第二話 新天地へ
「ようこそ、アビリへ」
明るい声で迎えてくれたのは街に入る門を守る、衛兵。槍を片手に、もう一方の手は掌を空へ向けて、こちらに差し出している。要求は明白。パスorマネー。
「歓迎どうも。それから、お疲れさん」
ほいとその手に「お土産」を握った手を乗せると、満足そうに頷いた。
「どんな事情でここに来たにせよ」
懐にお土産をしまって一息、彼に顔には笑顔があった。身分証もないのにこうもあっさり受け入れられるとは、見た目に反して警備はゆるいらしい。それとも金の力が素晴らしいのか。
「どうか楽しんでいってもらえると嬉しい。もちろん問題を起こしたら」
「出て行ってもらう、か?」
「いやいや、追い出しはしないさ。この街の土になってもらって、一生出られなくなるだけだよ」
「それは怖い。大人しくするよ」
わざとらしくおどけてから、衛兵が開いてくれた門をくぐる。見上げるほどの壁に囲まれた、それなりに大きな規模の街。
ハズレを引いて不快な環境で過ごすより、多少金がかかっても便利で快適な生活を選んだのだ。
地図で見ると大きな川と道路が交じる、流通の要所のようだったが、中へ入れば荷を積んだ馬車がたくさん。目当ては外れていない。露店も並んでいるし、そこそこ治安もよさそうなので、これは期待していた以上だ。
物はあるから、あとは金だな。前の街から逃げるときに持ちだせた金のほとんどは、さっきの門番に通行料として渡したし。今の手持ちでは安宿を一晩と食事一回がやっとだろうから、何とかして生活費を稼ぐ必要がある。
「職業あっせん所はどこだろうな」
これくらい大きな街なら必ずどこかにあるはずだ。そこへ行けば仕事がもらえて、金がもらえる。行き倒れる前に、なんとか見つけられるといいのだが。
太陽が頭の上にあるうちに街へ入って、結局目的の建物が見つかったのは日が暮れる直前だった。意地を張らず、人に聞けばもう少し早く見つかっただろう。無駄な労力を使ったと、自分の愚かさにため息が出る。
「ようこそ。アビリへ」
門番に言われたのと同じセリフだった。酒場も兼ねているようで、飲兵衛ばかりがテーブルに突っ伏していた。適当に、空いている席に座る。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
席に着くなり、すぐに給仕がやって来た。
「一番安い料理と、酒」
「……承りました」
金にならないとみるや、営業用の笑顔はどこかへしまい、貧しい浮浪者を見るような見下した顔に変わってしまった。サービスの鳴ってない給仕だ。確かに貧乏だが、そこそこいい家の出なんだぞ……もう家はつぶれてるけど。
席の確保に荷物を置いて、登録窓口らしき場所へ向かう。料理が来るまでには手続きが終わるだろう。受付は美人で、気前のいい人だとうれしいんだが。煩悩に満ちた考えを抱きながら、ベルを鳴らす。
「はいはい。ご用件は」
残念ながら、恰幅のいい中年女性だった。そう上手い話もないか。うん。これが現実だ。
「仕事を求めて」
「ご利用は初めてでしょうか」
「はい」
「ではまずは登録をお願いします。こちらの紙に記入を……文字はわかりますか?」
「大丈夫」
記入欄には、名前、性別、種族、年齢、魔法の使用の可否、可なら属性。戦闘の可否。可なら私用する武器を。それから希望する仕事。
一般的な登録用紙なんだろうな、たぶん。経験が少ないから断言はできないけど。
ハリス・バートリ。男。歳は見た目に合わせて二十代前半程度で。魔法は使えるけど、使用不可に。戦闘は可。使用武器は直剣と投げナイフ。希望職は、男娼以外なら何でも。
こう書くと、大体戦闘職に回される。消耗が激しいので、替えはいくらあっても困らない。あとは肉体労働か雑用か。文字が読めるならいいところの子供に本を読み聞かせるとかもある。これは安全で、しかも楽な割に金の払いが良い。募集中かどうかは運だが。
「では、こちらで条件にあう依頼があるか確認しておきます。お疲れさまでした」
受付窓口から離れて、料理を頼んだ席に戻ると、丁度できあがった料理が酒と一緒に運ばれてきた。そして皿から落ちない程度に雑に置かれた。どこもかしこも、貧乏人への風当たりは強い。
肝心の味だが、見た目も味もいまいちだった。酒も同じく。昔家で作っていたブドウ酒に比べると泥水同然だったが、値段相応と考えればまだ飲める。
ぜいたくができる身分でもない……追われる身で普通の食事ができるだけありがたいと思わねば。
代金を支払って、再び窓口へ。
「あなたにちょうどいい仕事が見つかりましたよ」
「どんなのですかね」
「外遊中の貴族様の、ご息女に本を読んで聞かせる役です。今日はもう業務終了時間なので、また明日紹介させていただきますね。ところで宿はもうお決まりですか」
「いいえ。野宿できるくらい安全な街なら、そうするつもりでいます」
「寝てる間に追剥に遭っても返り討ちにできるならどうぞ。いやなら宿をご紹介しますが」
「金はそんなにないけど」
「仕事の報酬でお支払いいただければ結構です」
「そりゃありがたい。是非お願いするよ。ベッドと土じゃ、寝心地も違う」
「ではこちらが宿泊券となります。案内のものをつけますので、少しお待ちください」
これまた美人だとうれしいな、と思いながら。出てきたのは、薄暗い店内であることを差し引いても色黒な、筋肉の塊のような男性。この人が案内役か……この街に美人は居ないのだろうか。
いや、居ても素性の知れない浮浪者同然の旅人に同行させるわけないか。そりゃそうだよな。