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台無し

「待て、待ってくれよ、何でここが魔界だって分かった?まさか、前に来たことがあるなんて言わねえよな!?」

「ある訳ないでしょうが。アーシュが魔王の手先か何かとでも言いたいのですか?喧嘩ならゴルドさんに売ってください」

「じゃあ、何で…!」

「転移前に現れたあの娘、魔王に酷似した特徴がありました。おそらくは魔王の血縁でしょう。加えて、以前魔王はゴルドさん達を連れ去りました。前例があるのです、今我々が同じ目に遭っていると推測してもなんらおかしくないでしょう?」


 投げやりにも聞こえるアーシュの説明に、オレットの顔がどんどん青ざめていく。パニックになりかねない彼女をどうにか落ち着けようと、俺はとびっきり明るい声を出した。


「つーことは、俺達で魔王の寝首を搔くのも不可能じゃないかもしれねえってことだな!?やったね皆、英雄になれるよ!さっさと魔王倒して帰ろうぜ!」

「…無理、だよ」


 しかしオレットは俯き、頭を抱えて座り込む。


「透真がいなきゃ、自分は…」

「いい加減にしていただけますか、愚図」


 容赦無く、アーシュは告げた。


「…なっ」

「悲劇の主役ぶっていれば、誰かが助けに来てくれると思いましたか?王子様が白馬に乗ってお姫様である自分を救出し、その後は二人で幸せに暮らしました、そんな子供騙しの妄想を描いていましたか?呆れますね、自らの置かれている状況を理解していないと見える」

「な、何なの!自分はそんなこと思ってない!そんな楽観的な性格なら、あんな学園になんて入らない!魔王を倒そうなんて考えない!」

「ならば、何故諦めているのですか」


 冷酷に睨みつける。オレットも、黄緑色の垂れ目を限界まで吊り上げてすっくと立ち、対峙する。俺は空気と同化する。


「状況が分かっていないのはあなたの方。ここは魔界、助けは来ない。自分達はここで死ぬしかない」

「何故ですか」

「魔物が、あるいは魔王がいるから!装備もない自分達だけじゃ勝てない!」

「オレットさんは魔王が憎くはないのですか?すぐ近くに全ての元凶がいるというのに、仇をとりたいとは思わないのですか?」


 そう続けられた問いに、オレットは目を剥き、怒号を叩きつけた。


「そんなの、思ってるに決まってる…!!魔王は、自分からたくさんのものを奪った!お父様もお母様も、お姉様だって、ライムの家族だって、魔物に殺された!自分を庇って、皆が犠牲になった!」


 悲痛な叫びに、アーシュは目を細め、何か思案するように顎に手を当てる。

 そんなアーシュを睨め付けて、オレットは血を吐くような声で言う。


「あなたに分かるの?目の前で、さっきまで一緒に笑ってた人達が、噛み砕かれて、裂かれて、倒れて、それでも生きろと言われて、傷だらけの皆を見捨てて、見殺しにして逃げた自分の気持ちが、ライムの気持ちが、自分達以外に分かるものか!」

「分かりませんね。アーシュの両親は健在ですし、血縁が魔物に殺された経験もありませんので。ですがそれなら尚更疑問です。何故、彼がいないというだけで諦めるのです?彼にそこまで執着する理由は?」


 それは、メラによる呪いのせいだ。

 だがオレットは、意外な言葉を紡いだ。


「透真は…光みたいなもの。接してるうちに痛いほど感じた。真っ直ぐで、誠実で、優しくて…透真といれば、何でも出来るような気がする。甘えてしまいたくなる。それじゃ駄目だって、分かってるのに」

「…愛しの彼なら、魔王相手でも倒せると?」

「…可能性はある。だけどいない。だから、もう、終わり」


 オレットの言うことは正しい。

 魔王城の中なんて魔物が巡回しているに違いない。もし仮に城を脱出したとしても、周辺にも魔物の群れがうじゃうじゃいる筈だ。前衛として役に立たない俺というお荷物を抱えているし、賢者のアーシュと魔法使いのオレットでは、八方塞がりだ。

 透真君がここにいたら突破出来たかもしれないという意見はちょっと期待し過ぎだとも思うが、オレットは間違ったことは言っていない。


 だが、アーシュは首を振った。


「何においても、生き延びた者が勝者ですよ、オレットさん。絶望して諦めるくらいなら、アーシュは賭けに出ます」

「…そこまでして、生きたいの。魔物に食べられるかもしれないのに。ここに隠れていれば、死ぬまでの時間が少しは伸びるかもしれないのに…どうして」

「そうですねぇ…オレットさんに、夢はありますか?」

「…夢?」


 何故か動揺したように目を見開き、やがて彼女は顔を背けた。


「…あるけど言わない」


 夢か。

 ギャルゲーの各ルートによると、姫達は、それぞれ夢、あるいは課題を持っている。

 青姫(姫さん)の課題は、召喚された勇者を生贄として見ている国との確執。

 黄色姫メイの課題は、平和主義ゆえの、生きにくさ。

 赤姫カーナの課題は、皇帝である父親に認められること。

 白姫スノゥの夢は、姫をやめて自由に生きること。

 黒姫メラの夢は、魔物と人間の共生。

 そして、紫姫オレットの夢は、滅ぼされた故国の、再生。


「アーシュにも夢がありましてねぇ、それを叶えるまでには、死ぬ訳にはいかないのですよ。何が何でも生き延びる。例え…それによって誰かが不幸になっても」


 アーシュの目がこちらを向いた。


 嫌な予感がした。

 咄嗟に後退りしようとして、背中が何かにぶつかる。ガラガラと音を立てて何かが崩れる。絶妙なバランスで積まれていたたくさんの道具に当たったのだ。

 その音に意識が移った一瞬を、アーシュは見逃さなかった。

 唱えられたのは、冷風呪文。凍える風が室内を吹き荒び、オレットが悲鳴を上げるが、すぐに愕然としながら体勢を立て直す。当然だ。風は、全て俺に向けられていたのだから。

 体が凍てつき、手と足の感覚がなくなる。辛うじて動くのは首から上だけだ。


「ど、どういうことだよアーシュ君!やっぱ、俺達の敵、魔王の手下だったってのかい!?」

「とぼけないでいただきたい、言うのは二度目ですよ?」


 その目からは、とっくに信用は失せていた。


「生きるために魔王に尻尾を振る、共感は出来ます。同じ立場ならアーシュもそうしたでしょう。ですが、こうなった以上、貴公を利用させてもらうほかありません。洗いざらい吐いていただきましょうか。魔王の目的、魔王城の構造、魔界の地理、情報は全ていただきます」


 バレていた。

 一体いつから、どの時点で勘づきやがったんだ。


 オレットが目を見開いて口をあんぐりと開けたまま、動かない。よほど衝撃的だったらしい。


 そりゃそうだよな、今まで一緒に過ごしていたクラスメートが魔王の手先だったなんて、すぐには信じられないだろう。あっさり受け入れていたゴルドは狂っていたと改めて思い知らされる。


「…拷問される前に教えて欲しいことがあるんだけど、いいかな、アーシュ君」

「構いませんよ、何でしょうか」

「何で分かったの?」

「ほう…認めるのですね?」

「そりゃ、もう無理だろここから逆転するの」

「そうですか、自白してくれてありがとうございます」

「…は?」


 体だけじゃなく、思考も凍り付いた。


「実を言うと確証はなかったのですよ。貴公が暗躍する敵方なのか、本物の愚者なのか判断しかねていたものですから。前者で安心しました」

「嘘だろお前…」


 開いた口が塞がらないとはこのこと。オレットと同じ顔になるのも仕方ないことだ。


「な、なあ、何で俺を疑ってたんだよ。俺のどこが悪かった?」


 つっかえつつも問いかけると、アーシュは顎に手を当て、しばらく沈黙し、深いため息を吐いた。


「そうですね、もう修復は不可能でしょうし、アーシュも口を割りましょう」


 そうして、アーシュは話し始めた。


「四年ほど前だったでしょうか、ある日、唐突に神託を得たのです。この世界の運命は既に定められていること、しかしながらそれを捻じ曲げ、自分達に都合の良い未来を作ろうと動いている異端者がいることを」


 四年前。俺が、魔王にさらわれてメラの手下になった頃だろうか。


「正直面倒だったのですが、神に逆らって呪われるのも嫌だったので。これから起こり得る運命、その道から外れんとする者を見つけて排除する、もしくは制御し、未来を修復する。それが課せられた役割でした。しかし、魔王と内通し、運命に抗う者を探せと言われても、どうしたらいいものか…取り敢えずは静観することにしたのです。無駄な労力を使いたくもなかったですし」


 随分と正直な奴だな。というかこれきっと長話になるよな、まずい、先に体の限界がきてしまう。


「異世界人が来てからというもの、教えられた運命から大幅に変化が生じました。ゴルドさん達が魔王に連れ去られたり、ゴルドさんは帰ってきたのにメイさんとスカイさんはいないままだったり、まあ色々ありましたが…実はその以前から、本来とは異なる性格の人がいました。それが貴公です」


 嫉妬深いのは同じだろう。だが、正史ギャルゲーにおいて、ゼイドは外見上は、優しげな人間だった。俺のように、道化を演じてはいなかった。


「ですからいつから疑っていたかというと、最初からですね」

「そっか…」


 そんなの、どうしようもない。俺は悪くなかった、神様の協力があるなんて、アーシュがズルなだけだったんだ…と思えば、少しは慰めになった。


「では、今度はこちらから。貴公が所持する情報を全て開示してもらいましょうか」


 よし、終わったか。どうにか意識は保てているぞ。


「喋るので魔法解いてください、寒くて死んでしまいます…」

「はい、どうぞ」


 氷から解放されたと思ったら今度は土砂に埋められた。抜かりねえ…。






「そういう訳で、俺は魔王の娘の手先になりました…」

「使えないですね…魔界の地形は知らなくとも城の構造くらいは把握していて欲しかったものですが」

「すいません…お願いします、助けてくだせえ!俺は姫さんの元に帰りてえんです!姫さんが泣きながら俺の帰還を待ってんだあああ」


 哀れっぽく喚くと、アーシュは、俺がメラと交渉して自分達を学園に帰すことを条件に、土責めをやめてくれた。

 アーシュとやり取りをしている間、オレットは俺を化け物か何かのような目で見てきたが、事情を聞くうちにその目には僅かな同情が浮かぶようになった。彼女の感情がいつもより読み取れるのはおそらく、緊急事態で彼女のポーカーフェイスが崩れているからだろう。とはいっても負の感情を剥き出しにすることはよくあるのだが。


 アーシュとオレットと共に部屋から静かに出て、メラを探しに行く。魔物と出くわしたら、その時はその時だ。


 この先、どうするか、まだ俺の中で答えは出ていない。でもあそこで黙秘していたらアーシュは俺を殺していたかもしれない。仕方なかった、選択肢はなかったと言い聞かせる。


 何も解決していない今、俺が死ぬ訳にはいかない。


 もう少しだったのに。

 もう少しで、勇者が選ばれて魔王に献上され、俺と姫さん、アッズーロ王国の平和は確定していたのに。

 空気を読まないメラのせいで、こんなことに。


 辺りを警戒しながら進みつつ、密かに俺の憎悪は高まっていった。


 どうにか魔物の監視網をかいくぐって、見覚えのある扉の前に着いた。メラの部屋だ。ここでかつて俺は、メラから右手に魔法陣を埋め込まれた。

 いつも通りのアーシュ、緊張した面持ちのオレットを振り返って小さく頷いた後、慎重に扉に手をかける。

 その先に待ち受けていたのは、


「そんな虫のいい話があってたまるか!返せ、あたしの時間、思い出、心、全部返せえっ!!」

「カーナ、世の中にはどうにもならないこともある。まっ、俺も今更かつてのゴルドに戻れるとも思わないし、戻りたいとも思わないしなあ」

「あなた達は、これまで多くの人達を犠牲にしてきたんでしょう?いくら何でも、無責任だ…!」

「トーマの言うとーりッス!そもそも、怪しさ百点満点ッスよ!」

「皆の気持ちも分かる、だが、彼らは変わろうとしているんだ。それを、受け入れてもらえないだろうか」

「すぐにじゃなくていいのよ〜。いきなり切り替えろなんて、難しいもの〜。一旦落ち着いて、ゆっくり話し合いましょう〜」

「…やはり無理があったか」

「でも、でも…ボクらだって、後悔しているんだ!償いたいんだよ、お願いだ…!」


 またしても、修羅場だった。






「貴様の!貴様らのせいで、あたしは!ゴルドは、汚された!それを水に流せなど、どの口で言うんだっ!!」


 肩を怒らせ剣を手に、激怒するカーナ。


「うーわすごい怒ってる。これは大変なことになってきたなあ」


 彼女を見て、他人事のようにヘラヘラしているゴルド。


「人々を苦しめてきたのもだけど、皆に呪いをかけていたっていうのも、酷い。そう簡単には許せません…!」

「よく言ったッス!魔王、オマエはどこまでいってもアクニンなことに変わりはないッスよ!」


 毅然とした態度で抗議する透真君。同調して責め立てるベィビィ。


「無論、彼らはそれなりの対応をすべきだ。しかし、まずは殺意を鎮めてもらわねば、対話など出来やしないだろう」

「お願い、話を聞いてあげて〜。私とスカイが仲介するから、まずは皆、冷静になりましょう〜」


 三人をどうにかなだめようとする、スカイとメイ姫。何の欠損もなく元気そうなのも驚きだが、二人に庇われているのがあいつらであるのが、何より信じられない。


「…我は、戦いを望んでおらぬ」

「ボクだって、ワタシだって、必死で…!でも、過ちに気付いた!せめて説明だけでもさせて…!」


 スカイとメイ姫の傍らで、話が進まなくて嫌気がさしているかのように短く喋る魔王レフコクリソス、懸命に対話しようと努める魔王の娘メラフリノス。


「…転移させたの、俺達だけじゃなかったのかよ…」


 ぽつりと、俺の口からそんな呟きが漏れた。

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