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夢の終わり

 シアと共に部屋を出ると、壁に耳をぴったりくっつけた体勢のスノゥと目が合った。


「あら失礼」

「お前…」


 そそくさと離れるスノゥに半目になる俺の隣で、シアが顔を真っ赤にして「ちょっと!嘘でしょスノゥ!?聞いてたの!?」と抗議している。


「お熱かったですわね」

「うるせえよ」

「あら辛辣。いつもの明るい貴方はどこへ?」

「いいんだよ。もうやめた」


 素っ気なく返すと、スノゥはしたり顔で、「ワタクシに感謝してほしいですわね。気を遣って退室してあげたのですから」と言い募る。その節は本当にありがとうございました。

 シアはまだ興奮さめやらぬらしく、リンゴより赤い頬をしてぶつぶつと不満を述べている。


「さて、と。ワタクシ、実はまだ状況を確認していないのですが、貴方がいるということは他の方々もここにいらしているということでよくて?」

「ああ。そいつらも、スカイとメイ姫も無事だ」

「メイも!?良かった…」


 シアが両手を握り、胸をなでおろす。忘れていた訳ではないが、それどころではなかったため、言いそびれていた。

 合流して再会させてやりたいが、殺意を告白して飛び出した手前、どうにも俺は気が引ける。気まずい。そんな俺に気付いたのか、シアは再び手を繋いできた。これでは行く他ないだろう。


 メラの部屋への道のりはすっかり頭から抜けていたので、スノゥに文句を言われながらも地道に探す。

 点在する魔物達は遠巻きに俺達を眺めている。嬉々として倒しに行こうとするスノゥを制止し、探索に力を入れる。別に俺は魔物に恨みはない、かといって好きでもないが、無駄な体力を消費する必要はないと思う。

 しばらく黙々と進んでていると、突然、何者かが先の曲がり角から踊り出て、視界を妨げてきた。

 咄嗟に剣を抜き、身構える。


「!良かった、いた…!」


 しかし現れたのは敵ではなく、メラの部屋にはいなかったライムだった。随分と消耗しているようで、俺達を目撃した途端に倒れそうになり、危ういところで壁に手をつき体を支えた。


「よおライム、大丈夫か?何があった」

「僕は大丈夫…!お願い、彩を、助けて…!」


 彼女に何かあったのか。

 肩を貸して、ライムに導かれるまま走ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。


「あ、ゼイドきゅん」


 彼女は半透明になって、廊下の隅に座り込んでいた。


「ど、どうなってんだよ、その体!」

「えーっとね、時間切れみたい!」


 何てことないように、いつもと全く態度を変えずに、笑う。


「何かさー、ここって神様の力があんま届かないみたいなんだよね」

「神様って…」

「うん。召喚された日の夜にさ、神様が言ってきたんだよね。私は神様の力で特別に異世界召喚されたんだって。イケメンに囲まれる代わりに裏切り者を始末してシナリオ修正しろってさ。まあ意味分かんないから何もしなかったけど、とりあえず楽しかったからいっかーみたいな?リアルで乙女ゲー出来るなんて貴重な体験させてもらったし、マジ感謝って感じ?」


 同じだ、アーシュと。彼女にそんな裏事情があるとは、ちっとも気付かなかった。だが一つ疑問がある。


「特別にってどういうことだ。透真君は違うのか?」

「何かこの世界は乙女ゲー版の「騎士の誓い」じゃなくて、ギャルゲー版の「騎士の誓い」らしいよ。それで、乙女ゲー主人公ポジの私の存在って結構異端だから神様の力ないと元の世界に戻っちゃうんだって」


 何だそれは。乙女ゲー?二つのバージョンが出てたってのか?知らないぞ俺はそんなの。前世の俺が死んだ後に出たってことか?


 衝撃を受けて立ちすくんでいると、シアがあっと短く声を上げた。見ると、彼女の体がどんどん薄れていっている。


「あー、夢が覚めちゃう〜。楽しかったなあ、スカイとかレフも、攻略したかったなー」

「彩、彩っ!」


 余裕のないライムが彼女の腕を掴もうとしたが、虚しく空を切った。


「そんじゃー、ばいばいライム、それと夢の世界。ゲーム楽しかったよー!」


 最後まで、彼女は一切悲しむことも、悔やむこともなく、消えていった。跡形もなくなった彼女に、ライムはがっくりと膝をついた。


「…結局何だったんだ、あいつ」


 沈黙していたスノゥがぽつりと呟いた。






 消沈するライムを連れて、俺達はとうとうメラの部屋に到着した。

 シアとスノゥに先頭を任せ、俺はライムを支えながら隠れるようにして続く。中では、俺が出ていってからだいぶ時間が経ったというのに、状況に変化はなく、修羅場が続行していた。


「ライム!」


 オレットがいの一番に気付き、駆け寄ってきたため、ライムを渡す。次いでアーシュが「おやスノゥ様。ご無事で何より」と笑顔で出迎え、スノゥを渋面にさせていた。

 その次に寄ってきたのは、スカイ。傍らではメイ姫がシアと再会を喜び合っている。


「ゼイド。よく考えてみたのだが、君は私に嫉妬し、殺意を抱いたということでいいのか?」


 理解早くてむかつく。何だこいつは。殺したいって言われたのに何でもないような顔しやがって。

 シアに背中を押され、支えられる。この手がある限り、俺が暴走することは、ない。

 だから俺は、はっきりと言ってやった。


「ああそうだよ。俺が出来なかったことをやってのけたお前が羨ましかったんだよ。悪かったな」

「羨ましい…か。なるほど。いつもの発作という訳だ」

「殴るぞ」


 脅すと、スカイは軽く笑って、メイ姫の元に戻っていった。

 続いて俺の前に現れたのは、メラだ。


「ゼイド。キミに許してもらおうとは思ってない。でも、謝らせて。キミの頑張りを無駄にして、勝手に計画を中止して、すまなかった」

「お前、これからどうすんだよ」


 問いかけると、メラは心を決めたように、俺を見つめた。


「お父さんが人間を殺さないことを、戦わないことを決心してくれたから、魔物達を統制しつつ、いずれは人間と和平を結びたいと思っているんだ。それなら、もう勇者はいらない。勇者がいなければ、お父さんも死なず、魔物が抑制されなくなることもない。ワタシも、死なずに済む筈だ」

「あっそ、精々頑張れよ」

「うん…ありがとう」


 眉を下げ、微細だが迷いはない笑みをつくり、メラは離れていった。






「我はこれ以上争うつもりはない。其方らの要求も、可能な限りは呑もう」

「私達は平和な世界を手に入れるために魔王を倒そうとしていたけれど〜、魔王が争いを放棄した今、その必要もなくなって、平和的に解決が出来る筈だわ〜。魔王にも、私達と同じように、心があったのよ〜」


 静かに魔王が告げ、メイ姫が補足する。

 頭に血が上って最も盛大に喚いていたカーナを、スノゥが「あら貴女、今物凄く不細工な顔していますわね、うふふ」と嘲笑ったことで、一周回って冷静にさせたおかげもあり、安達彩が消えたことを説明した後、メイ姫とスカイが望んでいた話し合いを卓を囲んで現在進めている。


「あたし達の住む世界にいる魔物を撤退させることは可能か?」

「それは無理だ。そちらの世界の魔物には我の命令は遠過ぎて届かぬ」

「貴様が出向けばいいだろう」

「そちらに行けば、我も多少力を制御される。その状態では魔物を屈服させることは不可能だ」

「では、こちらにいる魔物は殺しても構わんか」

「良かろう」


 前の取り乱しようとは打って変わって、カーナは不気味なほど平静に交渉を重ねている。たまにメイ姫が付け加えたり、メラが代わりに答えたりするくらいで、残りの皆は無言で話し合いを見守っている。

 やがて、取り決めが終わった。

 魔界に住む魔物には、魔界から出ず、人間を襲わないように命令が下される。

 人間界に棲息する魔物を殺しても魔王は動かない。

 これより先、魔王は侵攻をやめ、人間に危害を加えず、人間から要求があれば受け入れる。

 そのうちに魔王は人間界に出向き、正式に人間の重鎮と会談を行う。

 カーナ及び俺達は、それを人間達に伝える。

 そういったことが定まった。


 一段落が付き、場には奇妙な空気が流れた。ホッとしたような、気が抜けたような、そんな雰囲気。

 それを狙ったのだとしたら、彼は相当巧妙だった。


「ぐっ」


 魔王が呻いた。

 魔王の腹に、何かが刺さっていた。

 氷の槍。

 絶え間なく、それは魔王の体に穴を開けようと降り注ぐ。

 左肩、腕、太股、胴体。

 最後、額に突き刺さろうとした槍を、いちはやく我に返ったスカイが火球呪文で相殺し、ようやく攻撃は止まった。


「お父さん!」


 メラが金切り声を上げて駆け寄る。続いて真っ青になったメイ姫が回復の魔法を使おうとしたところで、彼は鋭く告げた。


「動いたら、危ないですよ?」


 彼女の頭に、氷の槍の先が突き立てられた。メイ姫の動きが止まり、信じられないものを見る目付きで、彼を見遣る。

 彼はいつも通り、泰然と立っていた。その頭に剣先が向けられる。


「メイ様から離れてもらおう」


 険しい表情でスカイが命じた。


「ふぅ…果たしてその相手は本当にアーシュでよろしいのですか?スカイさん」

「当然だ。メイ様に敵意を向けた時点で、君はもう、私の敵だ、アーシュ」


 アーシュは、嘆かわしいと小さく呟き、倒れ伏す魔王に視線を投げる。大量の血を流して荒い息を漏らしている。治療しなければ、いや、魔法を使わなければ、助からないだろう。

 安達彩がいなくなったため、俺達の中で、支援魔法を扱えるのはメイ姫とアーシュ、ライムの三人だ。うち二人は敵対し、残った一人、呪いを解かれ疲労していたライムは、呆然と立ちすくんでいる。


「誰か!誰でもいい、お父さんを助けて!ボクにはもう、魔力が残ってない!」


 メラが泣き叫んだ。俺達の転移でほとんどを、そして呪いの解除で全てを消費したのだろう。

 咄嗟にライムが一歩を踏み出したが、その腕を掴んで引き止める者がいた。

 オレットだった。


「アーシュ!メイ様から離れろ!さもなくば、斬る!」


 焦りを隠さず、スカイが警告する。だが、アーシュは笑って否定した。


「貴公にそれが出来るのですか?それに、決めるのはアーシュではありません。そうでしょう、ゼイドさん、ゴルドさん、オレットさん」

「…俺が嫌いなのは魔王じゃなくてメラだ。勘違いすんな」

「んー、俺も先輩に同意」

「おやそうでしたか。では、オレットさん」


 皆の目がオレットに向く。オレットはじっと黙り込み、ライム、メイ姫、アーシュ、メラ、魔王の間で視線を彷徨わせていたが、遂に声を出した。


「自分達の国を、滅ぼすよう命じたのは、あなた?」


 メイ姫が息を飲んだ。魔王は息も絶え絶えだったが、ゆっくりと頷き、「そうだ」と聞き取りにくい声で肯定した。


「あなたは、強い人と戦いたかった。だから人間を殺した。殺して、憎しみを植え付けた。強くなるよう仕向けた」


 また、緩慢に首を縦に振る。


「あなた一人の願望が、自分達の国を滅ぼした。平和を打ち砕いた。民の命を奪った。家族を壊した。皆の人生を、狂わせた」


 オレットは、何も言わず動かないカーナと、事の成り行きを興味深そうに伺っているゴルドの方を向く。彼女の視線を受けてカーナは、低い声で答えた。


「あたしの先生は…帝国の騎士団長は、魔物に殺された」

「ああ…そういえば、そうだったな。だからカーナは、皇帝の反対を押し切って俺と共に学園に入った」

「だが、悔い改めようとする者を切り捨てようとは思わん…あくまで、人間の場合はな」


 吐き捨て、カーナは魔王を睨む。愕然と、メイ姫が呼びかけた。


「でも、カーナちゃん、さっきはあんなに…!」

「思い出したんだよ。いや、忘れさせられていたというべきか…魔王、貴様、一体何年生きてきた?」


 魔王の返事はない。まだ生きているのに、何も言おうとしない。


「覚えていないのだろう?それほど長い時間の中で、きっと何度も同じことを繰り返してきたのだろうな?人を殺し、国を破滅に導き、憎悪を生み、また殺し…貴様を憎み死んでいった人間は、一体どれほどの数になるだろうな?」


 挑発するような言葉。それでも魔王は無言を貫く。


「メイ、お前が、こいつはあたし達と同じなどと言うから失念していたが…こいつは、魔物だ。人型なだけで、あたし達とは決定的に違うんだよ。…オレット、お前の好きにするといい。あたしは口を出さん。ゴルド、いいな」

「おお。別にいいぜ」


 カーナとゴルドは静観を続ける。

 説得しようと叫ぶメイ姫はアーシュに槍を向けられ、アーシュは苦渋を顔に出すスカイに剣を向けられている。

 発端である自身の騎士を、スノゥは珍しいものを見るような目で凝視する。

 メラは魔王に縋って必死で呪文を唱えるが、案の定魔法は発動しない。

 透真君は決意したように剣に手を置くが、ベィビィに小声で何事か囁かれ、再び迷い始める。

 俺はメイ姫をせめて助けようとするシアを止め、オレットの決断を待つ。

 そして、オレットは。ライムは。

 二人の、選択は。


「ずっとあなたを想っていた。あなたを殺したくて」

「…殺される、のか?我が?人間などという、脆弱な生き物に?償おうというのに?」

「そう。あなたは」


 手をかざし、呪文を唱える。


「今まで散々殺してきた、人間っていう生き物に殺されるの」

「思い上がるな。我が人間に、其方などに殺される筈がない」

「それがあなたの、罰」

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