申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ、突然訪問し、お手間をおかけいたし、申し訳なく・・・。」
「さて、ご用向きはなんでございましょうか?お武家の方が態々手前どもの元へいらっしゃるとは・・・余程のことでございましょう?」
「では、単刀直入に。先頃、九州三池の炭鉱の経営権を手に入れたと聞き及びましたが、如何になさるおつもりか伺いに参りました。石炭は昨今では製塩に用いるとか、しかしながら、瀬戸内などで消費される分では・・・失礼ながら、赤字になりませぬか?」
さて、どう出る?何か手があると言うのか?
「左様でございますな。瀬戸内での商いでは赤字となります。が、製塩ではなく、他の使いみちがあるとすれば如何でしょう?」
「ほう、他の使いみちと?如何なる方策がお有りか?」
「有坂様、貴方は田沼様の御用人、幾つかの献策をなさっておるとお聞きしております。」
「そうですな。幾つか、相良藩内の殖産興業に献策を致しましたが、お聞き及びとは。」
どこで聞いたのだろうか、まぁ、意次様だろうなぁ、だが、なぁ・・・。
「石炭を製鉄に用いると聞き及びました。たたら製鉄では木炭を用いますが、これを石炭で代用すると。そして、たたら製鉄とは異なる製鉄方法での量産を可能にすると・・・。そして、それを田沼様の御領地相良で試みているとか。」
「意次様もおしゃべりなことで困りますな。」
「手前共も幕府御用であり、多くの諸侯とお付き合いを致しております。さすれば、どことは申しませぬが、大名貸で差し押さえております鉱山を有しております。さすれば、有坂様のお望みの答えはお分かりいただけるかと・・・。」
なるほど、自前の鉱山と石炭をつなげると・・・。まぁ、当然の答えだわなぁ。しかし、どこだ?三池の石炭を消費できるほど豊富な鉄資源なんて日本中探しても然程多くない。釜石か宮古か柵原か秩父か・・・。蝦夷地だとそこそこある・・・洞爺湖近辺とか・・・だが、そんな情報は話していない。じゃあ、どこだ?
「まさか幕府領、天領の鉱山の経営権と引き換えに手に入れたのではあるまいか?それも、既存の流通路の延長線上の地域・・・。」
「ご明察です。有坂様のご彗眼には恐れ入ります。具体的に申しますと、備中山中にあります三宝鉱山、伊予山中にあります別子銅山と佐々連鉱山でございます。」
「別子も佐々連も住友家が幅を利かせておるはず。それを三井家に管理させると?」
「お待ちくだされ、手前どもが手に入れたのは三宝鉱山だけでございます。別子と佐々連は住友より買い入れる形となります。」
なるほど、高梁川を下ることで水運を活用できて、住友の販路を使えば新たな投資は要らぬと・・・。
「では、製鉄所はどこに造ろうと思われるのですかな?」
「そうですなぁ、幕府の恩恵がある瀬戸内の天領のどこかが良いかと思いますな。例えば、倉敷、川之江辺りを考えております。」
「なるほど。わかり申した。そうそう、製鉄所を造られるなら、福山をおすすめいたします。越後屋も福山藩には相当の大名貸をされているでしょう?工場敷地を福山藩に用立てていただくよう田沼様を通して老中阿部様に便宜を図らせていただきましょう。如何でしょうか?」
「なるほど、福山ならば、備中、伊予と等距離にありますからな。では、そのお話、期待しております。」
「また後日、伺います故、よしなに。」
三井の狙いがわかっただけよしとするか。ついでに福山藩にも恩を売ることになる。まぁ、商売敵を育てることになってしまったが、ならば、別の方法を思いつくまで。どうせ、石炭は腐るほど有り余ってるんだ。転売するということも出来る。既存のたたら製鉄に石炭をねじ込むという手もある。




