勇者召喚したら二人出てきやがった
「ゼイド!どこにいってたの、もうっ」
「あー、すいませんでした。ちょっとうん...や、何でもねっす。それより早く聖堂に急ぎましょうや。もう勇者召喚されるんだし」
「あ、貴方を待ってたんじゃないの!もうっ...早く行きましょう!」
姫さんは真っ赤になってぷりぷりしながらも、俺の手を取ってずんずんと歩き始める。
姫としてその大股歩きは如何なものかと思うが、まあこの姫さんは普通に想像する姫とはかけ離れてるししょうがない。
これから行われるのは、異世界からの勇者召喚である。
この世界には人間を消し世界征服を目論む魔王が存在しており、魔王が操る魔物によって長いこと人間達は被害を受けてきた。
今日はそれに終止符を打つ者...異世界にいるであろう猛者を召喚する大切な日なのだ。
おかげで姫さんも張り切っていつもはしないケバい化粧なんかもしている。正直似合ってない。童顔のつるぺたが大人っぽく見せるメイクなんざしても意味はない。むしろ逆効果である。
もっとも、大人の女を好む猛者など召喚されないのだが。召喚されるのは中肉中背の男子高校生だ。
何で神でもない俺がそんなこと知ってるのか。
それは、実は俺が、前世にやったゲームと同じこの世界に転生した者だからだ。
何でこれギャルゲーなのに乙女ゲーに出てくる悪役ポジの奴いんだろう。
「騎士の誓い ~勇者と鮮色の姫君~」という名前の健全なギャルゲーを俺が初めてプレイした時の感想である。
何で男の俺が悪役令嬢のことを知ってるのかというと、乙女ゲーやったことあるから。女だって出来心でギャルゲーやってみたりするだろ、そんなもんだ。
このゲームは異世界召喚された平凡な男子高校生が主人公であり、彼が大陸立の学園に編入して各国の姫と出会い、紆余曲折の末、姫と思いを通わせ騎士になり、姫と旅に出て勇者として邪悪な魔王を倒し世界を救う、成長していく成り上がりものだ。騎士なのか勇者なのかはっきりしてほしいものである。
攻略できる姫君は六人。各々が色分けされている。
主人公を召喚した国の青の姫や、その隣国の黄色の姫、帝国の赤の姫に、亡国の紫の姫、宗教国家の巫女で白の姫だったり、魔王の娘の黒の姫の、六人。
ついでにお助けキャラのちっこい猫みたいな精霊がピンクだ。主人公の成長と共にこいつも成長し、最終的にはピンクの狼になる。何で猫が犬科になるんですかねえ。
そんなお姫様だらけの物語の中には、ライバルもいる。
それは姫達の騎士候補であり、色分けされたイケメン共。こいつらで乙女ゲーつくれるんじゃねってくらい個性的な奴等だ。
その中に、ゼイド・ヴェルデという名の緑のイケメンがいる。
彼は、主人公を召喚した国の、青の姫に仕えており、主人公が来なければ姫の騎士として生涯を送る筈だった。
しかし主人公が来たことにより、青の姫ルートでは騎士の座を追われ、主人公を憎むようになる。
このイケメン、外見はマジで優しげなイケメンなのだが、残念ながら性格はイケメンではない。笑顔でネチネチ嫌味言ってきたり、嫉妬深かったり、主人公に対して「やろう、ぶっころしてやる」とか常に考えてたりする残念なイケメンなのだ。
このイケメンは最終的に主人公を殺そうとして返り討ちにされた後、魔王に取り入ろうとしてぶっ殺される。ライバルの中でも屈指に哀れな奴だ。
まあ、そのゼイド君が今の俺なんだけどね。
前世の記憶を取り戻したのは俺ことゼイドが五歳の時。姫さんの騎士候補として抜擢された翌日に、姫さんになよなよしいとぶん殴られ頭を揺らされたら、すぽんっと思い出した。
とはいえ記憶が戻ったからといって、それまでの俺が消える訳でもなくて、俺はゼイドとしての自分と前世の自分が混ざったサラブレッド...間違えた、ハイブリッドイケメンになったのだ。
記憶が戻ったからって生まれついての嫉妬深い性格が改善される訳ではなくて、俺は日常的に劣等感に苛まれる生活を送ってきたため、なるべく人と深く関わらないよう、醜い自分を見せないよう道化る癖がついた。それを知ってんのは姫さんとあと二人の同級生だけだ。
そんな俺は現在、姫さんと一緒に学園に在籍しており、今は勇者召喚のため急遽帰国したところである。まあ学園は春のお休み期間の真っ最中だから支障はないんだけどね。
「漸く来たか、シア、ゼイド。もう準備は整っている。良いな、こう、眉を下げて悲壮感を漂わせ断りづらくするのだぞ。絶対に逃してはならぬからな」
現場に着くと姫さんのお父上、国王陛下が、らしくもなく威厳たっぷりに、急造された豪華な椅子に腰かけていたが、言ってることとか実践してみせる表情とかはいつも通りで安心した。
「はい、お父様。この日の為に私は何度も練習して参りました。男色な方でなければ断るなどという選択肢があろう筈もございません!」
平らな胸を張るケバい娘を陛下は満足そうに見送る。相変わらずの親バカである。
「さて...始めるか」
陛下は真剣に顔つきを改め、大理石ぽい床に描かれた魔法陣をじっと見つめると、控えていた魔法使い達に手をあげて合図した。
魔法使い達は一斉に腕を伸ばし気を高めて魔力を魔法陣に集中させていっている。筈だ。俺は魔力がほとんどなく魔法も使えないので魔力感知とかは出来ないが、場の空気が鋭くなっていくのを僅かに感じ取れた。
隣に佇む姫さんは魔力はあるがその扱いが下手で魔法を使えないため、俺と同じく大人しく儀式を見守っている。
やがて、魔法陣が淡く虹色に輝き始め、どこからか発生した風がその場に吹き荒れる。
濃い青の髪がばっさばっさと乱れるのを必死に押さえている姫さんを何となく眺めていると、唐突に風が止んだ。
息つく暇もなく、魔法陣から強烈な光が迸る。
思わず目を瞑り、しばらくして開くと、そこには人影があった。
「ようこそいらっしゃいました!勇者さ...」
姫さんが美しく声をつくり、一歩進み出て大仰に手を広げるが、尻すぼみになった。
何故なら、
「...えっ、ここは...?」
「うっうわあああうわうわマジでえ!?こんなことってあるんだ生きてて良かった!」
魔法陣の上に立つ異世界人が、二人いたからだ。
一人は当惑した表情の、学ランの少年。きちんと整えられた黒髪に、地味めな顔立ち。どこにでもいそうな男子高校生。正しく俺が思い描いていた通りのギャルゲーの主人公像である。
しかしそこにいるのはそいつだけではない。
もう一人は、興奮してはしゃいでいるブレザーミニスカの少女だ。目が大きく割と可愛い顔をしている。茶髪という程ではないが茶色っぽい長い髪をサイドテールにしている、イケてる女子高校生のようだ。
「あ、ええと...ゼイド!私はあっちを!貴方はそっちを!」
「へいへい、了解」
予想外の事態に混乱しているせいか曖昧な指示を飛ばしてくる姫さんに頷き、俺は女の方に近付いていった。
「どーも、ようこそいらっしゃいました、勇者殿。どうかその力を我々に」
「うっわあゼイドじゃん!マジイケメン!やっぱ二次元ってすっご!!」
俺の話を遮り女は目を輝かせすり寄ってくる。やめろください姫さんからボディタッチは許されてないんです。ていうか俺のこと知ってんのかよ。
「あ、私は安達彩って言うの。よろしくゼイド!」
「さいですか。俺はゼイド・ヴェルデと申します。つきましては勇者殿の力を我々に貸していただきたい。あるんでしょう?魔王を倒す力が」
「え?あ、うん。あるある!ばりばりあるよー!だから私の騎士になってよ!」
無茶ぶりすんなし。
ちらりと姫さんと主人公の方を伺うと、姫さんはお客様用の笑顔で相対しており、主人公は純朴そうな顔を真っ赤にしていた。ケバいのにいいのかい?
「シア・ティアナ・アッズーロでございます。お越しいただきありがとうございます、勇者様」
「あっ、と、空井透真です。あの、ぼ、僕、勇者だなんてとてもとても...」
「ご冗談を!我が国には伝承がありまして、異世界からの訪問者は皆、異形な力で偉業を成し遂げたと伝えられておりますのよ」
あっちもだいぶ無茶ぶりしてんな。
訪問者っていうか無理矢理連れてこられたのに、期待なんてされても困るよな。
しっかし姫さんのことだから、あのくそつまんねえギャグは天然なんだろうな。透真君苦笑いしてんじゃねえか。
「ねーねーゼイド!あの子はどこにいんの?パリス...や、最初はベィビィだっけ」
主人公を助けるピンクの精霊か。
奴は猫形態の時はベィビィという名前で、狼に進化するとパリスと改名するのだ。
だが今はそれに正直に答える訳にもいかない。
「失礼ながら勇者殿。何故我が国の守護精霊をご存じで?」
「え?だってここゲームの中でしょ?私はプレイヤーなんだからそりゃ知ってるよ」
あっさり答えたなこの女。
「げむ?ぷ、ぶれーあ?」
ほら偉そうに傍観してた陛下が困惑してるじゃねえか。
「うん。ここって私が持ってたゲーム、まあ物語?の中なんだから、私が神ってことでいいよね!」
ふ...不遜な女だ...でかい声で...。
「では、あちら様は貴女のご友人か何かで?」
「え?...誰あれ。あんな冴えない奴知らないけど」
「でしたら、何故貴女が神である世界に、貴女の知らない人間がいるのでしょう?」
諭すと、やや間があってから彩ちゃんの顔がみるみる真っ青になった。
「うっそ...てことはここガチ異世界!?私異世界召喚された系!?...マジでえええ!!やったやったすっげー!逆ハー確定じゃん!これで勝つる!」
どうやら結構ポジティブな人らしい。青くなったのは一瞬で、後は万歳してぴょんぴょんと跳び跳ね、サイドテールも踊り狂っている。
「勇者殿、改めてお願い申し上げます」
グダグダで終わらせる訳にはいかないので、俺は彼女の手を取ると跪く。
「どうか、そのお力で世界をお救いください。我らは今、魔王による魔物の侵攻で窮地に陥っているのです。何卒、我らにお力をお貸しください」
「透真様、貴方にもそのお力がある筈なのです。私達と共に、魔王討伐の為、ご尽力を...!」
姫さんも陛下に教えられた通りに眉を下げ、悲痛な面持ちで透真君を見つめた。
「おっけおっけー!私に任せてよ、ここに救世主、爆ッ誕ッ!」
彩ちゃんは楽天的に答えたが、透真君は意を決したように顔を上げ、告げた。
「ごめんなさい!僕には、本当に何の力もないんです。期待させてしまって、ごめんなさい。でも、もしこの世界に来たことで、何らかの力を得ているとしたら...ううん、そんな無責任なことは言えません。何の特別な力もないけど、僕は僕なりに、あなた達の助けになりたい!」
会ってすぐの奴等にそこまで言えるとは、やっぱ主人公ってのは大概お人好しなんだな。
陛下も姫さんも感激したように涙ぐんでいる。
「えー、そんなこと言われたら私も嘘言えないじゃん...。ごめーん、実は私も激強って訳じゃないんだよね。まあこの世界の知識はある程度知ってるから、それが役に立つとは思うけど!」
彩ちゃんも真実を吐露し、てへぺろっと頭をこっつん。非常に他人を苛つかせる態度である。
だが俺はさもそれに感銘を受けたかのように両手を広げ、声を張り上げた。
「流石勇者殿!それでこそ我らが救世主!しかし貴方達の言うことが確かならば、新たな力をつけなければなりますまい。陛下!この方達を、我らと共にかの学園に入れては?」
「うむ、そうしよう」
陛下は俺の申し出を重々しく許可した。打ち合わせ通りだ。
「それでは、今後ともどうぞよろしくお願いしますね、勇者殿?」
「魔王を倒すことは全人類の悲願。それが達成された時、貴方達は栄誉にあずかることでしょう!」
俺と姫さんが言い募ると、異世界人達はちょっと顔を緩めた。
チョロ過ぎて心配になるくらいである。
こうして俺達は、平和への生け贄を得たのだった。