石炭と船と港と・・・
明和4年10月1日 江戸城神田橋門内田沼意次邸
私はどうしても石炭が欲しい。石炭がなければ反射炉も高炉も実用化出来ない。鉄の量産なんて夢のまた夢である。なんとしてでも手に入れたい、そう思った。
だが、それにはいくつかの障害がある。乗り越えねば、石炭は手に入らない。
一つ、江戸に行き、意次様に直訴する。
二つ、田沼派で石炭を有する大名。
三つ、大型船舶の建造許可、もしくは和船ではなく、洋船方式の建造の許可。
四つ、出荷側の港の整備と入荷側の相良港の整備。
難題だが、私は決して、決して諦める訳にはいかない。やれるだけのことをやろう。
「殿、相良より罷り越してございます。」
意を決して私は意次様に面会した。意次様は鬼気迫る面持ちの私に些か戸惑った様子だが、何か感じたらしく、真剣な表情で応対してくれた。
「有坂よ、何事か?余の力添えがなければ立ち行かぬ事態でも発生したのか?言ってみよ。」
さすがは今太閤と後に呼ばれるだけの人物だ。事態が切迫していることを何か言う前に察してくれている。
「申し上げまする。石炭が、石炭がなければ鉄を作れませぬ。」
「石炭?それは、例の燃える石のことか?」
「左様でございます。石炭は蝦夷地、天領長崎、水戸藩、磐城平藩、小倉藩領、福岡藩領、柳川藩領、長州藩領に分布しておりますれば、これらの地より取り寄せる必要がございます。」
「しかし、他藩には口を出せぬ。また、大名同士の付き合いはご法度である。余から力添えは出来ぬ。」
そうだろうな、さもありなん。大名同士が付き合って仲良くされれば幕藩体制の根幹を揺るがす。そんなものを将軍側用人である意次様が許すわけがない。仮に上様に取り合っても無理だろう。
「当藩の商人が大量に継続して買い付けたい、それ故、取り計らって欲しい・・・という形では如何でしょうか?」
「うぅむ。それならば、一筆書くだけでなんとかなりそうだが・・・。しかしなぁ・・・。」
もうひと押しか・・・。
「なれば、幕府に一定の上納金を献じるという形で当藩と当藩の商人に二心無き事を示すというのでは如何でしょう?」
「幕府に利あらば、幕閣も黙認するかもしれぬな。よかろう、一つ、上様に言上し、幕閣に働きかけてみようぞ。」
「ははっ、ありがたき仰せ。今ひとつお願いしたきことがあります。」
ここからが実は肝心要と言える。石炭が手に入っても運ぶ手段がなければどうにもならん・・・。それを認めさせねば過積載で不安定な和船では難破事故がうなぎ上りになるだけだ。それを避けるためにも・・・。
「申してみるが良い。上納金で買える程度の話であれば請け負おう。」
「石炭を運ぶには船舶輸送が適しております。しかし、在来の船舶では、石炭輸送に適しておりませぬ。難破事故を招く結果となるのは火を見るよりも明らか。大型化もしくは洋船型式の建造を認めていただきとうございます。」
「千石船では足りぬと申すか?」
「足りぬと申しますより・・・わかりやすく申しますと、盆と鍋どちらがより安定して運べるか、ということでございます。和船は近海航行用。いくら高速運行ができるようになった昨今であっても、基本構造が遠洋航海に向いておりません。つまり、嵐でなくても波に弱いのです。そんな船で石炭のような重量物を輸送すれば転覆いたしまする。」
「ふむ・・・。確かに千石船は量を運べるが、波に弱い。その船が出来れば冬の海でも航海ができるようになるのであろうか?」
思い出した。田沼時代末期にオランダを通じて和洋折衷の洋式船を幕府は試験建造していた。その時は、田沼失脚で事実上おじゃんにになったし、冬の日本海に耐えれなかったけれど、量産化出来れば高速化と年中運行出来るようになる。そして、海外へ乗り出せる。
「今、思い出したことでございますが、意次様は今より数年後にオランダを通じ、私が提案しております様な船を建造させておりました。ゆえに、数年前倒しになるだけでございます。」
「左様か、ならば、まずは作り上げてみよ。許す。」
やった。これで、二つの難題を突破出来た。あとは、一つ。これはヒト・モノ・カネさえ出せば解決する。許可を得るまでもない。報告だけで良い。
「殿、もう一つ。」
「なんじゃ?」
「大型船を直接岸につけるためには港の水深を深くせねばなりませぬ。また、船の建造、修繕に船渠を作る必要がございます。これが出来ますれば、相良を江戸や大坂に負けぬ一大商港にしてご覧に入れます。」
「任せる。藩よりいくらか出資しよう。足りぬ分は、藩内の商人に株仲間などを新たに組織させて利用料として徴収するなりせよ。」
「ははっ。では、急ぎ相良に戻りまする。」
当面の問題は解決した。が、これはあくまで料理で言えば材料を用意しただけ。まだ火もつけていなければ、包丁で切ってすらいない。相良に戻ってから廻船問屋などに掛け合ってみないといけないな。まずは港の整備だ。




