二人の結奈<1>
明和9年6月10日 江戸 新橋 有坂民部邸
突然だが、結奈が目の前に二人いる。何を言っているかわからないと思うが、私もわからない。あったことをありのままに話すのだが、未だに理解出来ていない。頭がどうにかなりそうだ。
コトの発端は、先日の結奈が激おこぷんぷん丸なアレである。あの一件で、ここ数日、未だに尾を引いているらしく機嫌が悪い。
正直なところ、女の考えることはよくわからん。いい加減、面倒くさいので日本橋の三越にでも行って適当に髪飾りかなんかを買って誤魔化そうかと思って出掛けた。
流石に三井高清が百貨店宣言をしただけあっておよそこの時代で手に入る日本の工芸品やら嗜好品やらを中心に服飾、食品に至るまで手広く扱っている。彼が言うには、今の仮店舗ではこの程度だが、建設中の三越本店が開業後はもっと多くの産物を取り扱うそうだ。
「三井殿、妻に何か買ってやろうと思うのだが、何が良いだろうか?」
取り扱っている種類が多いせいでどれが良いかさっぱりわからない。こういうときは目利きの商人の助言に従うのが定石だ。少なくともハズレを引くことはない。
「そうでございますね……これなど如何でしょうか?先日、奥方が着ておられたものに合うかと思います。あとは、これなども宜しいかと……」
いつぞに買ったものに近いものだった。だが、これなら間違いなく似合う。
「では、その髪飾りと……そうだな……その簪をいただこう……」
「毎度ありがとうございます……では、3両でございます」
3両?なんだ、そんなに高いのか?
「……三井殿、随分高いが、この価格で売れるのか?これ……」
「何を仰りますか、そもそも付加価値を付けて売れば手前どもは利益、顧客は他にはない価値を得て双方が得をすると申されたのは民部様ではございませんか?これのお陰で手前どもは大きく儲けさせていただいております……また、庶民向けには低価格の量産品を用意しておりますが、価格の分だけ質は悪いものです……ですが、その日の気分で変えることが出来ると好評でございますよ」
百均とブランド物……。なんか現代的過ぎて妙な気分だ……。
「左様か……」
「では、確かに3両いただきました、ありがとうございました、今後ともご贔屓に……」
とても高い買い物をした気がするが、相変わらず上手い商売をしている……。
そんなやり取りがあって帰宅し自室に戻ると洋服を着た結奈が居た……。
「結奈?なんだ、そんな服作ったのか?」
「……総一郎?貴方なの?」
「ん?自分の旦那の顔をお見忘れたのか?」
「はぁっ?旦那?誰が?」
「いや、私が結奈の旦那で、結奈が私の妻だ……そうだろう?というか、いつも旦那様って呼ぶのに、機嫌が悪すぎて旦那様って呼ぶのやめたのか?」
「いやいや、旦那様って……」
どうも話が噛み合わない。だが、眼の前にいるのは結奈である。それは間違いない。
部屋の外から足音が近づいてきた。
「旦那様?帰宅早々何を騒いでいらっしゃるのです?」
障子が開くと同時に結奈が入ってきた。普段は障子や襖をそっと開くのだが、まだ機嫌が悪いらしく丁寧さが何処かへいってしまっている。
……あれ?なんで目の前に結奈がいるのに外から結奈の声がするんだ?というか、なんで私を挟んで部屋の中と外に結奈がいるんだ?
「……旦那様?そこの女は誰です?まさか愛人ですか?」
「……総一郎?そこの女は誰?まさか愛人?」
意味がわからない……。なんで、結奈が二人で睨み合っているんだ?
「二人共、少し落ち着こう、とりあえず、部屋の外にいる結奈は中には入って座ってくれ、部屋の中の結奈はその場で座ってくれ……」
双方ともに黙って言うことを聞いて座ってくれたのだが……。
「……ねぇ、総一郎、ここ何処よ?なんで映画村みたいなとこに私はいるのよ?というか、そこの女は誰よ?結奈は私よ?」
「……旦那様、説明してくださいますかしら、ええ、私が納得出来るまで離さなくてよ」
落ち着け……私……落ち着くんだ……。
まず、状況を整理しよう……。
「まず、二人に聞きたい。君たち二人は私が知っている結奈なのか?とりあえず、和服の結奈から話してもらおうか?」
「旦那様?これは何かのお遊びかしら?だったら許さなくてよ?先日の一件でもまだ私は完全に許したわけじゃないの、わかっていらして?」
「先日の一件というと私がこの時代で好き勝手していることへの結奈がキレてしまったことだよね?それで、結奈は妊娠したからもっと自分を見て、可愛がってと……そういうことだよな?」
「……少し思うところがあるけれど、そうね……」
どうも、仮称:和服結奈はここ数年共に過ごした結奈であるのは間違いないようだ。
「ちょっと……妊娠って……総一郎、私というものがありながら、他所の女に手を出したの?有り得ない……連絡取れないから心配していたのに……こんな仕打ちなんて……」
「待て、洋服の方の結奈……まず聞きたい。今は何年何月何日だ?」
「201X年7月15日よ……貴方と連絡がつかなくなって心配になって貴方の部屋に行ってみたけれど、貴方は居ないし、スマホは何故か7月5日午前2時で止まって……あのスマホどんな壊れ方したらあんな意味の分からない壊れ方するの?って思っていたらクラっと来て……気付いたらここに居たのよ……」
あぁ、その日は多分、こっちに飛ばされた日だな……。そうか、コイツもよくわからんなんかでここに飛ばされたんだな……ご愁傷様……。
「そうか、で、大事なことを聞きたいのだが……和服結奈、君の記憶はどこまであるんだ?洋服結奈と同じ201X年7月15日か?それとも別の日か?」
「……そうね、その日ね……それで、そこの女は本当に私なのかしら?」
いや、どう考えてもお前だよ……。しかし、この世界どうなってるんだ?結奈が二人も同時に存在するとか……いや、正確には結奈のご先祖様の一人に魂が乗り移ってる方とまるごとそのままだから、一人であるとも言えるが……。
「二人共、結奈であるのは間違いないな……」
「ちょっと、そんなわけないじゃない。私が結奈よ。そこの旦那様~って言っている気持ち悪い女と一緒とか……」
「待ちなさい、貴女。聞き捨てならないわね。正真正銘、私が結奈であって、この数年、旦那様と手を取り合ってこの時代を生き抜いてきたのよ……旦那様、どちらが貴方の妻であるかわかりますわね?」
あぁ面倒臭い。ただでも不機嫌な結奈にうんざりしていたのに、結奈同士で喧嘩始めるとか……もうないわぁ……。
「私は貴女と違って、素直になった結果、旦那様と結ばれたの。素直になれない癖に今まで通りの関係を望み、他の女が近づくのを嫌がるようなお子様とは違うわ」
なんか、コイツ、自分相手にマウンティング始めたんだが……どうしようか……。
今のうちにそっと抜け出してどこか避難しようか……。
「ちょっと総一郎、貴方何処に行くつもりよ?」
ちっ、バレたか。
「本家と元祖を争うラーメン屋並みに不毛な喧嘩はやめよう。ほら、嫁の結奈、これ君のために買ってきたから、これで機嫌を直してくれ……」
「……私にはくれないの?」
嫁じゃない方の結奈が物欲しそうにこちらを見ている……上目遣いで……。
「わかった……これを……」
「駄目よ。それも私のために買ってきたのでしょう?貴方の妻である私に貴方が選んでくれたのだから私以外にあげないで……」
「……強欲ね、貴女、欲しいもの全部手に入れるとか、どれだけ強欲なのよ……私の欲しいもの全部奪うとか……」
「ふん。知らないわ。特に自分自身の分身に容赦なんてしないわ」
困ったなぁ……。
丁度そんな時、義弟幸太郎が部屋に来た。
「義兄上、少々、相談が……姉上が二人?」
ホント、コイツ、タイミングが悪いわ。
「申し訳ありません、どうも疲れているようなので休ませていただきます……また改めて……」
「あぁ……そうか、ご苦労さん……」
すまん、どうにもフォロー出来んわ……。
そんなやり取りをしている間も嫁と嫁じゃない二人の結奈は不毛な喧嘩を続けていた。
意識がこっちを向いていないことを良いことにそっと抜け出すことにした。後は野となれ山となれ。私は知らん。付き合いきれん。これは結奈自身が自分で解決することだ。そうだ、そうに違いない。




