第七話 純色の力
「なるほど、あなたも時魔法使い」
魔法を見せてしまったなら、逃げるか目撃者を殺すかの二択になる。逃げさせてくれる様子はないので自然と後者になるだろうな。
直剣を抜いて、寿命を代償に肉体時間を加速させて、あらゆるものの動きがゆっくりに……なるのだが、その中でも召使さんの動きは非常に機敏。壁を迂回して迫り、袖に隠していたレイピアに火を纏わせて、胸を狙って突き出してきた。
叩き落してやろうと剣を振るう。キン、と鉄のぶつかり合う音がし、初撃はしのいだものの、刺突の延長線状にあった部分の服が焼けてしまう。おまけに刃の一部が赤熱してしまっている、連続で受ければこちらの剣が折れるだろう。さらに刀身よりも長い炎の攻撃範囲……受ければ体の内側から焼かれてしまう。
ああ、これはマズイ。下手をすれば一発受けるだけで戦闘不能にされる。しかも相手は、こっちが加速してるのにそれに追いつく変態じみた実力の持ち主だ。それでこっちはというと、実力者との戦いはいつも逃げてばかりだったザコ。
大きく後ろに飛びのきながらナイフを投げて牽制。とりあえず距離を取って一呼吸。相手もこちらの隠し武器を警戒して動きが止まり、にらみ合いが始まる。
「俺が賊ならあんたは蛮族だな」
「時魔法使いであればどのみち殺さねばなりません。大人しくしていれば、苦しまないよう一瞬で終わらせて差し上げます」
「良い所で働いている割には頭が悪いと見える。時魔法狩りが発令されて、もう何年になると思う。俺はその間ずっと一人で生きてきたんだぞ。何の罪もないのに、今みたいに命を狙われ続ける生活を、ずっと続けてきたんだ……そっちこそ骨になる前に失せたらどうだ」
脅しで退いてくれるなら、それほど楽なものはない。逃げる背中を切ればいいのだから。しかし、まず間違いなくそうはいくまい。
「弱い犬ほど虚勢を張るものですね」
残念というか当然というか、やはりこうなった。一つ予想外なのは……
「飼い主が居る時は引いた方が賢明だがな。まあ、もう遅い」
するりと召使さんの背後に湧いて出たティファニーが、死刑宣告のようにつぶやいた。その直後に、召使さんは一歩も動くことなくその場に倒れた。
近寄って観察してみるが、息はある。心臓も動いている。つついても叩いても反応しない。外傷もないし、一体何をしたんだろうか。
「体じゃなく魂の時間を止めた。死んではいないから安心していい」
「はぁ……」
そんな空気の時間を止めて壁を作ったみたいに言われても。魂なんて目に見えないものをどうやって止められるんだか。それとも、見えなくても純色にならできるのか。何にしても、絶対に敵には回したくない。
おまけにこいつの移動速度は、加速状態の俺の目にも映らなかった。まるで完全に時間を止めて、その間に背中に立ったかのよう……いや実際に自分以外の全ての時間を止めたのか。あまりにもでたらめな話だが、純色ならそれくらいやってもおかしくない。
「ほら。助けてあげたんだから、礼の一つでも言ったらどうだい」
「ありがとう。死ぬところだった。ところでこいつをどうする」
「ん? 敵なんだから殺せばいいではないか」
「誰であっても、身内を殺せば怒る。理性をなくして街ごと焼き払われたら困る……とりあえず縛るか」
純色の時魔法使いが時を止めるなら、純色の炎使いならそのくらいできるだろう。
かといって生かしておく利益も全くない。こういう下手に地位のある輩は……騎士階級の馬鹿をうっかり返り討ちにした時を思い出すな。命あるまま逃がせば配下を連れて襲いに来るし、殺したら追跡隊の相手をしなければならない。それを叩けばまた増えて、最初に戻って、追手は雪だるま式に増えていく。
だから地位ある連中は相手にしたくないんだ、生かしても殺しても面倒しか残らない……それに、今回は下手すれば町が一つ、地図から消える可能性があるから選択はより慎重にならざるを得ない。自分一人、ではないな。二人の都合だけで、大勢の罪なき人々の命と財産を奪うわけにはいかない。
俺も家を燃やされたから、家が無い辛さはわかる……よく考えれば王命に従ったのは国民だし、罪がないとも言えないか。街ごと燃やされれば何百、何千の人間が死ぬだろう。その中で俺たち二人の死体を探すのは……かなりの面倒か、無理に近いか。案外燃やしてもらった方が楽に逃げられるかもしれない。
だが、この街はこの人の故郷だとか言ってたな。一応、平和的な解決を試みてみようか。
気を失った彼を小屋に引きずり込んで、かんぬきをかける。
魔法使いの手足を縛って、どれほどの意味があるのか。縄で縛っても燃えるだろうし……それでも何もしないよりはマシだな。とりあえず縛り上げて、身動きが取れないようにして、武器も取り上げて、対話の準備をする。
「起こしてくれ。話がしたい」
「……安全じゃない。それでも?」
「穏便に済ませられる可能性もある」
「私は火傷したくない」
「即死でなければ大丈夫だ。起こしてくれ……ああ、あなたの方が立場が上でした。起こしていただけますか」
「今更敬語を使わなくても……まあ、好きにすればいい」
彼女がもう一度触れる、瞼が動く。首にナイフを押し付け皮一枚だけ破って止める。
「やあ、おはようございます。気分はいかがですか」
「……あなたは、っ! くっ」
「変な気を起こされぬよう。差し違えになってもいいなら構いませんが」
交渉には力関係が重要だ、と父は言っていた。相手がばかげた値段で酒を買おうとした相手を黙らせるには、殴って聞かせるのが一番手っ取り早いと。
誰でも起きたとたん縄で縛られていたら驚くだろうし、ついでにナイフを首に押し付けられて、逆らう気になる相手はごく稀だろう。
「何のつもりです」
「平和的な話し合いがしたい」
「一体この状況のどこが平和的なのですか?」
「あなたを殺すというのはお互いに損しかしない展開ですので、できれば回避したい。しかし殺されるのは嫌。であれば自然とこうなります。今のところは誰も死んでいませんし、平和です、平和」
「要求は」
「我々を放っておいてください。でなければ、あなたを殺さなければなりません」
「殺せばいいではないですか。それが一番手っ取り早いはず」
「そうしないのにはもちろん理由があります。あなたを殺せば、バーンズ氏は怒るでしょう。純血の魔法使いがその気になれば、この街は一晩も経たず焼け野原と化すでしょう。あなたの誇るこの町並も消え去るのです……私たちは静かに暮らしたい。ただそれだけなのです、秩序を愛し、悪行を憎む善き市民として生き、家庭を持ち、穏やかに死ぬことが望みです。繰り返しますが、どうか放っておいてください」
「王命に背けば、あなたたちの立場に我々の一族も加わることになるのですよ。そうであれば、死んだ方がマシです」
「愚かな選択です。我々はここに居なかった。あなたは何も見なかった。それだけのことで、全てが丸くおさまるのですよ」
「くどい」
反論と一緒に、魔法が発動する気配がした。こうなっては仕方がない、焼かれる前にグッとナイフを押し込んで、確実に絶命させるために、胸の真ん中にも一突き。
「残念だ。早くもこの街にさようならか」
また別の街に行くには、路銀に不安がある。できればもう少し稼いでおきたかった。
「結局殺すのね」
「どうしてこうなった」
「愚かな王のせい。そして間抜けな君自身のせい。私だけなら見つからなかったのに、余計な気遣いで後をつけられて、こうなった」
「……そうだな」
ここに来ても、来なくても、いずれ同じことになっていただろう。同族に会いたいだけで首を突っ込んだばかりに尾行され、もう少し稼げたところを棒に振った。
「まあちょうどいい。明日しようと思っていた話だが、今ここでしよう。私は今、ある商会に手を貸して生活している。時魔法使いということも明らかにしても、むしろそれを利用したいという連中だ。君を連れて行けば喜んで迎え入れてくれるだろう。だから、一緒に行こう。というか来ないと純色が殺しに来るぞ」
「選択肢が実質一つ……強制されなくても行くけど」
どのみち元の宿には戻れないのだ。死んでも死ななくても、そこへ行くほかない。ああ、本当に、馬鹿な選択をしたものだ。
これにてストックが尽きました。新しい話は書きあがり次第、順次投降していきます