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黒と白金

 赤の瞳で柔らかい視線を送ってくるそいつから逃れようと、俺は顔を逸らし肩に置かれた手を振り払い、自分でもはっきり分かるくらいぶっきらぼうに質問をする。


「で、お前はクラスメート全員にその呪いをかけたってことか?」


 ゴルドは粗暴な扱いを受けても何ら気にせず、首を横に振った。


「いや、全員じゃない。先輩は勿論、シア姫には手を出してないし、異世界の奴等にもやってない。だから、分かりやすく言うと、カーナ、スノゥ、アーシュ、オレット、ライムの五人にかけたんだ。事前にかけたライムと、隙のないアーシュ以外は、訓練の休憩中、何の疑問も持たずに俺の掌に触れてくれたよ。いつもは関わろうとしないオレットも、その時は弱ってたから楽に遂行出来た」

「ライムにかけたのは昼休みか?てか、あのアーシュにどうやって触ったんだよお前」

「アーシュは模擬戦の後に無理矢理握手したのさ」


 そういえばあの時、「気分が悪い」って言ってたな。あれは呪いの影響だったのか。

 ゴルドと戦う前にアーシュに相談を持ちかけていたら、ちゃんと取り合ってくれたのかもしれないな。


「ライムは、どうやら先輩を尾行していたらしくてな。先輩がいなくなった後に教室に来て俺達を目撃し、彩が出て行ったら真っ赤になって怒って乗り込んで来たよ。だから実力行使で手を握った」

「…あ?尾行!?」


 全然気付かなかった。ライムの意外な才能だ。

 いや、感心してる場合じゃない。


「…もしかして今まで俺が覗いてたの、バレてた?」

「アーシュが覗いてたのもな。安心してくれ、彩にはバレてない」

「そっか…」


 俺が未熟なのか、ゴルドが異常なのか。


「つーかよ、お前、彩たんに対するあの顔は何なの?完全に恋に恋する乙女の顔じゃねえか」


 腹いせに「見てる身にもなれよ」と責めると、ゴルドは心外そうに眉を上げ、


「仕方ないだろ、俺は昔のゴルドになりきって、呪いをかけられた側として行動してるんだから。俺が命令されたのは異世界の奴等とお姫様達の親密度を上げることだから、怪しまれる訳にはいかないんだよ。余談だが、あれはメラに指導されてやっと完成した努力の結晶かおなんだぞ」

「お前が施されたって言う教育ってそれ?演技指導かよ。くっだらねえこと教わりやがって」

「何だったら今から先輩相手にあの顔してやろうか」

「気持ち悪いのでやめてください」


 ゴリゴリ系イケメンに優しく見つめられても得るのは気分の悪さだけだ。


「記憶喪失の振りをするのも、メラに言われたことだ。色々と都合がいいらしい」


 記憶があるとしたら周囲への説明が面倒だもんな。魔王の下についたなんて口が裂けても言えないし、魔王の城から一人で脱出したなんて現実味のない嘘も通用しないだろう。


「…そうだ。お前、メイ姫とスカイのことは、何も知らないのか?」


 尋ねると、ゴルドは頷き、


「ああ。一切知らなかった。さらわれたのは俺一人だと思っていたからな。メラも何も言わなかった」

「そうか…」


 無事だろうか。

 頭に浮かんだそれをぶんぶんと振って追い出す。それを考えても何の意味もない。今聞くべきことは。


「これで俺の話は終わりだ。先輩、何か質問はあるか?」

「メラは、お前に何を言った」


 食い気味に聞くと、ゴルドはやる気のなさそうに「全部か?」と問い、「全部だ。思い出せ」と俺に速攻で返され、無気力な声で話し始めた。


「ワタシは魔王の娘、名前はメラ。父親譲りの強大な魔力を持っているから逆らわない方がいい。自分はただ平穏に生きたいだけだ。そのために画策しているが、本当は平和主義者だ、分かって欲しい。こうして話をしているのは他でもない、協力して欲しいからだ。心苦しいが断ればまた幻を見せることになる。もしくは、命を奪うのも厭わない…了承すると、メラは安心したようだったよ」


 そいつの反応なんざどうでもいい。俺が知りたいのは情報だ。要点だけ話せ。

 そう告げると「言ってることが違うじゃないか」などと不満げだったが、すぐに話を再開した。


「魔王は戦闘狂だから、強い勇者を欲している。その勇者の目星は付いている。それは、この学園にいる異世界からやって来た人。そして、その人の想い人。そいつらを鍛えるのはゼイドがやってる。ゼイドは協力者。俺もゼイドに協力すること。俺の役目は、勇者の想い人を作ること。そのための呪いは完成しているのでそれを俺の左手に埋め込む。とりあえず組の全員にかけること。ただしシアは除く。彼女はゼイドの交渉材料」


 姫さんを物扱いかよ。


「帰ったら俺には記憶喪失の振りをしてもらう。そして隙を見計らって呪いを発動させること。後は…演技の指導と、先輩の成り行きかな」

「成り行きだぁ…?」


 あいつ、一体何を吹き込みやがったんだ。


「さっき言った話だよ。先輩がシア姫の代わりにさらわれてーってやつ」

「それだけか」


 睨むと、若干戸惑ったように肯定した。

 そうか。俺が転生者だってことは、言わなかったのか、あいつ。言ってどうなるって話ではあるが。


「それで、呪いをかけた後は?どうしろって?」

「親交を深めさせろ。その後は流れに身を任せろと」


 無責任な奴だ。


「つまり、俺の任務は大体終わった。後は勇者に気を配りつつ、先輩に協力する。だから今日こうして話しにきたのさ。さて先輩、俺は何をすればいい?」

「…別に何もねえよ。おとなしくゴルドを演じてろ」


 にこにこしながらまた肩を抱こうとしてくるゴルドを拒絶し、吐き捨てる。


 情報が手に入り過ぎた。頭の整理をしたい。ついでに心の取捨も。

 ゴルドにはちょっと申し訳ないと思っている。今日でなければ、乱暴な言い方をしたり睨んだりせず、もう少し愛想良く、話を茶化したり笑顔をつくったりして、楽しくお話出来ていただろう。


「そうか。なら、俺は帰るぞ」

「ああ」


 軽く伸びをして、ゴルドは俺に背を向けた。が、何か思い出したらしく振り返る。


「先輩」

「…何だよ、早く行けよ。それともメラに言われたことで何か…」

「先輩は、凄いな」

「…は?」


 何を言われたか理解が及ばずに、俺は動きを止める。

 ゴルドは高潔やら情熱やらが抜け切った顔で、それでも冷たさは感じさせずに微笑んだ。


「あんたはずっと一人で頑張ってきたんだな。お姫様を守るために。偉いよ、先輩は。俺だったら無理だったろう」


 そう、讃えられて、俺は


「―――馬鹿にすんじゃねえよ!!」


 馬鹿みたいに、吠えていた。






 魔王の娘、メラフリノス。

 ギャルゲーにおいて、彼女は、自身のルート以外では、その姿を現さない。何故なら、勇者に魔王が倒された時点で、魔王の支配下から解放された数多の魔物が彼女に牙を剥き、その命を散らすからだ。

 故に、この世界の(・・・・・)彼女は考えた。


 死にたくない、と。


 彼女は知っていたのだ。自身の運命を。前世に、異世界で生きて得た知識が、彼女には備えられていたのだ。

 だから、彼女は自分以外の攻略対象を、物語が始まる前に、殺そうとした。


 まず狙ったのが、青の姫。戦いにしか興味のない父親を説得し、姫の誘拐を目論んだ。

 しかし、城に侵入し、姫の部屋から魔王城に拐ってきた子供をよく見ると、それは姫ではなかった。間違えたのだ。

 だが、その子供は姫の騎士候補だった。この子供を人質にすればいいだろう、と彼女は思った。当時彼女は、かなり投げやりだった。


 そんな彼女に、子供は土下座した。

 自分は、おそらくあなたがそうであるように、転生者である。あなたの役に立てるだろう。だからどうか、姫を殺さないでほしい、と。

 元々前世の常識に縛られ人を殺すことにかなり葛藤していた彼女は、子供の訴えに心を揺さぶられた。


 そして、魔王ちちおやも、魔王の娘(じぶん)も、姫達も、誰も死なない方法を思いついた。






 メラはあの時言った。「キミのお姫様には手を出さない」と。

 俺が従えば、姫を生かしてやると、そう言ったのだ。

 従うほかなかった。これで姫は助かる、と安心すらした。


 けれど、どうして俺だ、とも思った。


 俺でなければ、ゼイドでなければ、もっと上手くやれた筈なのだ。

 騎士の中で一番弱く、愚かで、卑怯で、臆病で、最後には姫を裏切る俺でなければ、メラを懐柔することも出来た筈なのだ。


 例えば、アーシュ。彼は頭の回転が早く、メラを納得させられるような文句を考えついただろう。

 例えば、スカイ。彼は真摯で、誠実だ。落ち着いてメラの話を聞き、彼女に親身になって接しただろう。

 例えば、ライム。彼は自分の姫を深く愛している。そんな彼の愛を見たメラは、良識を取り戻しただろう。

 例えば、ゴルド。彼は主に忠義を尽くしており、真っ直ぐな瞳はメラに正義の心を与えただろう。


 何故、俺だった。

 俺でさえなければ、良かったのに。






「先輩…急にどうしたんだ。そんなに気に食わなかったのか?俺は本当に、先輩は凄いと思って…」


 ゴルドが手を広げ、言い訳をする。

 お前が、それを言うのか。


「何が、凄いだ。何が、偉いだ」


「お前だったら、俺より上手くやれてただろうが!!」

「これでも、必死だったんだ。姫を守るために、そのためだけに動いてきたんだ」

「お前からすれば簡単なことでも!俺以外なら容易いことでも!」

「俺は、努力するしかなかったんだ!」


 何を晒しているんだろうか、俺は。

 みっともない、だけじゃねえか。

 支離滅裂で、滅茶苦茶で、自分でも意味が分からない。

 なのに、止められない。

 ずっと心の奥底に沈めていた激情が、火がついたように暴れまわっている。


「…先輩」


 ゴルドがぬっと腕を伸ばしてきた。

 怒ったか、殴るのか。

 身構えた俺の頭を掴み、ゴルドはそのまま、


 ぐしゃぐしゃと、撫でた。


「いやあ、先輩カッコ悪いな。びっくりした。こうなったら俺があんたの先輩になるしかないな。ほら呼んでみろよ、先輩って」

「はあ?お前頭イカれたの?」

「とっくにな。でも、あんたを放置する程腐ってもない。あんたさあ、カッコ悪いよ」

「んなの、分かって」

「でも、カッコいいよ」


 何矛盾したこと言ってんだこいつは。


「あんた俺達を買い被り過ぎなんだよ。俺があんたの立場だったとして、あのメラ相手に上手くやるなんて出来っこないぞ」

「そんなのやってみなきゃ分かんねえだろうが」

「分かるさ。自分のことだからな。俺だったら絶望して殺されてた」


 ゴルドは自信に満ちて、告げた。


「今のあんたはカッコ悪いけど、お姫様のために奔走してた今までの先輩は、カッコいいんだよ」


 戯言だ。

 こいつには、絶対に分からない。

 こいつに何を叫んでも、意味がない。

 何故って、

 こいつは本来なら、魔王から主を守って死ぬからだ。

 主からも主人公からも、惜しまれながら死ぬからだ。

 強く、正々堂々と、勇気を持って戦って死ぬからだ。


 そんな騎士が、姫を裏切り魔王に取り入ろうとして殺される愚者を評価している。

 滑稽だな。


 すうっと心が冷えて、少し冷静になる。


「あっそう、嬉しいなーありがとうねゴルド君!おかげで自信がついたよ。俺ってばやっぱ才能あったんだな!今後の俺に期待してろよ!ほんじゃ今日のところはこれくらいにしよっか、また明日な」

「そうか。じゃあな、先輩」


 黒の姫の手先?アホか。たとえ心が壊れても、こいつの魂が忠義を尽くす騎士であることに変わりはない。変わりは、ないのだ。


 橙の騎士に背を向ける。

 貼り付けた仮面を保ちながら、俺はその場を離れた。

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