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青と緑

 俺の声を聞きつけたのか、「おー先輩!」とゴルドが手を振る。一斉に大量の視線がこちらに向けられた。


「ゼイド…!」


 真っ先に駆け寄ってきたのは、メラだ。


「ずっと、謝りたかったんだ…!君には辛い思いを」

「姫はどこだよ」

「え、あ、今から探しに行こうと…転移の途中、魔力が足りなくて、何人かの行き先がばらばらになっちゃって、でもこの城の中なのは確かだから」

「魔物に襲われてたら、お前、責任取れるのか」

「だ、大丈夫、魔物達には人間を見かけても手出ししないように言い含めたから、きっと」


 しどろもどろで弁解するメラを睨み付ける。「透真…!ここにいたの。あの、ライムは、どこ…?」「スノゥ様と彩様もいらっしゃらないようですねぇ」というオレットとアーシュの言葉も全て切り捨てて、石になったように動かないメラに質問する。


「おいメラ、お前どこまで話したんだ」

「ど…どこまでって。全部、話したよ。ワタシの目的も、ボクが今までキミに指示していたことも、呪いをかけたことも…あ、今来たのはオレットと、アーシュだよね。キミ達の呪いも解くよ」

「の、呪いって、どういうこと…?」


 困惑するオレットと無言のアーシュの二人に近付き、メラは自らの軌跡を告白し始める。それを聞いていくうちに、オレットの顔には混乱が、アーシュの顔には理解が浮かんだ。

 傍らではカーナとゴルド、透真君とベィビィが、スカイとメイ姫、魔王に押し問答を繰り返している。俺も理解した。カーナが怒り狂っている理由、ゴルドが素を晒している理由、メラがネタばらしして、呪いも解いたから。つまり、こいつらも俺の正体を知っているということだ。

 それなら、取り繕う必要はない。


 呪いを解除されたのか、オレットがよろめいた。隣にいるアーシュがさりげなく彼女を支える。


「最低」


 彼女は一度俯き、それから叫ぶ。


「そんなもの今更消されたって、もうどうしようもない!だって、だって…好きに、なったんだもの」


 その目から涙が溢れて止めどなく零れていく。


「透真のこと、好きになってしまったもの!遅い!手遅れ!こんなの、どうしろって言うの!?」

「え…!?そんな、まさか。よく考えてよ。キミはライムが好きなんだろう!?キミが抱いているその好意は、本来はライムに向けられていたものだ。呪いがない今、キミの心を埋めているのはライムの筈だ!」

「浅はかだな、メラ」


 動揺して撤回させようとオレットに言い聞かせるメラに、俺は吐き捨てる。


「ゴルドもそうだが、お前、自分の計画のせいでどれだけこいつらが変化したのか、分かってるのか?いっぺん変わっちまったものが、元通りになるって本当に信じてたのか?」

「そ、それは!だって、カーナの時はゴルドへの好意に戻った!ゴルドは…だ、だけど、でも、せめて、償わないとって、そう思ったから」

「償い!どうやって?何を差し出すってんだ」

「そこまでだ、ゼイド。君の言い分ももっともだ。しかし、一度冷静になってほしい」


 口を出してきたスカイと、目を合わせる。俺がメラを責めるのをやめて安心したのか、奴は微かに微笑んで、言った。


「こんな状況だが…やあ、ゼイド。久しいね」

「お前が」

「…何だい?」

「お前が、魔王と娘を改心させたのか」

「まさか。私はただ力添えをしただけだ。ほとんどはメイ様の功績だよ」

「ああ、そうかい」


 健気にカーナ達の騒ぎを静めようとしていたメイ姫に目を向けると、気付いた彼女は困ったように、柔和な顔に笑みを浮かべた。


「私一人じゃ無理だったわよ〜。スカイがいてくれたから、この一年、心が折れずに済んだんだわ〜」

「ご謙遜を…」


 スカイも小さく笑い、二人は視線を交わらせる。それは、互いを完璧に信頼し合っているのだと否応なしに思い知らされた。


「…く、くくっ」

「…ゼイド?」

「ははははははははははは!」


 眉をひそめ疑わしげに名を呼んだスカイは、突然の笑声に涼やかな黄色の目を見開いた。それぞれに声を上げていた姫達と騎士達も、驚いたように、軽蔑したように、あるいは恐れるように俺を見る。


「なあ、ゴルド!俺の言った通りだっただろ!」

「…話が見えないな、先輩。何を急に言いだすんだ」

「俺が…俺でさえなけりゃあ、良かったんだよ!証明されたじゃねえか、これで!俺じゃなければ、最初から、何の問題もなくハッピーエンドだったんだよ!」


 馬鹿な話だ。滑稽の極み。

 俺は正しかった。

 メラに捕まったのが俺でなければ。魔王と対峙したのが俺でなければ。

 あいつらは改心して、何の事件が起こることもなく、誰も傷付くこともなく、すぐに平和な結末を迎え、話は終わっていたのだ。


「まさしく、道化じゃねえか」


 演じていたのではなく。俺は最初から、そうだったのだ。

 そりゃあ、姫も見限る訳だ。


「考えてみれば、俺にメラを責める資格なんてなかったな。お前は自分が生き残るために俺を利用した。俺は姫を守るためにお前に従った。悪かったよ」

「え…いや…」

「でも、許さない」


 はっとメラは息を飲んだ。


「俺が今まで積み上げてきたこれまでの時間、その意味をなくしたお前を、絶対に許さない。恨み続ける」

「待て、ゼイド」

「黙れよスカイ。お前に…騎士の鑑みたいなお前に何を言われても、俺は考えを改めないし、お前に何を言っても、お前には、理解出来ない」

「私とて君と同じ騎士候補だ。それに、ここにいる中で、君のことを一番よく知っているのは私だと自覚しているが」

「そうだよ。だから、駄目だったんだ」


 俺と姫、スカイとメイ姫。この四人の付き合いは長い。スカイとメイ姫は、俺が醜い自分を見せないために道化る癖を持っているのを知っている。スカイには対抗心はあったけど、それくらい、俺は二人を信用している。

 それが駄目だった。

 近い存在だったからこそ、衝撃は大きかった。


「…じゃあ、理解してみろよ」


 笑って、告げる。


「俺は、お前を殺したいんだよ」


 そうして俺は、反応を確かめる前に踵を返し、メラの部屋を飛び出した。






 かつて、もしメラと会ったのが俺じゃなくて、他の騎士だったら。そんな現実逃避をしたことがあった。


 きっと一番相性がいいのはアーシュだ。あいつは賢いから。

 次はスカイだろう。あいつは相談相手に向いている。

 その次はライムか。オレットが大好きだから、その姿に心打たれたりするかも。

 最後にゴルドだな。あいつは漢気あるし、見てると臆病な自分が恥ずかしくなる。

 でも、勇者に一番ふさわしいとなるとバトルマスターゴルドだな。強いし。戦士のカーナと一緒に物理でごり押ししてくるけど。

 次に賢者のアーシュ。頭いいし武闘家のスノゥとの組み合わせはバランスもいい。

 ライムは…オレットとの愛の力でなんだかんだあってめでたしめでたしになりそうだ。

 まあスカイは無理だな。だってあいつ、本編ギャルゲーのメイ姫ルートでも足手まといになるからっつって魔王討伐いかないし。勇者パーティに同行しないのはライムも一緒だが、あいつは途中で視力を失うから不可抗力ってやつだ。


 そんなくだらないことを考えて、やっぱりスカイは俺の次に情けねえ騎士だな、などと勝手に親近感を得ていた。


 単純に、俺が馬鹿で、勘違いクソ野郎だったというだけなのだが、スカイとメイ姫が魔王とその娘を改心させたと知った時、俺はとてつもなく醜い感情を抱いた。


 どうして俺じゃ駄目だった。

 こいつには出来たことが、どうして俺には出来なかった。

 何故、こいつだった。

 こいつはそんなに、俺より有能だったのか。

 どうして。

 こいつがいなければ。

 こいつを、殺したい。


 自分の醜さに、学習能力の低さに、うんざりする。

 だけど、止められなかった。

 あの場所に留まっていたら、俺はあいつを殺そうと剣を抜いただろう。

 それが分かった。だから、部屋を出た。

 そのまま魔物に食われるか何かしてしまえば良かったのに。

 俺の辿り着いたその先には、彼女がいた。






 城内を行き先も決めず疾走する俺に、所々で遭遇した魔物達は手出しもせず胡乱げな視線を送ってきた。どうやらメラの言っていたことは本当だったようだ。

 だからってあいつへの憎しみが薄れる訳ではないが。

 ただただ、走り回る。自分が何を求めているのかも分からず、駆け巡る。

 しばらく全速力で走って、廊下の行き止まりにぶち当たった。仕方がないので引き返そうとしたところで、女の声が聞こえた。見ると、扉があったため何を考えることもなく、入室する。


「うぉ、何だよテメーかよ!おいシア!騎士様が迎えにきやがったぞ」


 声の主は、魔物の死骸を踏み付けている血みどろのスノゥだ。真っ白な髪と肌に血がこびり付いていて余計アンバランスに見える。

 それと、


「ゼイド…無事だったの!?」


 同じく、魔物を打ち倒したらしい剣を握る姫だった。


 今、一番、会いたくない人だった。


「魔物…倒したのか」

「うん。言ったでしょ、強くなったって」

「そっか…予想、以上だ」


 剣を収め微かに微笑む彼女と、目を合わせられない。するとスノゥがやれやれといった感じで、


「おいオレサマの前で惚気んじゃねえよ、うぜぇな」

「…惚気?」


 何言ってんだこの神の御子ヤンキーは。


「シアは情けねぇテメーの代わりに強くなろうと陰でオレサマやあの被虐性愛者カーナに戦い方学びに来たんだぜ?どれだけ痛め付けてやっても立ち上がるしよぉ。泣かせるじゃねえかよ、愛されてんな」

「ちょっ、それは…!」

「テメー、知らなかったろ?いや違ぇな。知ろうとしなかったんだ。シアがテメーをどれだけ想ってるか、な」


 慌てた様子で姫がスノゥの口を塞ごうと手を上げる。しかし身長が足りていない。

 スノゥは「んじゃワタクシはちょっと花を摘んできますわ。後は二人でごゆっくり」と止める暇もなく部屋を出て行った。

 姫は恐る恐る俺を振り返り、はにかむ。


「ゼイドが私を守ろうとしてくれていたのは分かってる。でも、そのせいでゼイドが傷付くのは、嫌なの」


 手を取られ、重ねられる。小さい手だった。だが、柔くはなかった。


「私、怒ってるのよ?何も言わずに、知らせようともせずに、一人で抱え込むんだもの。辛いことがあっても、嫌だって、助けてって、言ってくれなかった。無視されたし!…私、そんなに頼りなかった?」


 だってそれは。彼女を巻き込みたくなかったから。


 彼女は手元から視線を上げ、真っ直ぐに見つめてくる。


「私だってゼイドを守りたい。ゼイドが騎士になることで傷付くなら、騎士になんかならなくていい。代わりに私が強くなるから。強くなって、守る必要なんてない姫になるから。だから、ゼイド」


 手に力が込められ、しっかりと握りしめられる。まるで、絶対に離さないとでも表すように。


「私のために騎士になるのをやめて。私とずっと一緒にいて。そうね…お嫁さんにでもなってもらおうかな」


 言葉が出てこなかった。


 覚えていたのか。

 何てプロポーズするんだ、この人は。

 俺なんかよりもよっぽど男らしいじゃねえか。

 騎士じゃないなら、何になれってんだ。

 嫁ってことは主夫か。専業主夫になるのか俺が。


 混乱して思考が飛躍する頭をどうにかしようと目を瞑る。

 大きく息を吸って落ち着き、最初に湧いて出た感情に、絶望する。


「…やっぱ、駄目だ」

「どうして?」

「俺は…最低だからだ。せっかくプロポーズしてくれたのに、俺は、嬉しいとか、そう思うよりも先に…不安が、出てきた」

「将来性の?」

「違う!」


 答えは至って単純。

 俺は、彼女に釣り合っていない。

 独り善がりな考えで仲間を売って、騙して、魔王を呼び寄せ危険に晒し、嫉妬で主人公に石を投げて危害を加えて、長い付き合いの騎士にも、殺意を抱いて逃げ出した。

 そんな男に、こんなに格好いい彼女と結ばれる資格なんてある訳がない。


「俺じゃない…俺じゃ駄目だ。俺じゃ、幸せに出来な」

「なよなよしい!」


 大声に、びくりと体が震える。


「幸せに出来ない?それなら、私が幸せにしてあげる!それにゼイドが思うよりずっと、私はゼイドから幸せをもらってるんだから!」


 堂々と、何の迷いもなく言い切る彼女の姿に、勝手に口が開いて、ずっと押さえ付けてきた思いが溢れ出る。


「俺、弱いぞ」

「何よ、今更」

「自信もねえし、嫉妬ばっかして、何かやらかすし」

「じゃあ私がその度、ゼイドを励まして、止めて、叱ってあげる」

「誰より面倒くさい男だって自覚あるし、見限られてもおかしくない」

「今まで散々一緒に過ごしてきたのに、私が見離すと思う?」

「何でそこまで!何のメリットがあって、俺を見捨ててくれねえんだよ!」

「じゃあ、どうしてゼイドは私を守ろうとしてくれたの?」


 どうして?

 彼女を、勇者を魔王に差し出してでも守りたかった理由。それは、


「シアが好きだから」


 幼い彼女に求婚されてから、いやその前から、


「だから、どうにかして、守りたかったんだ…」


 掠れた声で、震える唇で絞り出す俺を見て、彼女は、緑色のつぶらな瞳に優しい光を浮かべて、笑った。


「私もそれと同じよ。ゼイドが好き。だから傷付いてほしくない。笑っていてほしいの」


 抱擁した彼女は、小さくて、でも何よりも温かかった。

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