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第四話 赤の"純色"

「素晴らしい、見違えましたな。まるで良家の跡取りのようですぞ」

 適当に地味……というまでではないが、落ち着いた服を選んだ結果、召使さんに褒められた。

 ああ。実際に良家の跡取りだったとも……何事もなければ今頃家業を継いで、貴族平民問わず、幅広い相手に葡萄酒を売っていたはずだ。

「それはどうも。しかし私は遊んでばかりいたせいで家を追い出された放蕩息子です、そんな器じゃありません。家だって知る人も少ない、小さな家でしたし」

 少し嘘を交えて返す。本当のことを話せば、少し調べるだけでわかってしまうから。今は廃墟になっていても、客だったなら憶えている人が居るはずだ。ただの賞金稼ぎならともかく、純色の魔法使いの家で働くような奴から逃げ切る自信はない。


 そのまま軽い雑談をしながらついていくと、やがて大きな屋敷の前にたどり着いた。なかなかご立派な屋敷、昨日泊まった宿が鳥の巣に思えるくらいだ。こんなのでも、いくつもある別荘の内の一つなんだろうな。

 鉄柵の向こうには丁寧に揃えられた青い芝が生えて、見上げるほどの門には屈強な男たちが番として立っていた。賄賂で買収できそうな顔には見えない、街の入り口よりも厳重な警備ではないか。

「お嬢様の遊び相手です。身元は確認済みなので、通しても構いませんよ」

「どうぞ、お通り下さい」

 この召使、まったく迷いなく嘘を吐いた。道中で少し探るような会話はあったが、身元確認と言えるほどのものじゃなかった。

 折角の仕事を棒に振るのもなんなので、余計なことは言わず口に栓をして門をくぐる。

「心配はいりませんよ。文字の読み書きができるのは一定の教養がある証、であれば出自もそれなりのものでしょうから。もし邪な者なら、害をなそうとした瞬間に首を落とせば済む話ですし」

「そんな恐ろしいことはできませんよ。さすがに何もしてないのに首を狙われたら、暴れもしますけど」

「おや。まるで実際に狙われたことがあるような」

「ありますよ。道を歩けば盗賊に。道を外れれば獣の類に。街の外は危険ばかりです」

「楽しそうですな。また詳しいお話を聞かせてもらいたい。ところでなぜ危険なのに旅をするのでしょう。安定した暮らしの方がよいのでは?」

 しまったな。余計なことを言うんじゃなかった。

「恥ずかしい話、さっきも言ったように、昔はひどいやんちゃで実家を追い出されたんです」

 その場しのぎの嘘を吐く。これで突っ込んで聞かれたらもうダメだ、ボロが出て、それを指摘されればまた嘘をつかなければならない。

「あまりいい思い出ではありませんから、どうか深くは聞かないでもらえると助かります」

 目的地にはまだつかないのか、建てた人は何を思ってこんなに広い家を設計したのか。もっと慎ましくしてもいいだろう、別荘なんだから。

「興味はありますが、そうおっしゃるのなら口を閉じておきましょう。さあ着きましたよ、旦那様の部屋です。おおらかな方ですが、ご無礼のないように」

 長い廊下を歩いた突き当り。これまた無駄に大きな扉だ。家も門も扉も、何もかもが一々大きすぎる。かえって不便だと思うのだが、貴族特有の見栄なんだろうか。高貴な方々の考えることはよくわからない。

「失礼します」

 キィと音を立てて開かれる扉の向こうには、炎がそこにあるかのような頭髪の男性だった。歳は五十かそこらだろう、無言で座るその姿はまるで、暖炉でちらちらと燃える火のようにも見える。

「ああ、ご苦労。その人が妻の遊び相手かね」

「ハイ、字の読み書きができる者を、という条件で依頼を出したところ、この方が見つかりました」

 はて。今、俺の聞き間違いでなければ妻と言ったか? 確か依頼の内容は、貴族の『娘』に本を読み聞かせる、だったような。はて、はて? ということは、どちらかが間違っているんだろう。

「よろしい、下がりなさい」

「ハッ」

 隣に立っていた召使さんが頭を下げて、部屋から出ていく。

「初めまして、私はカーン・ボルグ。略名で申し訳ないが、全部言うと長くなるのでね。そろそろ歳のせいか自分の名前を全部言うのに紙が必要なくらいなんだ」

「いえ。とんでもない、まさか放浪生活をしていて純色の貴族様と出会えるとは。それどころか直にお言葉を頂けるなんて、身に余る光栄でございます」

 心にもないことを、心の底からの言葉のように発するのは胃が痛む。ましてや相手は五大貴族の一家、下手に気分を損ねたら骨の一欠けらも残さず燃やされるかもしれないのだ。こんな依頼、受けなければ良かった。今からでも他に譲りたい。

「娘の教育係が体を崩してしまってね。急なことだから代役も居なくて困っていたところなんだ。来てくれて助かるよ……ところで、君とは以前会ったことがないかな?」

「……いいえ。道端で見かける、よく似た別人でしょう。あなたほどの方なら、一目見ようと人だかりができるでしょうし、その中に私に似た別人が居てもおかしくありません」

 本日二度目の嘘を吐く。昔のことだが、会ったことは何度かある。まだ実家が健在で葡萄酒を作っていたころ、それを買いに来ていたのを覚えている。

 忘れていてほしかった。よく焦ってヘマをしなかったものだ。

「ふむん、ああ思いだした。昔の話でね、知人の酒屋の跡取りが成長していたら、君のようになっていたかもと思ったんだ。勝手に姿を重ねてしまったよ、すまない」

 逃げ場は後ろの扉一つ。加速で逃げ切れるだろうか。

「リリー、出ておいで」

 呼ばれて出てきたのは、まだ十歳にもならないような小さな女の子だった。

「私の娘であり、妻だ。綺麗だろう」

「……ええ。はい、とても」

 どうやらさっきの話は聞き間違いではなかったようだ。そして、依頼の説明も間違っていなかった。娘であって妻……近親婚だ。純血を維持するためにはそうする必要があるのはわかるが、実際目にすると不自然極まる。

「では妻を任せるよ。リリーもあまり迷惑をかけないように」

 横をすり抜けて部屋から抜けていく。纏う風が熱かったのは炎の純血だからだろう。内に封じる力が漏れ出ているのだ。解き放てば街一つ焼野原にするのは容易いだろうな。

 ああ、怖い怖い。

「あの」

 恐れていた事態を避けられたことに胸をなでおろしていると、少女から声を駆けられた。

「あなたのことは、なんて呼べばいいですか」

「おじさん、おじさま以外ならお好きなように、お嬢様。老けて見えるかもしれませんが、あなたのお父様よりは若いので」

「では、お兄様と。丁度あなたほどの歳の兄が居りますので」

「もちろん構いません……あなたのお父様からは、本を読んで差し上げろと申し付けられております。ご希望の本を持ってきていただけますか?」

「……お兄様が持ってきて。私が紙や木に触れると、燃えだしてしまうの」

 一瞬わがまま娘かと思ったが、そういう事情があるなら仕方ない。まだ幼いから時分の力の制御ができないんだろう……今は可憐な少女でも、戦略兵器の素養はやはりあるようだ。

「そこの棚の、一番上の段、左から三番目。そう、それ」

 言われた通りのものを取る。タイトルは、「竜と六人の勇者」

 俺も小さいころに読んでもらった記憶がある。母が言っていたことだが、子供に読み聞かすには定番の本らしい。

 紙質は新しめ。最近発行されたもののようだ。内容が変わっていたりするのだろうか。

 少女の前に座って、本を開いて見せる。


 内容をざっくりと纏めると。『大昔。まだ竜が世界を覆い、人を襲って食べていた頃の話です。当時の人々は、六人の魔法使いを集めて竜をやっつけようとしました。六人の魔法使いはそれぞれ得意なことが違いました。火、水、土、風、光、それから時間。全員が力を合わせて、世界を支配する竜に対抗し、少しずつ竜の数を減らしていきました。

 不利を悟ったずる賢い竜は、六人の中の一人に裏切りをもちかけたのです。狙われたのは時魔法使い。竜は美しい女の姿に変身して時魔法使いをたぶらかし、心を奪ってしまいました。竜の手先となった時魔法使いは残る五人を裏切り、彼らを傷つけましたが、最後には竜と一緒にやっつけられてしまいました』


 どうにも俺の知っている話とは違う。時魔法使いは変身を見破って竜を攻撃し痛手を負わせて、滴る血を追いかけて、六人全員で竜にトドメを刺して、世界は平和になりました。という話だったはずだが、書き換えられている。わざわざ本を刷って、子供に時魔法は悪だと刷り込むとは。おのれ王よ、そこまで時魔法使いが憎いか。

「ねえ続きは」

「ハイわかりましたお嬢様」

 その後もところどころ記憶と食い違う内容の本を朗読させられ続けた。途中でどこからともなくお茶とお菓子の差し入れがあったのは非常に助かった……アレがなければ日が暮れるまで通しで朗読会をさせられるところだった。


 この仕事は害獣駆除よりは楽でも、自分のご先祖様が悪役としてこき下ろされているのを読むのは胸が苦しい。


 そして夕方。読書に飽きた少女がソファで眠り、さあ何をすればいいのかと悩んでいると、召使さんが現れた。

「今日はお疲れさまでした。どうでしたか?」

「どう、とは?」

「性に合っているかどうか、ですよ」

「……昔読んでもらった内容と違うところがいくつかあったので、そこが気になったくらいですよ。躾がしっかりされているのか大人しいので……こう言ってはなんですが、楽な仕事でした」

「では明日も来ていただけますかな。世話係のものはまだよくならないようで」

「喜んで、と言いたいところですがまずはもらうものをもらってから、ですね。初日だけはこの服が報酬でもかまいませんが」

 物の価値というのはよくわからないが、支払いを横目で見ていたら相当な額を支払っていたし。これなら中古で売り飛ばしてもいい収入になると思う。

「もちろん。また明日も頼みますよ」

 袋を渡されて中身を確認……今まで路銀稼ぎに色々な仕事をしてきたが、そのどれよりも楽なくせに、どれよりも報酬が高かった。



 ……魔法さえ使わなければ身元はばれないだろうし、この家で何でもいいから雇ってもらう、というのも悪くないかもしれない。魔法だって使う必要がなければ使わないし。

 しかし癖でやらかす可能性は否定できない……死にたくないし、やめておこう。


 その日、宿へ帰るまでの道、路地に死んでからかなり放置されていた白骨死体が転がっていたから、案外この街の治安は良くないのかもしれない。

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