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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
世界へと目を向ける幕閣

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201/266

埋まらない認識の溝

安永元年12月5日


「以上の様に、海軍建設に関しての問題点及び解決すべき点を示すとともに、現状では時期尚早、もしくは海軍建設に先立って海軍操練所の設立、第二段階として将兵の教育機関として海軍兵学校、機関兵の教育機関として海軍機関学校、将校の教育機関として海軍大学校の設立をすべきと結論付けるものである」


 改めて開催された海軍建設に関する幕閣会議の冒頭で長々と方向性、展望を論じることになった。


 当然のことだが、大久保加賀殿が猛反発をしてくるのであった。


「民部、そちの言うことはわかるが、出来ぬ言い訳を並べておるように思えるが如何?」


「加賀殿、左様に申されても困りますな。出来ぬ理由を述べて、それを解決する方策も示しておるではござらんか。仮に今、我が有坂海運から蒸気船を幕府に寄贈したとしても、幕府にはこれを運用する人間が一人もいない。そうではないか?」


 さすがの加賀殿もこれには黙るしかない。船があっても運用できる人材が居なければ話にならない。


「それに、先にも述べておりますが、海軍建設というが、遠征海軍を望むか、警備海軍を望むか、それによっても必要となる艦艇の要目、性能は変わる。そして、戦略も変わってくるのであって、船を造ればいいというものではないのでござる」


 現状、老中+4(松平肥後、井伊掃部、大久保加賀、有坂民部)の幕閣会議において、海軍の将来展望とその戦略について知見のある人物は皆無である。私はさすがに幕府海軍、大日本帝国海軍の歴史を知っているから一家言あるけれども、同じく現代の知識があるはずの加賀殿はそういう方向では全く駄目だった。


 ドクトリンや国家戦略、世界戦略という世界地図や地球儀を見て今後この国がどうするのか、どうしたいのか、そういう話をしながら海軍もそれに適合した建設をしなければならないのに、加賀殿は軍艦を建造して並べてその威容でなんとかなる的な感じで全然話にならない。


 そんな状態で会議がロクに進むわけがないのだ。


「民部よ、そちの言うところの世界戦略というものだが、我らにもわかるように砕いて話してくれるか?」


 田沼公が場の空気を変えるために口をはさんできた。


「語弊があることを承知で申せば、海軍を使って何をしたいかでございます。逆に言えば、何をするための海軍か、結局個々の話でありまして……幕府が海外に領土を望むのであれば、それに沿った海軍を建設し、必要に合わせて諸外国と戦争も行い、それに必要な政策や外交を行うことだと思っていただければよろしいかと……」


「以前、密貿易を行うときに資源を得るために海外進出と離れ小島を占領し既成事実化したアレの拡大版だと思えばよいのか?」


 右京殿の言に老中連は「あぁ、なるほど」と頷いていた。


「厳密には違いますが、その延長戦と思っていただいてもかまいませぬ。例えばの話をしましょうか……我が幕府は種子島銃と異なる新型の歩兵銃を配備しておりますね?」


「あぁ、あの威力はさすがと言える、あれがあれば例え長州が数万の兵を率いてこようと負けぬであろう」


 会津公の言葉に掃部殿などが頷く。実際に戦場に居た者だからこそ確信できる強さだ。


「しかし、アレを運用するには大量の火薬は必要となります……その火薬に必要な硫黄は我が国ではそこら中に存在しており不足などしませぬ……しかし、硝石はそういうわけには参りませぬ。関ヶ原以前の様に輸入で賄わなければ到底足りるものではありませぬ……」


「では、我らは再び硝石を輸入せねばならぬのか?」


 掃部殿は絶望的な表情をして尋ねるが、飛騨などで生産出来ている硝石なんてあのクーデター騒ぎであっという間に消費していることを彼は知らない。


「ええ、幕府密貿易船団によって最重要買い付け品目として扱っています……」


「そうなのか……では、戦で用いるのにも制限が……」


「そこで、硝石を大量に手に入れるためにどうしたら良いか……輸入ではなく、我らの手の内にあるものにするための手段は……そこで世界戦略の出番なのでござる」


 そう、買い付ければ買い付けるだけ代金の支払いが必要になる。ならば、自国権益に組み込んでしまえばよい。


「だが、買えるならばそれでよいではないか?」


 右近殿はそう言ったが、掃部殿にガンを飛ばされた。


「右近殿、買える内は良い。だが、それは相手に生殺与奪を委ねておると言うことだ……そうであろう民部?」


「左様。ゆえに硝石を如何に手に入れるか、そのためにはどうするか、それが国家戦略であり、それ諸外国との外交や軍事を含めた行動指針が世界戦略というもの……」


 この場合の答えとしてだが……南米アタカマ砂漠のチリ硝石を手に入れるのが正解である。そのためにはチリに植民地を建設するというのが手っ取り早い方策である。もちろん、そのためにはスペインとの戦争を覚悟しないとならず、太平洋を往復する遠洋航海が出来る軍艦と商船が必要となる。そして、占領維持を継続するためには帆船では非効率であり、蒸気船による定期便の安定運航が必要となるのだ。


 船を造れば良いわけではないと言われた後から黙っていた加賀殿がふいに口を開いた。


「民部、この例え話だが……チリ硝石を奪うというのがそちの結論か?」


「加賀殿、チリ硝石とはなんぞ?」


 彼の一言は確信を突いてはいたが、誰もが知らない情報だっただけに騒然となった。


「結論から申しますと、その通り、チリ硝石を手の内にすれば輸入せず、諸外国に代金jを与えずに済むということでございますな……されど、加賀殿はご存知かもしれぬが、この場におられる方々はチリがどこにあってどういう土地かをご存じではないでしょう……」


「加賀殿、民部、その方らだけで分かりあっても困る。我らにわかるように説明致せ……」


 仕方がないので簡単なメルカトル図法の世界地図を書いた。


「ここが日本、そしてここが清、インド、これくらいはご存知ですね。では、逆方向に進むとここに伊達政宗公の家臣が慶長の頃に渡ったメキシコ、その南にずっと進むとあるのがチリと申す地でござる。おそらく、直線で進んでも蒸気船で20日程度はかかると思われる地で、一面砂漠といわれる不毛の大地。雨もほとんど降らない乾いた大地でして、そこに硝石の塊が眠っておるのです」


「近くにはポトシ銀山もあったと思うが……」


「左様。ただ、そこまで進むと面倒でござる。あくまでも硝石のみを安定確保すればよいのです、むやみやたらにあれもこれもと望めば無用な戦や外国との諍いの原因となりまする」


 幕閣がなるほどと頷いているところで田沼公が口を開いた。


「この硝石を確保するためにはどれくらいの軍艦と兵が必要か?」


「最悪、スペインと本格的に事を構えねばなりませぬゆえ、本国である日本近海に軍艦30隻は最低必要でしょう。そして遠征艦隊も同規模……予備も必要となるでしょうから……100隻規模でしょうなぁ。それに遠征軍の兵員も万単位で必要になる故……」


「軍艦100隻と数万の将兵が必要と申すのか……民部よ、それはいささか吹っ掛け過ぎというものではないか?」


 会津公はあまりの数字に驚き、吹っ掛けているのではないかと疑っているようだが……。


「民部の申す通りで間違いないでしょうな……それでも少なめで見積もっているのではないか?」


 意外なところからの助け舟だった。加賀殿がまともな発言をしたことには驚いた。


 しかし、加賀殿の言で、海軍建設と世界戦略、国家戦略というものが手に余るものだと幕閣は認識したようであった。


「この件、論議するにはいささか我らの認識が追いついておらぬようだ……改めて機会を作り民部の申すことが理解出来るようになってから再度討議することと致そう……」


「右近殿の申す通りだな……まずは、軍艦を動かすことが出来る人材を育成することから始めよう……それとて時間がかかるであろうからな……」


 幕閣の考えはまとまったようであった。加賀殿は不満である様だが……。

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