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登場!狂気の後輩

「…誰が先輩だって?」


 ようやく出てきたのはそんな問いかけだった。

 まず聞くべきなのはそのことではないと分かっているのに、俺はまだありもしない逃げ道を探していた。


「あんただよ、ゼイド・ヴェルデ。今の俺が先輩と呼ぶべき人は、あんた以外にはいないさ」

「…何だよ、ゴルド君。随分雰囲気変わってんじゃねえか。俺が可愛がっていたあの純情な脳筋坊やをどこへやったと言うのかね」

「あんたが知ってるゴルド・ジラソー・ラランジャはもうどこにも居ないさ。未来永劫、どこにもな」


 ゴルドは肩をすくめてハッと笑う。こいつのそんな軽い仕草は、一度も見たことがなかった。


 誰なんだ、こいつは。


 警戒レベルを最大限まで引き上げて、俺は悟られないように少しずつ奴と距離を取る。決定的な何かがあったら、即座に行動出来るように。

 そしてその何かは、すぐにやってきた。


「魔王陛下に仕える者同士、仲良くやりたいと思ってるんだよ、俺は」

「…ああ、そう。よく分かったよ」


 間違えようのない言葉。

 こいつは、敵だ。


 躊躇いなく剣を抜き去り、肉を抉る感触を待つ。


「おっと」


 だがそいつは俺の渾身の不意打ちをあっさりと受け止めた。凄まじい速度で自身の剣を盾にして防ぐと、俺の剣をゆっくりと押し戻してくる。


 駄目だ、俺のパワーじゃこいつには勝てない。押し切られる!


 ちらりと恐怖心が疼き、俺は表情を歪めた。こんなところで死ぬ訳にはいかない。俺は姫を守らなければならない。そのために死ぬのは構わないが、姫を守る以外の死因は認められない。生き延びなければならない。絶対に。


 俺の必死の形相を見て、ゴルドの姿をしたそいつはため息を吐いた。


「先輩…味方だって言ったばかりじゃないか」

「ふざけんな。どうせ、お前はゴルドの体を乗っ取った魔物か何かなんだろうが」

「魔物なんかじゃないし、別人でもないぞ。別人みたいに変わりはしたけどな、俺はゴルドだ。しかしおかしいな、先輩は魔王に服従してるって聞いたのに。だから先輩って呼んでるのに」

「…誰がそんなことを言ったんだ」

「メラ」


 ああ…くそっ。

 やっぱりあいつだったのか。


 戦意を喪失し剣を下げた俺に、ゴルドは嬉しそうに笑いかけた。


「お、その様子だと通じたみたいだな」

「…ああ、分かったよ。お前は、つまり…俺と同じ境遇なんだな?」

「若干の違いはあるが、同じと言って差し支えないだろう。俺は先輩と違って自分のために配下になったが、先輩はあの大事なお姫様のために」

「やめろ」


 思った以上に固い声が出た。


「…そんな綺麗なもんじゃない」

「そうか」


 それからゴルドが詮索してくることはなかった。






「それで、お前の話を聞かせてもらおうか。魔王にさらわれて、お前に何があったのか」


 互いに剣を収めてから、風が強い屋上では落ち着いて話すのもままならないとして、俺とゴルドは人通りのない廊下へと場所を移していた。人通りの少ないではなく、ない。滅多に使われない道のためそこらに埃が溜まっているのが視認出来たが、俺もゴルドも文句は言わなかった。

 清潔感よりも他人に話を聞かれない方が大切なのだ。特に、これからする話は誰かに聞かれると非常にまずいことになる。


「そうだな、では端的に。瀕死で魔王城へとかどわされた俺は治療され、拷問を受け、魔王につくことを決め、先輩の話を聞き、教育を施され、この地に戻って記憶喪失の振りをしていた」

「もうちょい詳しく」

「俺のトラウマを掘り下げようと言うのか先輩。この腹黒鬼畜野郎め」


 アーシュを思い出す暴言を吐きつつも、別に嫌ではないのかゴルドはペラペラと語り始めた。


「気付いたら俺は檻の中だった。牢屋じゃないぞ、檻だ。獣を捕らえるようなアレだ。魔王にやられた怪我はどこにもなく、魔法を使われたのだとすぐに分かった。檻の外には黒髪の女が興味深そうに俺を眺めていてな、頭に白い角が生えていたことからそいつは魔王の手先だと思った。俺はそいつに、敵に、情けなくも治療されたのだと察して、喚いた」


 そこでゴルドはキリッと顔を引き締め、物凄い殺意が込められた瞳で俺を睨んだ。怖えよ馬鹿、漏らしたらどうしてくれる。


おれをどうする気だ!傷を癒した程度で、己が貴様に恩を感じるとでも思ったか!?己の身は全てカーナのもの!貴様に向ける感情などない!さっさと殺せ!!」


 俺が知っているゴルドが、そこにいた。

 カーナに忠義を尽くす、橙の騎士。身を呈して主を守る、正義の男が、そこにはいた。さっきまでの会話などなかったと錯覚する程に、そいつはゴルドだった。


「どうした、臆したか!?待っていろ。己は貴様等に何も出来ん。だが我が主カーナが!貴様等を必ず打ち滅ぼす!その時まで惨めに怯えて、待っているがいい!!」


 敵の本拠地に一人だと言うのに、そこまで啖呵を切るとは、やっぱりゴルドは流石だ。

 いや、一人ではなかったか。でもそれを聞くのはゴルドが一通り話し終わってからにしよう。口を挟んだら斬られる気がする。そんなの有り得ないとは理解していても、目の前にいる手負いの獣に、正直俺は、ビビっていたのだ。


 ゴルドの体験談は続く。


「何だ?どうした!?殺さないのか!?殺す度胸もないのか!?…そう喚いた己に、その女は何も言わなかった。だが、唐突に己の眼前に手を差し伸べると、こう言った」


 ―――可哀想な人。愛する人を殺すなんて。


「意味が分からなかった。何を言っているのだこの女は、と思って、瞬きをしたら、風景が変わっていた。真っ白な何もない空間に、己と、お嬢だけがいた」


「お嬢は血だらけで倒れていた。己の手には血がついた剣があった。お嬢は苦しそうだった。苦しそうに、もうやめてくれゴルド、と、そう言った」


「己がお嬢を辱めたのだと悟った。死んで詫びなければならなかった。それなのに体の自由が効かなかった。己の体は己の言うことを聞かずにお嬢に近づいた」


「悲鳴を上げるお嬢を前に、己は笑っていた。心でいくら絶叫しようと、やめろと叫んでも、目を背けることも、耳を塞ぐことも出来なかった」


「己はお嬢を殺した」


「何故だ、何故だ、何故だ、何故だ!何故だ!?何故こんなことをしなければならない!?何故最愛の人を殺めなければならない!?こんなものは間違いだ!己がお嬢を害する筈はない!!…けれどそれは己を待ってはくれなかった。視界が切り替わり、さっきと同じ光景が広がっていた」


「己はそこでまた、お嬢を殺した。剣で首を斬り捨てたさっきとは違い、殴って殺した」


「やめろ!!己は、お嬢を守るために…!今までずっと、そのためだけに…!!」


「また切り替わった。今度は首を絞めた」


「現実ではない、こんなものが現実である筈がない!!己がまがいものに屈することなど…!」


「切り替わった。体中を滅多刺しにした」


「やめてくれ、もう、お嬢を殺させないでくれ!お願いだ!何でもするから、もう…!」


「魔法が使えるようになっていたから、炎で焼いた」


「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!己のせいじゃない!おれの、せいじゃ」


「魔法で水を顔の周りに漂わせ、溺れさせた」


「そんなわけ、ない…おれは、あ、あああああああああ」


「魔法で土砂を作り出し、生き埋めにした」


「あああああああああああああああああああああああああ」


「魔法で四肢を吹き飛ばした」

「持っていた毒を飲ませた」

「弓矢で心臓を射抜いた」

「手を、足を、指を、一本ずつ切り離していった」


「何もしなかった。血を失い死にゆく様を、ただ見ていた」


 そうして。


「その後も俺はカーナを数え切れないぐらい殺して、最後には、何も感じなくなった」


 ゴルドは、ヘラッと笑った。






「そう怯えた顔するなよ、先輩。まだ俺の話は終わりじゃないぞ」


 不可抗力である。再現力半端ねえんだよこいつ。

 しかし、そうか…だからゴルドは壊れたのか。そんなえげつない体験をすれば、そりゃ心の一つや二つ、粉々になる。俺なら最初の一回で発狂するかもしれない。そう考えるとゴルドはよく持ち堪えた方だろう。

 ゴルドをそんな目に遭わせた奴は、本当に頭のおかしい狂人だ。


「カーナが死ぬのを退屈と思い始めたら、ようやくそれは終わった。どうやら黒髪の女が俺に幻を見せていたらしい。俺を檻に入れたのも、暴れるのを抑えるためだったと説明された」

「そいつがそれを説明したのか?」

「ああ。その女はメラと名乗り、魔王の娘であると言った」


 メラ。本名メラフリノス。

 魔王レフコクリソスの一人娘。攻略対象の黒の姫である。


「メラは俺に協力してくれないかと申し出た。断ればまた幻の世界に送るか、殺す、とも。幻を見るのはもううんざりだったし死ぬのも嫌だったから、俺は承諾した。そして先輩と同じ、魔王の配下になったのさ」


 ゴルドはにこやかに俺の肩を抱いてくる。馴れ馴れしい。


「先輩の話もメラから聞いた。幼い頃にシア姫の身代わりとして魔王にさらわれた先輩は、メラと契約を交わした。シア姫及びアッズーロ王国の平和と引き換えに、勇者を魔王に捧げる、と。戦闘狂の魔王が満足する戦士を差し出すべく、学園で俺達を立派な戦士に育て上げる命をメラから授けられたそうだな」


 ゴルドの表情に変化はない。

 今まで自分達が俺に騙されてきたのを、僅かでも恨んでいる様子は、見受けられない。


 分かっていたことだが、こいつは、異常だ。壊れてしまったのだ。忠義を尽くす橙の騎士ゴルドは消え失せ、ここにいるのは、かつての自分を再現することに長けた、魔王、いや黒の姫の、手先だ。


「俺と同じように、先輩の手には見えない魔法陣が刻まれているんだろう」


 耳元で囁かれた言葉に、俺は思わず右手を握り締める。


 これは、魔物を召喚するためのものだった。魔力を通わせることにより使用可能になる代物。透真君達のレベルに合わせて、弱い魔物から召喚し、彼らの能力向上に繋げるためのものだったのだ。実戦経験を積ませ、効率良く強化するための、もの。


 決して、断じて、魔王を呼び出して皆を危険に晒すためのものではなかった。


 あの時、魔王を送ったのはメラだろうが、知らなかったとはいえ実際に行ったのは俺だ。だからこそ俺は、カーナが負傷し、ゴルド達が連れ去られて、精神的に追い詰められた。


「俺のはな、召喚系のものではなく、触れた相手に呪いをかけるものなんだ。ほら、先輩、不思議そうだったろ。何で急に異世界の奴等に皆が惚れ込んだのか。あれは俺の仕業さ。と言ってもだな、何もないところに煙は立たない。俺がやったのは、交換」

「交換?何と、何の」

「例えば、ライム。あいつがオレットに抱いている愛情と、彩に抱いている嫌悪感。それを交換したのさ」

「嫌悪感?でも、ライムがオレットを嫌悪してる様子なんて、なかったぞ」


 思い返してみても、ライムが彩たんに対するような態度を、オレットにとっている様子はなかった。やや素っ気なくはあったが、それだけだ。


「そりゃそうだろう。感情に変化はあっても、記憶が消える訳じゃない。ライムにはこれまで培ってきたオレットとの、たくさんの思い出がある。交換した時に一瞬彼女に嫌悪を覚えても、膨大な温かい記憶がそれを打ち消す。だがそれだけだ。ライムにとって大切なのは彩である、と心に刻み込まれるからな。この呪いにはな、異世界の奴等に人が群がるのは当然だ、という認識を植え付ける効果もあるんだよ。便利だよな」


 世間話でもしているかのような気安さに、俺は何も言えなかった。

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