第八話 魔法使いと商売人
死体を処理して、召使さんの身元を示すものをすべて持ち去って。半ば強制的に連れてこられたのは、なんの変哲もない商会の建物だった。月明かりの下にそびえるそれは、バーンズ氏の別荘ほどではないが立派であった。
視線を下げると、かがり火の周りに門番らしき男たちが数名。こちらに気付いて、松明を片手に寄って来た。
「貴様ら、こんな夜中に何の用……げっ、ティファさん」
顔を見るなり嫌そうな顔をする門番たちと、何食わぬ顔で前に出るティファニー。この商会と、彼女は一体どういう関係なんだろうか。追い返されないあたり、手を組んでいるというのは間違いないようだが。
「客を連れてきた。大将に伝えろ」
「もう寝てますよ」
そりゃそうだ。月が真上にあるような時間には、たいていの人は寝てる。一部の種族や、夜に仕事があるような人は除くが。それを叩き起こして客に会え、というのは非常識を通り越してただの馬鹿だ。尻を蹴られて追い出されても文句を言えない。
そうされないのは純色だから? それとも、何かしら重要な役割に居るからだろうか。
「そうか。なら叩き起こしてくる。通るぞ」
行ってしまった。
「……なあ、あんたあの人とどういう関係なんだ。というか、どうしてここに来たんだ?」
「あぁ、うん……なんというか。あの人が何の魔法を使うかは知ってるか?」
「知ってる。お前は?」
「なら、話してもいいか。俺はあの人の親戚。ここには保護、という名目で無理やり連れてこられた……そうだ、中に入るなら武器は預けておかないとな」
「と、いうことは同じ属性か。おっと協力ありがとう」
時魔法使いというのはわかっているようだが、武器を構えることはない。召使さんの使っていたスティレット、それから自分の武器を全部、門番さんに引き渡す。何事もなければ後で返してもらえるだろう。
何かあったら、取り戻すことは考えずさっさと逃げよう。どうせ拾い物以外は安物だし、どこでも買えるような代物だ。戻らなくても未練はない。
なんてのんきに待っていたら、ティファニーが戻って来た。
「入っていいと言われたよ。こっち」
門番に手を振って、ティファニーについて建物の中へ。内装も、バーンズ氏の別荘と比べると控えめだ……いや、こちらはただの商人、あっちは国で五指に数えられる、広大な領地を持つ大貴族。比較するのは間違いか。
そうして、応接間らしき部屋に入っていく。
「連れてきた」
「……夜中に叩き起こして、偽物ですなんて言ったらいくらお前でもタダじゃおかんぞ」
「ああ、本物だ。間違いないとも」
ヒゲモジャの中年男性。彼がティファニーの言っていた大将なのか。そうでなくとも、偉い人なのは確かだろうな。
「どうも、初めまして。私はハリス・ブライトニングと申します」
名前を言うと、彼の表情に目に見えて変化があった。訝しむような視線から、驚きの表情に。
「時魔法のブライトニングっていやあ、葡萄酒造りで有名な……有名だった家だな。全員死んだと聞いてたが」
「お前さんが本物なら証を見せてみろ。誰の言葉であっても、この目で見るまでは信じられん。特に、死人の名前を騙る奴はな」
「国に突き出さないと誓えるなら」
「もしそんなことをしたら、私がこの商会の財産をすべて腐らせる。大損はしたくないだろう」
「ああ。目先の小銭に釣られて大損するより、うまく使って長く利益を出す方が賢い」
他人の言葉は信用できないが、同族ならば信じてもいい。そうでなくとも、言葉ではなく金ならば信用できる。
この男は、国や王にではなく、金に忠誠を誓う人間だ。割に合わないことはしないと思いたい。
「では」
顔を両手で覆って、魔法を使う。
「これでどうだ」
「時魔法以外で、若者がいきなりシワだらけの老人に変わるなんてありえんな。認めよう、あんたは本物だ」
わかってもらえたようなので、もう一度顔に魔法をかけて、元の顔に。手鏡を取り出して、微調整。よし戻った。
「じゃあ、あんたには早速うちと契約してもらいたい。王様が馬鹿なことをやらかす前は、大勢時魔法使いを雇っても受けてたんだが、今は彼女一人でな。時魔法使いの人手は、特にほしい」
「さすがの私も、すべて一人で受け持つのは疲れる。ちょうど手伝いが欲しかったところだ」
話があまりにも急すぎて、頭がついていけない。
なに、同族に忠告しにいこうと探したら、純色の家から刺客がやってきて、それを潰したら今度は商会に囲い込まれて? 人生でもこれほどの急展開は未だかつてない、どうすればいいのか、考えがまとまらないまま話が進む。
「せめて、少し考える時間を」
「商会の保護下に入るか、死ぬかだ。私も貴重な同族を死なせたくはない、考えるだけ時間の無駄だ。さあ書け」
有無を言わせず目の前に置かれる契約書。その条件に一々目を通せるほど、心と時間の余裕がない。
「害獣駆除よりは安全で、儲かるぞ」
……ひどい話だ。人生とは、願うようにはならないものなのだな。家を焼かれ、命を狙われるなら、故郷を捨てて放浪生活をするしかないように。一本道を外れたら谷底へ真っ逆さまなら、その道を進むしかない。
名前を紙に書いて、男に渡す。
「よし、これで契約は成立だ。じゃあ早速だが、日が昇ったらこの街を出るんだ。ちょうど明日に出す荷車が一つある、それに乗って、ほとぼりが冷めるまで別の街で仕事をしてもらう」
まあ、いい方に考えれば、楽に金が稼げるのだ。悪い話じゃない……それなら現状を受け入れてもいいだろう。