第一話 プロローグ
あるところに、強欲な王様が居ました。
王様は欲するものは何もかもを手に入れてきました。ある時は力を欲し、強大な魔法使いたちを配下に従えました。次に領土を欲し、隣国を侵略し手に入れました。
国一番の美女、まばゆく輝く財宝、誰にも侵されることのない地位、権力。有形無形にかかわらず、あらゆるものを手に入れた王様が最後に求めたのは、永遠の命でした。
老いに苦しみ、迫りくる死を恐れた王様は、時間を操る魔法使いに、自分を不老不死にするよう命じました。しかし魔法使いはこれを、「人を神にすることはできない」と断りました。
王様にとって人生最大の屈辱でした。自分の欲するものを部下が持っていて、それをよこせと命じれば地に頭をつけて献上するのが当たり前だった王様にとって、これは大きな屈辱でした。激怒した王様は、時の魔法使いを、自らの暗殺を企てた逆賊として斬首刑に。そしてその一族の末端に至るまでを絶やそうと、時魔法を使う者たちの首に懸賞金をかけたのです。
それ以降、この国の表舞台から時魔法使いは姿を消し、賞金を狙う人々の魔手から逃れた者たちは、自分自身を隠し通して生きなければならなくなりました。
「彼」もまた、その一人です。
「オイジジイ! こっちに人が来なかったか!」
「あぁ、あっちへ走っていきましたよ。そんなに急いで、何かあったのですか?」
ボロボロのフードをかぶった老人が、道路の続く方へ。真っ暗な闇の向こうを指で示す。
「お前には関係ない!」
大急ぎで走り去っていく荒くれもの達が路地裏へ消え、足音も彼方へ遠のいてから、老人はフードを外す。そこにはもう、シワの寄った老人の顔はなく、生気の満ちた若者の顔があった。彼こそが、男たちの探していた魔法使いだ。
「もうこの街にも居れんな。しかたない」
外套から干し肉を取り出して頬張る。その手にはうっすらと、魔法の刻印が光る。
普通、魔法使いの中でも、刻印を持つのは由緒正しい家系に限られる。ということはそれなりの地位も伴うはずだが、そんなものは関係なしに、家を焼かれ、家族を殺され、追われる身となったのだ。ただ一人の、彼からすれば遠い親戚が王の怒りを買ったというだけで。
だが彼は他人を恨んだりしていない。それほどの余裕が心にないからだ。
「次はどこに行こうか……」
彼の頭の中を占めるのは、どうやって今日を生きるか、というひどく短期的な考え。時間を操る者らしからぬものだった。先のこと、他人のことなどは気にかけていない。
とはいえ、王の勅令から何年も経ち、各地で同族が捕まっている中、それでも生き延びているのだから、案外これが正解なのかもしれない。
暗闇の中、彼にかかった賞金を求める怒声が響く。街の門は封鎖されているが、何食わぬ顔で防壁に手をかけて、音もなく風化させて外に出ていった。
「さて、さて。次はどの町へ行こうか」
誰もいない森の中、一人地図を広げて呟いた。
過ごしやすいのはやはり、そこそこ大きな街だ。人が多いだけあって、仕事も飯も金もある。その分自分の身がバレた時には危険は最大限に跳ね上がる。街のすべてが自分の敵になるのだから、恐ろしいばかり。
少々の不便を耐えるなら、小さな町、あるいは村だが、よそ者を歓迎しないようなところ、ハズレを引いたら居心地が悪いだけじゃなく、生活に困ることになる。ひどい目にあったことも、一回か二回かある。
魔法を使わなければバレることはない。だがどうしても気が緩んだ頃にやってしまって、そういう時に限って人が見ているのだ。自分の注意力と運のなさを恨むばかり。
しかし食品の保存には時間の凍結が便利すぎて、どうしても使ってしまうのだよなあ。使わずにはいられないというか。
これまでずっとそうだ。
ため息をつくとガサリと近くのヤブで何かが動く音がした。意識を非常時用に切り替えて、直剣を抜く。獣ならいいのだが、と眺めていると、今度は後ろから何かが飛び出してきた。
片方で音を立てて、そちらに注意を向かせ、その後ろから奇襲をかけるというのはいい案だ。残念ながら音を立ててしまえば効果はなくなってしまうが。
振り向けば、まるでスライムが這うような速度で矢が飛んできていた。放った主は実に間抜けなしたり顔、命中を確信していたのだろうな。
「あんまりこうしたくはないんだがな」
矢だけ避けて、その主に走り寄り、胸に剣を一突き。刃先が背中へ抜ける。そこで、自分に賭けた魔法を解く。
「な……んで」
胸と口から多くの血を流し、そのまま倒れる名も知らぬ男。幸いなことに、彼は服装からしてただの農民か、狩人かだ。騎士などの地位ある人物ではないから、消えたところで騒ぎにはならない。欲を出さずにおってこなければ、残る人生を何事もなく全うできただろうに。馬鹿な奴だ。馬鹿ばっかりだ、この世の中は。
「さて。また仕事が増えた」
証拠を消すために、片手で触れる。刻印を光らせ加速の魔法をかけると、死体は見る間に姿を変える。わずかな間で肉は腐り、地面に溶けて、骨だけに。これで見つかっても今日死んだとは思われないだろう。
こうして他人を殺して白骨死体を作り上げた回数は、もう両手の指で収まらない。それでも彼らはやって来る。
「もう少し命を大事にできないものかな」
たった一度の人生なのに、どうしてこうも命を無駄にする輩が多いのか。もっとみんなが平和主義者なら、俺だってこんなことはしなくて済むのだが。
普通に恋人を作って、子供を作って、家庭を築く。そんな生活にあこがれていても、実現できる日はきっと来ないだろう。国王が俺たちにかけた賞金を取り下げない限り。
悲しいことだ。理不尽なことだ。しかし、これは自然と同じで、自分にはどうしようもないこと。もうあきらめた。