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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
タイクーンエクスプレス

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将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』<10>

明和9年1月10日 『タイクーンエクスプレス』車内


 前日深夜に家治公からのお墨付きを頂いたことから国有鉄道創設は大きく前進した。


 1030に日光今市駅に将軍専用列車『タイクーンエクスプレス』は入線。警護役がまず乗車し、車内の警備体制を整え、次に家治公と大江戸鉄道職員一同が私とともに乗車、最後に御庭番が乗車し1100定刻通りに発車した。


「上様にはお庭番、小姓と共にこちらの展望室にて江戸までお寛ぎください。行きとは異なり、少々退屈されると思いますが、楽団に演奏をさせますし、軽食、喫茶などは乗務員へお伝え下さいいただければすぐに用意させます」


 これから『国鉄会』へ方針の説明と彼らの考えを聞くため食堂車へ向かうことになる。その為、家治公には展望車にて寛いででいただくことになる。


「余もそちらの話を聞きたいが、邪魔になるであろうからのぅ……ここで大人しくしておるよ」


「何かございましたら、乗務員へお伝えくださいましたらすぐに参ります、では、失礼致します」


 乗務員へ「頼むよ」とひと声かけて隣の食堂車へ移動した。


 連結部を通り食堂車へ立ち入ると香ばしい珈琲の匂いが漂ってきた。


 今は遥か遠くなったあの世界で何度となく味わったJR九州の通称『つばめコーヒー』をこの世界でも味わえるようにと何が何でもと導入した。正直、あの味を再現するのは随分苦労した。今でもあの味には遠く及ばない。


 既に『つばめコーヒー』をあの世界でも特急車内で味わうことは出来なくなって久しい。数時間の旅路において洒落た紙製コップに入った温かい『つばめコーヒー』は旅情を感じる素敵なアイテムだった。国鉄、そしてJR九州の象徴マークと言えるスワローマークが誇らしげにあしらってある紙製コップを持ち帰ったものだと思い出す。


 実はこの世界にも導入しようと思っているが、現段階では時期尚早と封印している。なにせ、未だに急行列車は走っているが、特別急行列車は走っていない。当然だが、富士や桜、燕、鴎と言った列車愛称も採用していない。折角だからこだわって使いたいと思っている。


 テーブルを会議室仕様に配置し直した食堂車の中央へ到着。中央へ着席する。


「諸君、昨夜、上様から承認を得たことで国有鉄道の建設へ一歩前進したのは記憶の新しいことだと思う。諸君ら『国鉄会』が発足したのは正月明けのことだと聞くが、元はと言えば私が上野駅長の小海君にポロッと話したのが発端だろう。口止めしたわけではないが、まさかこんなことになるとは思わなかった」


 ハハハと笑い声が上がる。


「総裁のあの一言で我ら奮起したのですから良いではありませんか」


「さて、そんな諸君にざっと構想を開陳する。まずは鉄道管理局を2つ設置する。そして線路が延伸し管轄が増えれば順次地域ごとに鉄道管理局を設置していく。当面の2つは東海道本線、横須賀線を管轄する江戸中央鉄道管理局、東北本線、高崎線、館林線、川越線を管轄する上野鉄道管理局である。そして、管轄の境界は鍛治屋橋駅し、新橋駅からターミナル機能を順次移していき、駅舎の拡張、ホームの増設などが完成した後、江戸中央駅として国鉄本社などを周辺に建設し中枢をここに置く」


 ここまで一気に話して全員をざっと見渡す。彼らの目は真剣であり、同時に興奮していることが伝わる熱気だ。


「新橋駅は今後どうなるのでしょうか?」


「新橋駅は客貨分離する。ターミナル機能がなくなることで途中駅となる。これによって、櫛形ホームは撤去し貨物ヤードの拡張へ転用する。起終点駅としての機能を失う代わりに江戸中央至近の貨物駅となり、貨物取扱を増大させる。今よりも重要度が増すぞ!」


 新橋駅長高崎は自分が任されている駅の重要度低下という問題に不安を感じたようだが、貨物駅への衣替えと貨物取扱で重要性が増すことに安堵したようだ。


「境界が鍛治屋橋駅ということは、鍛冶屋橋~上野は東北本線へと編入ということでしょうか?その場合、上野発着の東北本線などの列車はすべて鍛治屋橋へ乗り入れということになるのでしょうか?それでは上野駅の乗降客が大幅に減ることになるかと……」


「それは大丈夫だ。現在と変わらない。東北本線や高崎線の一部の優等列車が上野発着から江戸中央発着へ変わるだけだ。代わりに東海道本線の優等列車は全て江戸中央発着へ切り替える」


 上野駅長の小海は基本的に現状維持という話に安堵しつつも東海道本線からの入線がなくなることに焦ったようだ。


「それでは、上野駅の乗降客が減ることになります。東海道本線からの直通の乗客は上野駅にとって発展に不可欠……」


「いや、今の上野駅に過剰に乗降客、乗り換え客が集中している状況が問題なのだ。それに、今後、水戸方面へ常磐線を建設することになるが上野駅が起終点となる。その時までに現在の混雑を解消しておかないと上野駅が破綻する。そして、尾久、田端の車両基地にも余裕を作りたい」


「そういうことでしたら納得致します。腹の中を晒しますと我らも自分たちの縄張りを荒らされるのは……総裁相手でも良い感情を抱きませぬ」


 既得権益を手にしているとそれを手放したくないのは仕方ないよなと思う。だが、必要に応じて組織は変えないといけない。


「今後、新規路線は常磐本線、総武本線、中央本線を順次敷設していく。また、東北本線の延伸も行う……東海道本線は国府津から分岐して御殿場を経由して駿府を目指す……」


 常磐本線、総武本線は建設が容易であろうし、工期も短く見積もれるのだが……問題は東北本線、中央本線、東海道本線だ。東北本線の場合はまだ勾配が緩いから難易度は中程度だ。しかし、中央本線は八王子までは兎も角、そこからが難所である……。勾配もきついしスイッチバックを多用せざるを得ない……トンネルも……。そして東海道本線だ。ここも史実通り御殿場越えを目指すが……問題は富士宮を過ぎて駿府までの由比興津の難所薩埵峠や駿府~焼津の大崩海岸などがある……。


「総裁、今後、関東から西へ延伸するには東海道、中山道、甲州街道が基本となりますが、いずれも今までとは異なる大工事が予想されますが……先に常磐本線または東北本線で仙台を目指すべきではないかと……江戸至近の米所は仙台藩領、また、鉱物資源の豊富な北関東への鉱山鉄道の建設も重要かと」


 小海上野駅長は正論を述べる……が……。


「いや、工事は容易であろうが、東海道を上方へ延伸するべきであろう?最低でも駿府までは必要だ。同時に中央本線の建設で八王子や青梅の開発も出来るではないか?」


 高崎新橋駅長も譲らない。


 北と北東へ線路を伸ばせば資源輸送に有利で工事難易度がイージーモード、西へ線路を伸ばせば東西両都の連絡だが工事難易度がヴェリーハードモード、東へ線路を伸ばせば農産物輸送に有利だが閑散線区でベリーイージーモード……。


 これが都市部輸送がメインの私鉄であれば山手線の建設と新宿、池袋、目黒などに連絡する郊外線を建設するという私鉄経営を中心に進めれば良いのだが、国有鉄道という枠組みでは全国を網羅するのが役割である。


「両者の言い分良くわかった。だが、限られた経営資源である以上、国有鉄道発足までは東海道本線の駿府延伸、中央本線の八王子までの建設を主とする。そして、江戸中央駅と国鉄本社ビル、上野鉄道管理局ビルの建設を優先する。国鉄発足後に東北本線の延伸と常磐本線の建設を開始する」


「「はっ」」


 どのみち東北本線の延伸は国鉄発足の段取りが整うまでは何も出来ない。いくら影響力があるとは言えど、別の事業体の領分を侵す訳にはいかない。


 こんな感じで白熱した議論をやっている内に列車は上野駅まで戻ってきていた。

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