表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/9

第八話 魔法使いと商売人

 死体を処理して、召使さんの身元を示すものをすべて持ち去って。半ば強制的に連れてこられたのは、なんの変哲もない商会の建物だった。月明かりの下にそびえるそれは、バーンズ氏の別荘ほどではないが立派であった。

 視線を下げると、かがり火の周りに門番らしき男たちが数名。こちらに気付いて、松明を片手に寄って来た。

「貴様ら、こんな夜中に何の用……げっ、ティファさん」

 顔を見るなり嫌そうな顔をする門番たちと、何食わぬ顔で前に出るティファニー。この商会と、彼女は一体どういう関係なんだろうか。追い返されないあたり、手を組んでいるというのは間違いないようだが。

「客を連れてきた。大将に伝えろ」

「もう寝てますよ」

 そりゃそうだ。月が真上にあるような時間には、たいていの人は寝てる。一部の種族や、夜に仕事があるような人は除くが。それを叩き起こして客に会え、というのは非常識を通り越してただの馬鹿だ。尻を蹴られて追い出されても文句を言えない。

 そうされないのは純色だから? それとも、何かしら重要な役割に居るからだろうか。

「そうか。なら叩き起こしてくる。通るぞ」

 行ってしまった。

「……なあ、あんたあの人とどういう関係なんだ。というか、どうしてここに来たんだ?」

「あぁ、うん……なんというか。あの人が何の魔法を使うかは知ってるか?」

「知ってる。お前は?」

「なら、話してもいいか。俺はあの人の親戚。ここには保護、という名目で無理やり連れてこられた……そうだ、中に入るなら武器は預けておかないとな」

「と、いうことは同じ属性か。おっと協力ありがとう」

 時魔法使いというのはわかっているようだが、武器を構えることはない。召使さんの使っていたスティレット、それから自分の武器を全部、門番さんに引き渡す。何事もなければ後で返してもらえるだろう。

 何かあったら、取り戻すことは考えずさっさと逃げよう。どうせ拾い物以外は安物だし、どこでも買えるような代物だ。戻らなくても未練はない。

 なんてのんきに待っていたら、ティファニーが戻って来た。

「入っていいと言われたよ。こっち」

 門番に手を振って、ティファニーについて建物の中へ。内装も、バーンズ氏の別荘と比べると控えめだ……いや、こちらはただの商人、あっちは国で五指に数えられる、広大な領地を持つ大貴族。比較するのは間違いか。

 そうして、応接間らしき部屋に入っていく。

「連れてきた」

「……夜中に叩き起こして、偽物ですなんて言ったらいくらお前でもタダじゃおかんぞ」

「ああ、本物だ。間違いないとも」

 ヒゲモジャの中年男性。彼がティファニーの言っていた大将なのか。そうでなくとも、偉い人なのは確かだろうな。

「どうも、初めまして。私はハリス・ブライトニングと申します」

 名前を言うと、彼の表情に目に見えて変化があった。訝しむような視線から、驚きの表情に。

「時魔法のブライトニングっていやあ、葡萄酒造りで有名な……有名だった家だな。全員死んだと聞いてたが」

「お前さんが本物なら証を見せてみろ。誰の言葉であっても、この目で見るまでは信じられん。特に、死人の名前を騙る奴はな」

「国に突き出さないと誓えるなら」

「もしそんなことをしたら、私がこの商会の財産をすべて腐らせる。大損はしたくないだろう」

「ああ。目先の小銭に釣られて大損するより、うまく使って長く利益を出す方が賢い」

 他人の言葉は信用できないが、同族ならば信じてもいい。そうでなくとも、言葉ではなく金ならば信用できる。

 この男は、国や王にではなく、金に忠誠を誓う人間だ。割に合わないことはしないと思いたい。

「では」

 顔を両手で覆って、魔法を使う。

「これでどうだ」

「時魔法以外で、若者がいきなりシワだらけの老人に変わるなんてありえんな。認めよう、あんたは本物だ」

 わかってもらえたようなので、もう一度顔に魔法をかけて、元の顔に。手鏡を取り出して、微調整。よし戻った。

「じゃあ、あんたには早速うちと契約してもらいたい。王様が馬鹿なことをやらかす前は、大勢時魔法使いを雇っても受けてたんだが、今は彼女一人でな。時魔法使いの人手は、特にほしい」

「さすがの私も、すべて一人で受け持つのは疲れる。ちょうど手伝いが欲しかったところだ」

 話があまりにも急すぎて、頭がついていけない。

 なに、同族に忠告しにいこうと探したら、純色の家から刺客がやってきて、それを潰したら今度は商会に囲い込まれて? 人生でもこれほどの急展開は未だかつてない、どうすればいいのか、考えがまとまらないまま話が進む。

「せめて、少し考える時間を」

「商会の保護下に入るか、死ぬかだ。私も貴重な同族を死なせたくはない、考えるだけ時間の無駄だ。さあ書け」 

 有無を言わせず目の前に置かれる契約書。その条件に一々目を通せるほど、心と時間の余裕がない。

「害獣駆除よりは安全で、儲かるぞ」

 ……ひどい話だ。人生とは、願うようにはならないものなのだな。家を焼かれ、命を狙われるなら、故郷を捨てて放浪生活をするしかないように。一本道を外れたら谷底へ真っ逆さまなら、その道を進むしかない。

 名前を紙に書いて、男に渡す。

「よし、これで契約は成立だ。じゃあ早速だが、日が昇ったらこの街を出るんだ。ちょうど明日に出す荷車が一つある、それに乗って、ほとぼりが冷めるまで別の街で仕事をしてもらう」

 まあ、いい方に考えれば、楽に金が稼げるのだ。悪い話じゃない……それなら現状を受け入れてもいいだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ