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第9話 新たな街へ

 装飾のほとんどない、ただ時間を刻むだけの質素な時計を眺め、軽くふいてから懐にしまう。こんなものでも、一応代々家に受け継がれてきた家宝なのだ。大事にしなければならない。

 ああ、でももう家はないから、ただ少し値の張る宝物と言ったほうが正しいかもしれない。

「少し早かったみたいだな」

 まだ閉じている街の門を見上げて呟く。周りはすでに明るいが、街の門はまだ開かない。

「もう少し休めばよかった」

「休んでいる間に野盗や魔物に襲われるほうがよかったなら、それはすまないことをした。君は苦労するのが好きなんだな」

「……撤回する」

 事の大小にかかわらず、面倒ごとはないに越したことはない。

「さて。まだ時間があることだし、仕事についての話をしようか。道中は君が寝ていたせいで、ろくに話ができなかったからね」

「それは申し訳ない」

「気にしなくていい。それで、仕事の話だけれど。まず私たちの運んでいる荷物はなんだったか。おぼえているか」

「生魚、生肉、生野菜。普通なら輸送中にいたんで商品価値のなくなってしまうようなナマモノ。俺たちの特技を最高に活かせる仕事だな」

 こんなことに使うなんて、とは思わない。もともと時魔法は、こんなことに使うためのものだ。日々の生活を少し便利に、快適に。そういう魔法であって、本来戦闘用ではない。

 王様が俺たちを犯罪者のように扱うおかげで、身を守るためそう使わざるを得ないだけなのだ。

「ヨソには真似できないからお金になるそうだけど、純色である私がこんな仕事をしなくちゃならない……こんな仕事をしないと、ご飯が食べられないというのは嫌な話だ」

「昔は働かなくても飯が食えたのか」

 俺は子供の時から家業の手伝いをしていたが。そのおかげで魔法の習熟も深く、賞金稼ぎから逃げるのに大いに役立っている。

「ああ……貴族としての義務は果たしていたが。領地経営の勉強と、万に一つ、戦争が起きた時に国を守るための魔法訓練。家からはほとんど出ず、そればかりだった」

「……ああ、そうか」

「敵から国をまもるための訓練。ふふ、今では守るはずだった国が私の敵で、守るはずだった者たちに魔法を使っている。おかしな話だ」

 笑っているのは声だけで、目は遠くを見つめ。口元には諦観が浮かんでいる。

 守るはずだった人々に命を狙われ、守るはずだった人々を殺し、周りの人間がすべて敵になっても心が折れずに生きている。彼女は、その力もだが、心まで強いらしい。

 俺はあまり気にしていなかったな。気にする余裕がなかったから。 

「さあ、門が開いた。行こう」

「ああ」

 馬に鞭を打って、開き始めた門に馬車を進める。

 

 そこからの手続きは全てティファニーがやってくれた。積み荷の点検、税の支払い。ずっとこの仕事をやっていたのは、何一つ滞ることなくスムーズに進んでいた。俺の仕事と言えば、荷物の見張りくらいだったが……

 

 そろり、と馬車の陰から手を伸ばす、やせ細った少年と目が合った。手の先には積み荷の野菜が。

「っ!」

 目を閉じて、ふいと違う方を向く。そのすきに少年は野菜を抱え、どこかへと消えていった。見張りとしても役立たずだな。


 罪を見逃すことも、また罪である。だが、いきていること、それ自体が罪として扱われているのだ。一つ増えた程度で、木には市内。

「……役立たず」

「いかにも」

 戻って来たティファニーに罵られる。どうやらばれていたらしい。しかし、反省する気はない、間違ったことをしたつもりはないので、開き直っておく。

「盗まれた分の穴埋めは、お前の給与から引いておく」

「ぜひそうしてくれ」

「だが、素晴らしい精神だ」

 コロコロと車輪は回り、馬車は街道を進む。

 なぜか、褒められた。悪いことをしたのに褒められるというのは、あまりにも新鮮な体験だな、と思った

貴きは義務を強制する(ノブレスオブリージュ)、というやつだよ。だが、私にはもうできない。彼らは人の皮を被った獣。うかつに手を伸ばせば食いちぎられる。だから彼らに施しを与えるのは恐ろしい……貧しき者には救いを与えよと教えを受けたが……君も私と同じものを見てきたはずだ。地に落ちてなお義務を果たせるのは、真に高貴な者の証だよ」

「毎日、ただ生きることに精一杯でそこまで考えたことはなかった。敵になるなら殺す、そうでないなら気にしない。そう考えた方が楽だからな。第一、あんな子供は敵にもならんのだし、気にしすぎだろう」

「あんな子供でも刃物を握れば人を殺せるぞ?」

「一理ある。だがそれでも気にしすぎだ。あんなガキに不覚を取るなら、俺もお前もこの世にいない」

 俺たちには力がある。潜在的な敵しかいないこの国で生き残れる力が。

 慢心は良くないが、必要以上に恐れる必要もないのだ。

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