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黒の侵食

「きっと...彼女は騙されてるんだ、そうに違いない...!待っててオレット、僕が守る...!」


 依存する黄緑の騎士は、たった一人の家族を惑わす少年に呪いを刻む。


「あまり宜しくない傾向ですねぇ...これが彼の人の影響ならば、このアーシュが手を下すべきでしょうか」


 支配する銀の騎士は、操り人形を解き放とうとする少年を排除しようと目論む。


「お嬢...無事で、良かった...。――、お嬢を、頼んだぞ...」


 忠義を尽くす橙の騎士は、主が気に入り自らも認めた少年に彼女を託して事切れる。


「メイ様...どうか、ご武運を...」


 親愛を抱く水色の騎士は、旅立つ姫と少年の後ろ姿を祈りを捧げて見送る。


 そして―――


「何故...何故、あいつなんだ...!」


 あいつさえ来なければ。

 あいつさえいなければ。

 あいつが弱ければ、愚かであれば、醜悪であれば、卑怯者であれば、高慢であれば、薄情であれば、偽善者であれば、臆病であれば、非道であれば。

 俺が選ばれたのに!!


「どうして...あいつなんだ...何故あの人は、あいつを選んで、俺を選ばなかった...!!」


 今まで必死で押さえ込んで秘めていた思いが、胸の奥底から湧き出てくる。

 自分から彼女の隣に立つ権利を奪った少年への憎悪と嫉妬が。

 慕っていた筈の、彼女への怨嗟が。

 心を埋め尽くしていく。真っ黒に染められていく。


「...こんな現実、変えないと...」


 選ばれるのは、自分でなければならない。あいつは、いらない。そうだ、自分を選ばなかった彼女だって、もういらない。


「...殺してやる」


 嫉妬に狂った緑の騎士は、少女と少年を殺す。


 憎い少年をバラバラに切り刻み、憎い少女の心臓を突き刺す。そうして二人の骸を両手で抱き締め、笑うのだ。もう誰も自分を見放すことはないのだ。


「どうして、こんなことをしたの?」


 声がした。

 聞き覚えのある声だった。いつも隣にいた声だった。


「貴方は、一体何を考えているの...!!」


 慟哭。何故?ちゃんと殺したのに。何故彼女は。


「ゼイド...ねえ、どうして?」


 裏切られたような顔をして、涙を流している?


「...ゆるさない」

「ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさ―――!!!」


「...可哀想な人」






 飛び起きた。

 ガタガタと全身が震えている。

 ちょっと洒落にならんぞ、おい。何て夢を見せやがるんだよ、脳さんよお。


 最初の方は許してやらなくもないよ?ギャルゲーで見た騎士達のイベントだもんな?おさらいってやつだから、それはいいとしてやるけど、その後がマジでやばいモンじゃねえかよ。何で姫さんまで殺そうとしてんだアホか。しかも成功してるし。更には姫さんゾンビになってたし。ほんと夢ってヤな奴だな。がっかりだわこんちくしょーが。見損なったわあーあーあーあー!ホラーだったなー!すっごく怖かったなー!


 全身全霊で震えを止めようとする。思考は明るく平常運転、冷えきった体は手でさすってあっためる。ほーら落ち着いてきたような気がするよ!


 ...落ち着けよ。


「...ぐっ、うぅ...」


 馬鹿か、何、夢相手に本気で恐怖してんだよ。ただの夢だろ、単なる悪夢だ。最近ゴルドの浮気のせいで多忙だったから疲れてるんだよ俺は。だから変な夢見てもしゃーねーの!分かったか俺の心身!?


「ひっ...ひっ、ぅ...」


 本物の馬鹿でした。涙が出てます。

 悪い夢を見て泣くとか、幼児かな?

 あーもー今日も普通に学校なんだが!?泣きっ面で教室に行くつもりか俺は!?ありえねーしなさけねーし何歳いくつだよ引くわー!


「...ひ、姫...シ...」


 彼女の名前を呼ぶのは、どうにか堪える。あまりにもカッコ悪過ぎる。

 右手をきつく握り締める。爪が食い込むが気にしてられない。

 鏡台まで這うように移動し、おそるおそる鏡を覗いてみる。


 ...笑えよ、何、怯えた面してんだよ...姫さんにまたぶん殴られるぞ。そしたら前世の記憶も吹っ飛んじゃうかもしれないだろ、そうなったら大変だぞ、しっかりしろ、ゼイド・ヴェルデ。


 日が昇るまで、俺はずっとそこで自分に言い聞かせていた。






「おっはよー皆!今日もいい天気で絶好の訓練日和だな!時にゴルド君、今日の模擬戦相手は俺なんてどうだい!?」

「構わないが、貴様がおれに敵うとは到底思えんな」

「相変わらず厳しいね!確かに俺は弱えが、それでも今日の俺はひと味違う!何てったって取って置きの策があるから!泣いて後悔しても遅いぜ!?ゴルド君!」

「そうか、では、楽しみにしていよう」


 ゴルドは少しも期待していないように淡々と答える。何だそりゃ、馬鹿にしてんのかよ。すました顔してんじゃねえぞ、魔王にボロ雑巾みたいに扱われたくせに。主を放り出して出会って間もない女と楽しくやってるくせに。


「...大丈夫?あんなこと言って」


 心配そうに声をかけてきたのはライムだ。こいつも俺を見下してるのか。


「お心遣いありがとうライム君!安心して見ててくれ、今日の俺はカッコいいぜ!」

「...そう?じゃあ、見てるけど...怪我したら、すぐ言って。いつでもいいから」

「おおありがてえ、百人力だな!」


 俺が怪我する前提かよ。ふざけやがって。


「ゼイド...?」

「はいはい?何だい姫さん?」

「どうしたの?変よ」

「俺が変!?おいおい冗談はよしてくれよ!俺が変人ならこの組の奴等は何だって言うんすか!?俺は今日も元気、健康、快調だぜ!?」

「それなら...」


 青の姫は、俺の手を取り、力を込める。


「どうして、目を合わせてくれないの?」


 ああ、くそ、やっぱ駄目かよ。

 メイ姫も水色オールバックもいないから、何とか姫さんだけ誤魔化せばいいと思ってたけど、薄々予想してた通り、姫さんは気付いてしまった。

 もう隠し通すのも意味がない。


「...ちょっとね、夢見が悪くてね、そこでは...ゴルド君がすっげえ弱虫で、俺にペコペコしてきて」

「なっ!?お、己がよわ...!?」

「ライム君がすっげえ横暴で、俺に蹴り入れてきて」

「えっ...」

「んで、姫さんが、何てーか、肉の食いすぎでこう、この教室を埋めるくらい太っててさ、俺思わず笑っちゃって、顔見るの気まずかったんだよ」

「おかしな夢見ないでよ!!もうっ!」


 結局ぶん殴られました。


「だからちびっと調子乗っちゃった!ごめんゴルド君!さっきのなし!冷静に考えてみたら俺が勝てる訳なかったわ!」


 ゴルドは謝罪を快く受け入れてくれた。理解早くてむかつく。お前のせいで疲れた俺はあんな夢見たんだぞ。


 ...ああ、良かった。ここにメイ姫かオールバック野郎がいなくて。

 二人のどっちかがいたら、見透かされるところだった。

 俺はぼかぼかと叩いてくる姫さんを軽くあしらいつつ、いつもと同じような笑みをつくった。






 同じだ。

 これまでと何も変わらず、昼休みにはゴルドと彩たんは二人、教室にいる。

 カーナは知らない。己はお嬢一筋とほざく奴が、得体の知れない女を愛してるなんてこと。

 カーナは信じている。忠実な騎士ゴルドは自分のものであると。

 ゴルドは信じられている。なのに、裏切った。カーナがどれだけゴルドを大切に思っているか、魔界から帰ってきた時に存分に分かっただろうに、あいつは不義を働いたのだ。

 不届き者だ。ずいぶんと偉くなったものだ。こんな奴がのうのうと生活してるなんて...。


 ...やっぱ無理だわ、今日の俺おかしいもん。午後の訓練終わらして早く寝よ、そうしよう。明日になったらいつも通りになるさ。

 まるで本来のゼイド(おれ)みたいに、黒く醜い感情が溢れて止まらない。普段ならこんな感情、かるーく奥深くへ押し込めるんだけどな。


 俺は静かに教室近くから離れる。

 俺の跡をつけてきて様子を伺っていた奴がいるなんて、その時俺は思ってもいなかった。

 そして、そいつが急激に変化してしまうなんてことも。






「あ、ライム...どこ行ってたの?」


 珍しく訓練に遅刻してきたライムは、彼の姿を発見して慌てて駆け寄り不安げに話しかけたオレットに「ごめん、少しぼうっとしてて」と返事をして、


「じゃあ、行こうか、彩」


 オレットの横を素通りし、彼女のすぐ後ろで二人を興味深そうに観察していた彩たんに笑いかけた。

 初めてだった。

 初めて、ライムは、やや距離があるとはいえ、俺達がいる場所で笑顔を見せた。


「...え?」

「えー!?何なに、ライムったら急にデレたね!」


 硬直するオレットとは対照的に、彩たんは嬉しそうにライムに飛び付いた。


「でれ...?その、よく分からないな」

「分からなくてもいーよ!大事なのはライムが私のことを好きで、私がライムのこと好きってことだもん!」

「な、何、それ!!意味が分からない!!」


 我に帰ったオレットは、ライムから彩たんを引き剥がそうと彼女の腕を引っ張る。


「痛いいったーい!暴力はんたーい!」

「彩、大丈夫?オレット、あまり乱暴なことは...」


 オレットの動きが止まる。

 彼女が浮かべる表情を、俺は知っている。あれは、そう、夢の中で姫さんが...。


 目には疑問と戸惑いと憤り、そして悲しみが目まぐるしく錯綜し、口は言葉を紡ごうとしてもうまく回らない。体は固まり、どうすればいいのか分からない。

 つまり、彼女は信じていたものに裏切られたのだ。


「...どうして...」


 この一日で、俺は一体何回それを聞いただろう。初めはゼイドの、次は姫さんで、最後はオレット。


「ライム、ねえ、ライムは、自分を置いていったり、しないよね?だって、自分達は、ずっと、一緒に...」


 途切れ途切れの掠れた声は、どこに届くのか。


「何ですの、痴話喧嘩ですの?」

「そのようだな。公衆の面前で繰り広げるものではないだろう。後にしたらどうだ」


 俺の後ろにいる、どこかワクワクしている感じがするスノゥと、まさか自分もオレットと同じ立場だとは想像もしていないだろうカーナの会話は、静まっているその場では、やけにのんびりと響いた。


「えーっと、ほらほら、皆!基礎体力強化の授業始めるから、集まって!」


 静けさを破ろうと、ディーゴ先生がぱんぱんと手を叩き、号令をかける。ライムは彩たんに腕を取られ、何事もなかったかの様子で皆の元へ歩いてくる。オレットを、残して。

 これまで一切俺達に関わってこようとしなかったオレット。打ちひしがれる彼女をどう慰めたらいいのか、俺達には分からない。だから誰も彼女に声をかけられない。


「あの、オレットさん」


 透真君以外は。


「気分が悪いなら、休んでいていいと思うよ。あ、保健室行く?付き添おうか?」

「...いらない」


 オレットは俯きながらも、こっちに近付いてくる。訓練に参加するつもりではあるようだ。


「それならいいけど...」


 好意を無下にされても透真君は傷付いたりしなかった。主人公たるものいちいち気にしないのかもしれない。


 ぎくしゃくとした空気の中で、訓練は始まった。

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