江戸政変秋の陣<22> 天下の副将軍ならば潔く
明和9年10月5日 水戸兵団
徳川治保は彦根藩邸を焼き討ちにしたことで幕府軍の拠点が落ち、叛乱軍優勢を印象付けようとしたことが逆に自軍を窮地に陥れていることを未だ気づいてはいなかった。
「殿、近隣に類焼は致しませんでしたが、近隣の藩が避難した模様……赤坂門方向へ明石藩が退避しているとの報告」
「明石の兵部は味方せずか……芸州は如何であるか?」
「芸州藩浅野家は藩兵を門前に配置して様子見をしているようでございますが……」
「勝ち馬に乗ろうということか……」
「左様かと……」
水戸兵団の再編成はほとんど済んでいる状態であった。彼らは焼き討ちによって士気を高めていたが、だが、想定よりも負傷者が多かったことでこの戦が簡単なものではないと楽観的な考えをしている者はいなかった。
「殿、やはり半蔵門から城内へ移動されるべきかと……」
「殿、霞が関へ進軍し、井伊へ引導を渡すべきと考えまする」
「退路の確保が出来ていない状況で動くべきではないであろう!」
「いや、数の上で優勢であるのにここでじっとしておることの方が余程問題ぞ!」
水戸藩士も損害の多さから一橋兵団との合流を主張する者と数的優勢を頼みに敵撃破を主張する者に分かれていた。彼らの主張はそれぞれ的を得ているだけに妥協点を見出すことが出来なかった。
そこへ半蔵門方面へ派遣した定時物見から報告が入った。
「伝令!半蔵門付近へ小田原藩兵が展開!半蔵門を封鎖しておりまする!」
「なんだと!?」
「殿、こうなりましたら半蔵門を奪還し城内を目指すべきありましょう」
「だが、井伊の残党はどうするのだ、藩邸を焼き討ちにして奴ら敵討ちと迫ってくるぞ!」
「殿!」
「鎮まれ!そちら重臣が狼狽えるなど恥じぬか!」
「……」
彼の一喝で水戸藩士は揃って黙った。
「敵の意図はわかった。釣り野伏で包囲殲滅しようとしたのじゃろう。だが、ここ三宅坂で戦が停滞したためにしびれを切らしたのであろう……」
「ですが、それでは我らは袋のネズミ……早く脱出せねばなりませぬ!」
「もう遅い。赤坂門からも敵は迫っておろう……ほれ、霞が関から狼煙が上がっておる……」
彼が指摘した狼煙は会津・井伊両兵団の準備完了、出撃を意味するものだ。
「直に敵が四方からやってこよう……潔く迎え撃って、堂々と敵を撃ち破り、隙を見て半蔵門へ向かうぞ!」




