江戸政変秋の陣<10> 幕府軍の総司令官は俺なんだが?覚えてるよな、みんな?by松平容頌
明和9年10月5日 霞が関 幕府軍総司令部
「鉄道会社赤坂駅職員が有坂民部様よりの伝令であると申して殿へ取次ぎを願っておりますが如何致しましょう?」
井伊兵団へ伝令が届いて暫くのことである。ここ霞が関の幕府軍総司令部ビルにも同じく赤坂駅の駅職員が自転車による伝令を行ったのだ。
「民部じゃと……なぜ民部からの伝令が赤坂から来るのだ?」
幕府軍総司令部の主である会津中将こと松平容頌はこの私、有坂民部が小田原兵団を率いていることを知らない。彼の中では将軍家治公を伴って品川沖にて事態の収拾を待っているという認識だ。
「はい、民部殿の伝令としかと申しておりました」
「よい、通せ」
会津藩士は既に控えさせていたらしく、彼ら司令部要員が詰める総司令部ビル屋上への階段室からすぐに鉄道職員を招き入れた。
「会津中将様、伝言を申し上げます……小田原兵団指揮官、有坂民部は井伊兵団と協同し三宅坂にて釣り野伏により敵水戸兵団を包囲殲滅する所存、幕府軍本隊会津兵団には井伊兵団の後詰として井伊兵団の後退と同時に前進をお願い致す、また、敵の逃亡を防ぐため虎ノ門、桜田門の防備を固めよ……以上でございます」
「釣り野伏じゃと?」
「はい、民部様は釣り野伏にて水戸兵団を完全殲滅すると申されました。既に小田原兵団は本隊、別働隊と別れ、本隊は三宅坂方面へ進出中、別働隊は退路を塞ぐべく迂回し甲州街道方面に進出、半蔵門の敵兵団に迫っております」
彼は少し考えこんだ。民部の作戦指導に異議を申し立てるほどのことはない。うまくいくだろう。だが、兵力がいくら何でも少ないのではないのか?井伊兵団と小田原兵団を合わせても敵の本隊と別働隊と同数……我が会津兵団が加勢せずば決定打にはならぬのではなかろうか?と……。
「誰ぞ!川越兵団に日比谷練兵場から桜田門の確保に向かうよう伝えよ」
彼は現状の布陣では敵が捨て奸で井伊兵団、会津兵団を抜いて虎ノ門や桜田門方面へ逃亡することを阻止をまずは優先して指示することにした。
「はっ、直ちに!」
伝令役の会津藩士はすぐに川越兵団へと伝令するべく駆け出した。だが、彼はすぐに機転を利かせ、同じ伝令役に同僚に虎ノ門の安中兵団にも防備を固めるように伝えさせることにし、二人揃って屋上を飛び出した。
「して、民部はほかに何か申して居ったか?」
「いえ、特には……ただ、妙に緊張されていた様子でした……あんな総裁を見たことは今までなかったかと……」
あの民部が緊張?
彼はフッと笑った。いつもどこか傲慢なくらいに自信満々な感じの奴が緊張などらしくないなと彼は思ったのだ。
「……そうか、奴が緊張か……まぁ、そうだな。奴も初陣であろうからな……だが、ここにおる全ての者が初陣ぞ……だが、ただの初陣ではない……新兵器を用いた初陣でもある……」
彼はまさか自身が武者震いをするとは思わなかった。かつて種子島銃による戦の仕方が変わったあの瞬間と同じことを自身が経験することになるとは……。
その時である。
「井伊兵団より伝令!」
「なんと申してきた!」
「我、民部とともに釣り野伏を実施せんとす、この戦の栄誉は我らで欲しい侭ぞ、悔しかったらさっさと進出して来い!であります……」
最初の辺りは割と普通なのに途中からいつものライバル心剥き出しの挑発という伝令だった。
「相分かった、井伊如きに戦の誉れを独占されてたまるか!我ら会津こそ幕府の徳川宗家の盾であり矛である!しかと井伊に伝えよ!」




