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黄色と水色

 空井透真と安達彩が召喚されて一週間。

 今日で春のお休みが終わるが、元々学園には編入生の存在を示唆していたため手続きはスムーズに済み、特に問題なく二人は俺達の同級生になることとなった。


 この短期間で二人にはとにかくこの世界の常識だけを叩き込んだので、ろくに自分達の紹介もしていないが、どうせこれから嫌でも関わるのだから構わないだろう。


 姫さんはちょくちょく俺の元へやって来ては、「あの人達一生懸命で...本当にいいのかしら。突然召喚されたのに魔王と戦う羽目になるなんて、すごく罪悪感があるのだけれど...」などと弱音を吐いていたが、そんなの姫さんが気にすることじゃない。どうせ最後には魔王に破れて死ぬのだから、利用し尽くせばいいのだ。まあ俺にも罪悪感がないという訳ではないが、仕方ない。

 この王国は、そうやって生き長らえてきた。


 魔物の侵攻でぼろぼろになり、何とか討伐隊を派遣するもそれが魔王の逆鱗に触れて滅ぼされる国を、我が国はいくつも見てきた。

 魔王はどうやら大規模な軍隊で対抗されるのが嫌であるらしく、有名なRPGのように少人数でパーティを組んで歯向かってくる分には、その勇者達の出身国に手を出さない。

 だから各国、一騎当千の人材を育てて魔物と魔王討伐に向かわせては撃沈している。


 魔王への対処が必要だが、自国から損害を出すのは嫌だ。でも他国から「お前も魔王対策に協力しろや」と圧をかけられる。

 だから異世界から人間を召喚し、そいつに戦わせる。

 無論、召喚によって城の魔法使い達の魔力は根こそぎ持っていかれるが、魔力は時間経過で回復するので大きな損害はない。


 召喚されるのは誰でもいいのだ、人間ならば。

 そいつが必死であればある程、他国にはこの国が積極的に魔王討伐に参加しているように見える。

 万が一魔王に攻め込まれた場合、魔王には「召喚された奴が勝手にやったことですよー。うちは止めたんですよー」というスタンスを取れる。

 今代の勇者はぴったりの人材と言えよう。

 どんどん努力して強くなって当たって砕けてほしい。

 どうせ魔王は滅ぼすことなんて出来やしないのだから。


 姫さんはこのことを知らない。

 ただ、「異世界から召喚された者は特別な力があるので、非力な我々の代わりに魔王と戦ってもらう」とだけ伝えられている。

 姫さんも俺も、特別強くもないし凄くもない。適材適所。我が国は他の国とは違うが、他人に戦いを任せるのは別に悪くないことだ、と言い聞かせている。

 実際、あの主人公だって俺より優しくて正義感に満ちてて素直なんだ。頼って何が悪いんだ。






「ゼイドー、私飽きたー」

「そう言わずに。明日からは学園生活が始まるんですよ」

「でもさー、私乙女ゲーの主人公よ?我、ヒロインぞ?ちょっとくらい甘くしてくれてもいーじゃーん」


 これは乙女ゲーじゃなくてギャルゲーだけどな。

 俺は優しげな笑みを浮かべると、机に突っ伏して勉強三昧にげんなりしている彩ちゃんの頭を撫でる。


「俺は分かってるよ。君がすごく頑張ってるってこと」

「あのさー、ゼイド。私お世辞言われても嬉しくないタイプなんだよねー。猫かぶりしないでくんないかな」

「おおっとこれは驚き!俺の化けの皮を見透かすとは、お前、相当出来るな?」

「んふふー、そーそー。そんな感じでいーよ。そっちのが気兼ねなくやってけるもん」


 猫みたいに満足そうに笑うが、残念だったな。俺はまだ素じゃねえぜ。


「勇者殿は鋭いんだな、びっくりしたぜ俺は」

「その勇者殿ってのも止めない?彩でいいよ」

「んじゃあ彩ちゃん?」

「...何か、寒気した」

「仕方ねえな、彩たんで妥協するよ」

「ちょっ、あ、や、た、ん!そんなん笑うに決まってる!」


 手を叩いて爆笑する彩たん。こいつ純粋なこの世界の人間だったらそんなの知ってる筈ないって気付いてねえな。


「じゃっ私はゼイドきゅんって呼んだ方がいいの?きっも!きっも!」


 自分で言って自分で笑っている、とても幸せな人である。


「まあ呼び名は何でもいいが、勉強はちゃんとしてくれ。学園では魔法の練習と体を鍛える他に、俺達と一緒に座学もしてもらうからな」

「はあい、ゼイドきゅんっ」






「透真君の様子は?」

「とても...真面目に取り組んでるの。朝早く起きて、夜遅くに寝てすごく頑張っていて...ねえ、ゼイド、私」

「姫さんは心配しなくていいっすよ、なーんも。大丈夫だから」


 言葉を遮って安心させるように笑ってみせても、姫さんの顔は曇ったままだった。

 月光が姫さんの青い髪を微かに輝かせている。月が出ていなければ、その濃い青は闇に紛れてしまうだろう。

 バルコニーから見える景色は壮観だが、夜風が冷たいのでもうそろそろ中に戻った方がいいかもしれない。


「姫さん、そろそろ...」

「ゼイド」

「...何?」


 声ははっきりと分かるくらい固かった。

 良くない兆候だ。茶化さないと、こんなシリアス似合わない。


「どうしたよ姫さん、まさか透真君に惚れちまったんすか?確かにあいつはいい奴っぽいけどいい奴止まりだと思うぜ?それならこの俺!ゼイドきゅんの方が何倍もカッコよくて素敵な」

「私も、戦いたい」


 ああ、駄目だ。


「透真様の姿を見ていて思った。私は、この国の王族なのに、何の力にもなれていない。知らない国のためにあそこまで努力してくれる透真様に比べて私は、なんて恥ずかしいんだろうって、そう思ったの。だから私も、透真様や彩様に負けていられない。もっと強くなろうって...」

「駄目だよ、姫」

「...ゼイド」


 これ以上は駄目だ。

 彼女を戦いになんて、絶対に参加させない。

 俺もお前も、何も出来ないただの弱い人間だ。そうじゃなきゃいけない。


「そもそも戦うのは俺の仕事!姫さんは俺に任せてふんぞり返って命令でもしてりゃあいいの!何てったって俺は姫さんの騎士ですぜ!」

「候補、でしょう?もうっ」

「候補!」


 そのやり取りに、姫さんの頬が緩み、小さな笑みを形作った。

 ああ、良かった。何とかこの場は誤魔化せた。

 沸き上がる不安と恐怖を無視して、俺はいつも通り、おどけたように笑った。






 翌朝、転移の魔法陣に乗っかった俺と姫さん、真新しい制服に身を包んだ透真君と彩たんは、城の皆からお見送りされながら学園へと転移した。

 二回目の転移とあって、異世界人達も慣れたようだった。まあ転移中は視界は真っ白だし横に動くエレベーターみたいな感覚だからな。


 視覚が戻ってきて辺りを見渡すと、他にも同じような魔法陣が床に描かれていて、そこから各国の王子、姫、その付き人達や生まれつき才能を持った戦士達が次々と沸いていた。


 ここは転移の間。長らく移動することを嫌がった王族のおかげで設置された便利な交通路だ。


 大陸立のこのクローマ学園は、ちょうど大陸の真ん中より下に位置している。ここは、各国の王族及び戦力となる者が集まり魔王への対抗力を研鑽する学舎。魔王への戦力を育成するための訓練所。年齢は関係ないが、俺と姫さんは十三歳時から通ってもう三年になる。


 王族でこの学園に通うのは、ほとんどが王位継承権の低い者達である。当然だ。国の未来を担う者を魔王討伐になどやれる訳がない。

 姫さんも上に兄が四人いる。

 何故姫さんが勇者を出迎える役割があったのかというと、これまで召喚されてきた大部分が男だったからだ。もし女でも俺がいるしね。


「あら~、シアちゃん~。お久しぶりねえ~」


 ほんわかする、癒しの間延びボイスに振り返ると、我が国の隣国、ゲルブ王国の第三王女、人の好さそうな柔和な顔立ちの、攻略対象である黄色のメイ姫と、その水色騎士スカイがすぐ近くに立っていた。


「メイ、久しぶり!会えて嬉しいっ」

「うふふ~、私もシアちゃんに会えなくて寂しかったわ~」


 この二人の姫は幼い頃からの知り合いだからか、仲が良い。今も手を取り合って再会を喜んでいる。周りに花が咲いている幻覚が見える程、微笑ましい。

 かといってその騎士まで仲良しとは限らんものだ。


「やあ、ゼイド。久しいね」

「おはようスカイ君。今日も髪型が決まってるな、カッコいいよ」

「ありがとう、君の方こそいつも通り安心する顔付きだとも」

「「ふふふふふ」」


 互いに怪しい笑い声を上げながら相手を睨み付ける。

 俺はこのスカした水色オールバック野郎が嫌いだ。昔メイ姫にリクエストされたからって渋々やってるような奴にオールバックの良さなど分からぬ。銃を極めた大泥棒の一味になるか砂になれる海賊になるかぐらいやってのけてから文句つけろ。それと俺の顔はイケメンですぅー、変な顔じゃないですぅー。お前は確かに爽やか系イケメンだけど俺も優しい系イケメンなんですぅー。


「あら~、そちらの方達は~?」


 俺の後ろにいた透真君と彩たんに気付き、メイ姫は不思議そうに首を傾げた。


「あ、ぼ、僕は、空井透真っていいます。訳あってここで学ばさせてもらうことになりました。よろしくお願いします」

「私は安達彩!よろしくスカイ!」


 安定の彩たん。メイ姫には目もくれずスカイに飛び付いた。

 それをあちゃーって感じで見守るのが姫さんと俺、あわわって焦ってるのが透真君、ニコニコしてるのがメイ姫。

 当のスカイは「これはこれは」と苦笑しながらそっと彩たんを離れさせた。


「私はスカイ・ヘルブラウと申します、彩さん。そうか...貴女方が召喚された勇者なのですね」


 ちらりとこっちを見てくるオールバックからさりげなく視線を逸らす。


「うん、そうだよ!これから幸せになろうね、スカイ!」

「おいおい!酷いな彩たん!俺とは遊びだったってのかい!?」

「あっははー!勿論皆は私のものだよ!」


 笑ってとんでもないことを言う彩たんを急いで引き寄せる。

 危ねえ危ねえ、いくらメイ姫が温厚だからって流石に限度というものがある。

 現にメイ姫は彩たんが消えてすぐにスカイにぴったりくっついていた。おいオールバック野郎、まんざらでもない顔してんじゃねえ。


「と、とりあえず教室に行こう?ね?」


 空気が読める主人公、透真君が取りなし、俺達は自分らの教室に向かった。

 ちなみに、俺と姫さん、メイ姫とスカイ、透真君と彩たんは同じクラスである。メイ姫とスカイとは、同じ年で入学した。

 他の攻略対象の姫達も同じクラスにいるのだが、結構個性的で、ここにいる姫さんとメイ姫は幾分かマシな方だ。彩たんも含めると、胃もたれする。






 教室で俺達を出迎えたのは、一つの争いだった。


「いい加減にしろ!神に祈りなど捧げて何になる?ここにいるのはその何とか神ではない。あたし達だ。いるかも分からん存在に縋ったところで、何にもなるまい!」

「何と傲慢な...ワタクシは今まで貴女のような方でも尊き人間の一人と、我慢してきましたのに。やはり駄目ですわ、ワタクシ、貴女と同じ空気を吸うなど、堪えられないっ...!」

「何だと!?あたしを馬鹿にしているのか!?」


「貴公の主は、随分と野蛮なのですねぇ。分かっていたことではありますが、よもやここまでとは...」

「ふん、祈るばかりで自分から動こうとしない貴様らに言われたくないわ。軟弱者が」

「はあ、主従揃って話が通じませんねぇ。全く、嘆かわしい」


 怒鳴る赤と泣き崩れる白。

 ため息を吐く銀と罵倒する橙が、対立していた。

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