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赤と橙

 五日目の朝、姫さんと一緒に行くと、教室が騒がしかった。

 訝しげに顔を見合わせつつドアを開けると、そこではカーナが、アーシュの胸ぐらを掴み怒鳴りかかっている。


「ちょ、おおい何してんだよ!?」

「...アーシュが、余計なことを」


 珍しくライムが返答をくれた。どうやらアーシュが何か言ったらしい。

 いつもの対立とは訳が違う。放置しておいてはいけない。

 俺はわざとらしく咳払いをし、二人の間に割って入った。


「一体どうしたんだよアーシュ君、カーナ姫。いくら仲が悪くても暴力沙汰は駄目だぜ!?」

「黙れゼイド、あたしはこいつを許せない!」

「ふぅ...やれやれですねぇ」


 血走った目をするカーナとは対照的に、肩をすくめてため息を吐くアーシュ。

 説明を求めると、アーシュは首を振り、


「...何てことはありませんよ。かの騎士について思ったことを述べただけです。命を賭けて主君を守る、素晴らしい心掛けですとも。しかし、自己犠牲を前提とした守護など一体何の意味があると言うのです?自分を守る方法を考えずに相手を守る。それは、相手を身を呈して守っている自分に酔っているだけでは?もしくは、自分を卑下し相手がどんな気持ちになるか考慮しない自己中心的な愚物。そんなもの、狂信者と変わらないでしょう?」

「狂信者は、貴様だろうがっ...!」

「心外ですね。このアーシュ、神より何より自己保身が大事ですが」


 「えっ」と声を漏らしたのは傍観していたスノゥだ。アーシュは彼女を横目で見てくすりと笑う。


「おや、当然でしょう?アーシュは本物の命の危険に晒された場合、貴女を無視して逃げますよ」

「あ、そう...少し意外でしたわ。そっちの方がワタクシは好ましいけれど」

「左様でございますか。変人ですね」

「何ですって!?」


 二人のやり取りを複雑そうに見届けたカーナは、顔を逸らし無言で席に戻ると、昨日のようにうつ伏せになった。


 ぼんやりとその光景を眺めていると、急に右手を取られた。

 驚いて右を見ると、机に腰かける彩たんがじっと俺の掌を凝視している。


「なあにこれえ、ゼイドきゅん自傷したの?止めてよねー」

「えっ...ああ、うん」


 慌てて手を引っ込める。

 俺の右の掌には、結構深いバッテン傷がある。昨日、姫さんに指摘されてようやく気付いたものだ。どうやら寝ている間に無意識で爪で引っ掻いちまったもんらしいから、昨日の夜は姫さんの部屋で姫さんに手を握られながら一緒に寝てしまった。恥ずい。


「...大丈夫?魔法、使おうか」

「ぅええっいやいや、いいよいいよ!こんくらいへーきへーき!」


 何かいつになくライムが優しい。

 ゴルドのことがトラウマになっているんだろうか。


「...ゼイド」


 姫さんが何事か言いかけた時、ディーゴ先生が髪を振り乱し物凄い形相で飛び込んできて、叫んだ。


「大変だ!戻ってきた!戻ってきたよ、ゴルドくんが...!」






 ゴルドは今日の未明、転移の間で発見、保護されたらしい。

 今は保健室にいるとのことで、俺達は、先生の一言目で教室を全力で走り去っていったカーナを先頭に、ゴルドの元へ向かった。

 保健室に辿り着くと、そこではカーナがゴルドに抱きついており、多大なる気まずさを覚えた。

 ゴルドは俺達に気付くとカーナを離し、苦笑した。


「おはよう。大事になってしまったようですまないな」


 ゴルドの腹には、穴なんてなかった。

 背後に回って触ってみても、背中はごつごつしてるだけで、ゴルドが痛みに呻く様子もない。

 俺とライムが飛び付いても、以前と同じで全く揺るがない。

 ただ、


「お嬢には心配をかけた...んだろうな。過去のおれが、すまなかった」


 ゴルドは、魔王が現れた時の記憶を失っていた。

 ゴルドの記憶にあるのは、皆で校庭に出た時までで、気付いたら転移の間にいたらしい。

 当然、メイ姫とスカイについても、何も知らない。

 「役に立てなくてすまない」と詫びていたが、死亡確定とされていたゴルドがこうして無事に帰ってきただけでも、奇跡なのだ。


 魔王が何を考えているのか分からない。

 いや、魔王だけじゃなく...黒の姫が何を考えているのかも、全く分からない。

 分かりたくもないけどな。


 ゴルドが戻ってきて、少し教室内が明るくなった。

 もしかしたらメイ姫とスカイも、無事に帰ってくるかもしれない...そんな希望が生まれたのだ。


 魔王の根城は、魔界という、俺達が住む世界とは違う場所にある。裏世界みたいな感じだろうか。

 魔界に行く為には「境目」を通る必要があるが、そこには人間界にさ迷い混む魔物とは段違いの戦闘力を誇る魔物が多数生息しているので一国の軍隊でもなければ全滅してしまう。

 だからといって本当に軍隊を連れていけば魔王の怒りを買い、魔王直下の、知能を持った魔物達の軍勢に国を攻められ滅ぼされる。

 よって、人間おれ達は魔界に侵入することは出来ない。

 メイ姫とスカイを連れ戻しにいくことは不可能なのだ。


「あたしは、もっと強くなる。もう二度と、魔王などにあたしの大切な者を取られてたまるか...!」

「その意気だ、お嬢。己もお嬢を守るために、お嬢を悲しませないために精進しよう」


 カーナは絶望から立ち直り、決意を新たにした。

 ゴルドもそんな彼女を励まし、自らの向上を求める。

 他の皆も二人に感化され、日々の訓練にはこれまで以上に熱が入るようになった。


 メイ姫とスカイが不在ながら、俺達は少しずつ日常を取り戻す。


 俺と姫さんは自分に出来ることを伸ばし。

 カーナとゴルドは互いに励まし競い合い。

 ゴルドに謝って一段落着けたライムは支援の魔法を更に高め、オレットはそれに負けないように攻撃の魔法を磨き。

 スノゥとアーシュは普段通りに訓練をこなし。

 透真君は剣を少しずつ使えるようになり、ベィビィはそれを応援し。

 彩たんはライムやアーシュに支援の魔法の教えを乞い。


 何も変わらないまま一週間が、過ぎ去っていった。

 筈だったのだ。






 俺はその日もいつもと同じく、座学をして食堂で姫さんと昼食を済まして午後には訓練して、終わる予定だった。

 普通なら食堂から校庭に出て少し時間を潰し、そのまま訓練へと移行する。しかしその時俺はライムのことが気にかかっていた。

 ゴルドが帰還してから少しずつ周囲を気遣うようになったライム。出来るならもっと彼と親交を深めたい。

 俺のささやかな、友情を求める心が、ライムを探しに行かせた。

 姫さんに一声かけてから校舎に戻り、ライムを捜索する。

 教室にいるだろうかと思って、俺はまずそこに向かった。


 最初に気付いたのは、何か湿っぽい音だった。

 ちょっと疑問を抱きつつも、俺は特に警戒することなく教室に着き、ドアの小窓から何気なく中を覗く。


「ぁ?」


 そんな変な声が出た。


 中には、二人の人間がいる。

 一人はゴルド、もう一人は...ゴルドに覆い被さられている、彩たん?


 ゴルドはこちらに背を向けているから表情は分からない。彩たんもゴルドに被っていて顔は見えない。

 でも、これって、あれだよな。

 二人、キスしてる?


「...っ」


 俺は弾かれたようにドアから離れた。

 頭は真っ白で、ただ呆然と漏れ出る音を聞くしかない。


 意味が分からない。

 理解を拒絶してる。

 ゴルドはカーナの騎士だ。自分の全てはカーナのものだと断言するくらい、カーナに尽くしている忠義の男。一途な人。魔王との邂逅の際の行動でもはっきり分かる、ゴルドはカーナが何より大切な筈だ。

 それが、何で、こんな密室で彩たんと二人っきり?


 衝撃が収まるとぐるぐると思考が回り出す。

 何でこんなことしてるのか、何で、何で、何で―――?

 しばらくしてハッと我に返った俺は、転がるようにそこから離れた。

 見たくない、聞いていたくない、知りたくない。

 だってあいつはカーナが好きなんじゃないのか、カーナが大事だから命を捨てても守ろうとしたんじゃないのかよ!


 何故か裏切られたような感覚に陥りながら、無我夢中で走って、離れようと走って、逃げて走って、曲がり角で誰かにぶつかった。

 謝罪しようと見ると、アーシュだった。

 アーシュは感情の消えた、色の薄い瞳で俺を見下ろすと、ふと笑った。


「ああ、見たのですね」

「は、ぁ?」

「教室に行ったのでしょう?」

「は...おま、え、知って」


 がつんと頭を殴られたような衝撃を受け、アーシュを見つめる。

 アーシュは一つ瞬きをしてからため息を吐き、言った。


「解せませんよねぇ。てっきり彼の中で主従愛と性愛は同一していると思っていたのですが。...あれ、彼が帰ってきてから、ずっとなんですよ。毎日同じ時間に同じことをしている。あ、勘違いしないでくださいね。興味本意で覗いていた訳ではありませんから。あの異世界人が我々に劣情を抱いているのは勿論理解していましたが、まさか真っ先にそれに応じたのがあの脳みそまで筋肉の...おっと失礼。実直な彼とは思いもしていませんでしたから」

「...毎日?嘘だろ?」

「昨日も一昨日も、明日もですよ。とにかく...あのお姫様には告げ口しないことですね。彼を殺して自分も死ぬ、なんてやりかねませんよ、今の彼女は」


 カーナのことか。

 確かに、彼女は以前よりゴルドに執着しているように見えるが、そんなヤンデレ発動するだろうか。ヤンデレはライムとオレットで充分だろ。


 現実逃避でどうでもいいことを考えていると、不意にアーシュは声のトーンを落とした。


「...修復されればいいですけどねぇ」

「え?」

「こちらの話です。それより早く校庭に行きましょう。遅刻します」


 時間をすっかり忘れていた俺は、慌ててアーシュと共に校庭に向かった。

 そこには既に俺達以外が揃っていた。

 ゴルドも彩たんも、別に変わったところはなかった。彩たんなんてライムに絡んでいたくらいだ。


 けれど、一度意識してしまえば、嫌でも相違点に気付かざるを得ない。

 確実に、ゴルドは彩たんを好きになっている。

 眼差しも声も触れ方も、彩たんに接する時は丁寧で優しいのだ。意識して見ないと分からない違いではあるが。

 カーナでも、彩たん相手の時より、こう言ってはなんだが雑だ。


 畜生、こんなの知りたくなかった。何か親友の浮気現場を目撃してしまったかのような気持ちだ。別に俺とゴルドは親友じゃないけども。

 くそっ恨むぜライム。


 八つ当たりしながらも、俺は他の奴らにも注意を向ける。

 今のところゴルドの想いに気付いているのは俺とアーシュだけらしいが、この先どうなるか分からない。

 もしカーナに知られてしまったら修羅場不可避だ。

 俺は皆が騒いでいるのを茶化す役だけど、こんな事件茶化すのなんて無理、というか嫌だ。

 なのでとにかく皆がお昼休みには教室に行かないように話しかけては引き止める。

 皆が俺の言動に注目する中でもゴルドと彩たんだけがいない時が結構あって、これ逆にバレるんじゃねと思って止めた。


 試行錯誤しながらの一週間、俺は何とか仮初めの平和を保っていた。

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