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話が違う

流血描写

 カーナとスノゥの熾烈な戦いが終わり、次はバトルマスターゴルドと、パラディンライムの出番だ。


 ゴルドは赤姫カーナの忠実な橙の騎士だ。ゲームのカーナルートでは、彼は主人公に対して、おれのように嫉妬することも、アーシュのように排除しようとすることも、黄緑ライムのように呪おうとすることもなく、真っ正面から主人公とぶつかり、認め合っていく。

 最終的にはゴルドは魔王の不意打ちからカーナを庇い、主人公にカーナを託して逝く。

 まさに忠義の盾である。


 対するライムは自分からオレットを、唯一の家族を奪おうとする主人公を呪いにかけようとするが、オレットにバレたことで呪いが自分に返ってきて失明する。しかし最後には主人公を認め、田舎で余生を謳歌するそうだ。

 ライムは火が苦手だ。魔物に襲われ壊滅した国から脱出する際、そこらじゅうで火事が起こっていたのがトラウマらしい。


 魔物は強い。幼いライムとオレットを逃がすのにも幾多の人が犠牲にならなければならなかったぐらいだ。ゲームでも主人公のパラメーターを次々伸ばしていかないと詰んでいたし。

 しかし魔王ラスボスはラストダンジョンに出てくる凶悪な魔物の、三倍の体力を持つ化け物だ。五分の四くらい削ったら、イベントが発生して主人公とヒロインと守護精霊ベィビィの合体技で消滅するんだけどね。

 仮にヒロインが黒の姫(魔王の娘)だった場合は特別なイベントになる。ちなみに黒の姫の騎士はおらず、強いて言うなら魔王パパがその役割にある。


 正直、魔王に透真君が勝てるとは思えない。

 この先いくら彼が成長しても、ヒロイン達が強化されても、あの化け物には勝てる気がしない。どんな人間でも奴には勝てないのだ。

 絶対に。






「ねえねえゼイドきゅん。何そわそわしてるの?」

「いや、女同士のバトルも面白いけどやっぱ男のやり合いって興奮するよなって思ってさ」


 背中に乗っかって耳元に囁いてきた彩たんに白状する。ど、どうでもいいけど当たってるよ。


「そうだ。彩たんは魔法使えるんだよな?」

「うん。さっき言われたばっかだから使ったことないけどね」

「ちょっと手を拝借するぜ」


 彩たんの手を取り、しっかりと握りしめる。うむ、すべすべ。


「えっ?ゼイドきゅんって手フェチなの?なーんだ、早く言ってよ」

「ちゃうちゃう、俺には魔力がほとんどないからさ、魔力ある人の手の感触とかも違うのかなーと思っただけだよ」


 そんな会話をしてると、むっとした様子の姫さんが俺のもう片方の手を握った。これぞまさに両手に花ね。


「手加減はしないぞ、ライム」

「...いらない、そんなもの」

「そうか、では、本気でいこう。おれはお嬢の騎士だ。無様は晒せん」

「...知らないし。オレットの方が何千倍も可愛いし」

「な、貴様、お嬢を侮辱する気か!?」

「どうでもいい。早く始めよう」

「後悔しても知らんぞ!」


 俺が楽しい時間を過ごしているのと同時進行で、ディーゴ先生の合図でゴルドとライムの戦いの火蓋が切られた。

 開始の瞬間、ライムは防護呪文を早口で唱えようとするが、途中で横薙ぎの剣に妨げられる。

 ゴルドは素早く剣を引き戻すと、追撃を入れんとしてライムに急接近し―――


「っライム!」


 唐突に、ライムは突き飛ばされた。

 追い討ちをかけるように強風が吹き荒れる。


 彼は予想外の攻撃にバランスを崩し横転するが、すぐさま起き上がり、相手の姿を探した。


「...えっ?」


 だがその険しい顔は、早くも緩められる。

 それは決して喜びや嬉しさ故ではなく、ただ状況が理解出来ずに口をぽっかり開けてしまったということで。


「...が、ぐ」


 たった今、共に高め合うべく試合をしていた相手の腹から、手が生えている。違う、刺されてるんだ。手が、腹を突き破ってるんだ。

 ぐちゃりと嫌な音を立てて、手が引き抜かれて貫通した穴からぼたぼたと血を垂れ流し、ゴルドは膝をついた。


「な、んで?」


 音の途絶えた空間で、そんな間抜け声を発したのは、俺の喉だ。


「聞いて、ねえぞ...」


 有り得ない、意味が分からない。どうして、


「何で、ここに、魔王がいるんだよ!?」


 真っ赤に染まった手をひらひらと払って返り血を吹き飛ばし、真っ黒な角を額に生やした長い白金髪のその男、魔王レフコクリソスは、俺の叫びに答えるかのように嘲笑した。


「思わぬ事態こそ人生のすぱいすというものだろう?我からのさぷらいずだ。どうだ、嬉しいか?しかし、拍子抜けもいいところだな。まさか、日々訓練している兵がここまで脆弱だとは」


 初めに動いたのはカーナだった。


「き、さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 試合で用いた木製の剣を手に、彼女は憤怒の形相で魔王に向かって驀進、しかし即座に先生に阻まれる。


「君たちは避難を!他の先生に伝えるんだ!」

「は、なせっ、ゴルドを、ゴルドはあたしのっ」

「君では仇を取ることは無理だ!聞き分けろ!」


 押し問答をするカーナを抑える先生を横目に、続いて我に帰ったスカイが未だ固まるクラスメート達を率いて校舎を目指そうと一歩踏み出したところで、その左肩に何かが突き立った。


「ぐっ、ぁあっ?!」


 光の矢だ。

 魔王の掌から放出された魔法の矢が、肩を貫いてすぐに粒子となって消える。

 スカイは転倒して傷穴を右手で押さえ、荒い息を漏らした。

 茫然自失していたメイ姫が騎士の惨状に金切り声を上げて駆け寄り、魔法を使おうとするが、そこに魔王は鋭く告げた。


「動くな。二度は言わん」


 メイ姫の動きが止まり、震え出す。

 だが誰も彼女を気遣えない。


「...ふむ、四番目と五番目、か...」


 誰も魔王に逆らえない。その筈だった。


「あー!レフだ!私安達彩!よろしくね!」


 彩たんは、二人が怪我をしてても何てことなく魔王に近寄り、笑いかけた。

 魔王は品定めでもしているかのように、真っ黒な瞳で彩たんをねめまわして、やがてふっと笑って彼女にデコぴんした。

 彩たんは吹っ飛ばされた。


「なっ...」

「おおおおああああああああ!!」

「!しまった」


 先生があまりの出来事に目を奪われた隙に、怒りで我を失ったカーナが魔王に突撃していくが、到達する直前で、彼女の剣を握る腕と太股を、スカイを襲ったのと同じものが射ぬいた。

 カーナはがくんと倒れ、そのまま気絶。

 彼女の胴体目掛けて光が発射された時―――腹をぶち抜かれていた筈のゴルドが立ち塞がり、身を呈して彼女を庇った。

 盛大に吐血してもなおゴルドはカーナを抱きかかえ、渾身の力を振り絞って彼女をアーシュの元へ投げ飛ばす。

 アーシュはカーナを何とか受け止めた後、信じられないものを見る目付きでゴルドを見やった。

 ゴルドはカーナへの懸念をはっきりと顔に表し、


「回復の魔法を...!っお」


 撃ち抜かれる。撃ち抜かれる。撃ち抜かれる。

 背中にいくつもの光を受けて、今度こそ橙の騎士は昏倒した。


「動くな、と言ったであろうに。これが愚者の末路だ」


 何処か哀れみすら含んで、魔王は呟いた。


「しかし...うむ、まあ初期はこんなものなのだろうな。失望するのは時期尚早か」


 納得したように首を振り、魔王は血みどろのゴルドと、痛みに呻くスカイ、そしてスカイを守ろうとするメイ姫を殴って意識を奪い、悠々と三人を担ぎ上げた。


「なっ、何を」


 ディーゴ先生が血相を変えるのをちらりと見て、魔王は「そう急くでない」と穏やかに諭す。


「少々借りるだけだ。近いうちに返却しよう」


 魔王が言った次の瞬間には、閃光が目を焼き尽くすが如く迸り、皆の視界が回復した時には、魔王と、ゴルド、スカイ、メイ姫の姿はどこにもなかった。






 違う。

 違う!

 違うってんだ!!

 だっておかしいだろ、あり得ない。

 何で魔王本人が来るんだよ。おかしいだろ、そんなの聞いてねえぞ!

 違う、嘘だ、ゴルドが死にかけてスカイが怪我して、そんでメイ姫も連れ去られた?殺された?ふざけんな!違う!!違う、俺は何も、何も...。


 俺は、それから三日、悪夢に魘された。






「おっはよー、皆!何だよ何だよ元気ないなあ!やってられねえってんならお国に帰りなって!あのクソ野郎こそが今まで頑張って倒そうとしてきた張本人なんだぜ!?奮起しなくてどーするの!」


 四日目の朝、自室待機が解けて教室に出向くと、そこはまるでお葬式のようだったのでテンションあげて語りかける。


「うるさい...」


 アーシュの回復の魔法で腕も足も癒えたカーナは、しかし心は癒えていない。机に突っ伏して顔を上げようとしない。


「僕の、せい、なのかな...」

「そんな訳ない!悪いのは魔王、ライムは悪くないっ...!」


 ゴルドに庇われたライムは、とんでもないことをしでかしてしまったとばかりに塞ぎ混み、オレットはそれを必死で慰め続けている。


「明るく、というのは無理があるでしょうねぇ。何といっても組の四分の一が消え失せたのですから。ですが今こそ神に祈る時でしょう、スノゥ様」

「...そうですわね。今...祈らないと」


 アーシュは何てことないように振る舞っているが、死に際のゴルドからカーナを任されて、内心もそうである筈がない。スノゥもそれに気付いているのかおとなしい。


「僕、何も、出来なかった...」

「トーマが気にすることじゃないッスよぉ!あんなバケモン相手にしたら死んじゃうッス!くやしいけどオイラだって今はあいつに敵わないッスもん!」

「あーん、レフったら冷たかったー!でもやっぱ妖艶だったなー!また会いたーい!」


 透真君が落ち込み、ベィビィが励ます。

 その傍らで、デコぴんされたのに全く動じていない、唯一人いつも通りの彩たんが体をくねくねさせている。


「ゼイド、窶れてる。...無理、しないで」


 先に教室に来ていた真剣な顔付きの姫さんが、立ち上がって俺を出迎えた。俺を心から案じる声に、胸の奥から何かが込み上げてくるが、俺はそれを無視して、普段と同じように笑った。


 結局その日授業はなく、俺達は重苦しい空気のまま解散した。






 先生達もまさか魔王自らが出向くなんて夢にもみていなかった。だから何の対処も出来ていない。メイ姫とスカイの故国ゲルブ王国と、ゴルドのヴェルメリオ帝国に報告はしたが、あっちもあっちでどうすればいいのか分からないようだ。

 それも当然だ。魔王が人間を連れ去った事例など今まで存在しない。

 唯一皆に共通していたのは、三人の無事は諦めきっていることだった。

 状況が動いたのは、事件から五日目だった。






 ゴルドが帰ってきた。

 五体満足で、怪我もなく、精神に異常をきたしている様子もなく。

 何事もなかったかのように、帰ってきた。

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