03 加点方式と減点方式
作品を読んで『面白い』と評価するのに、その過程からして違う場合も考えられる。
加点方式・減点方式、という言葉に、聞き覚えあるだろうか?
漠然とならともかく厳密となると、この違いを語るのは難しいのだが……
テストで、算数の『計算式も書きなさい』と指定されている文章問題や、数学の証明問題を、採点するとしよう。
減点方式では、正答どおりに答えないと、配点の点数をもらえない。最終的な答えは合っていても、途中でイージーミスを繰り返していると、ゼロもありえる。
たまに話題になる、かけ算の順序問題は、減点方式の考え方によるものだ。問題文に『ずつ』があるから式は6×8になるから、8×6での計算は答えが同じでも不正解になるなどと。
対して加点方式は、方針から見ていく。計算方法が正しいから半分加点。答えが合っているからもう半分加点。イージーミスがあるなら、満点はあげられないが、理解しているのはわかるから、ゼロになることはない。
この説明ではわからない?
じゃあ、アバウトに、感覚的に言うと。
美人・イケメンのミスを『ドジなところもある』と許せるのが加点方式。
フツー以下な人のミスを『ふざけんじゃねぇぞ』と怒鳴るのが減点方式。
これでご理解いただけるだろうか?
○ ○ ○ ○ ○ ○
おおよそ理解していただいたと思って、小説の評価に話を進めよう。
減点方式寄りで評価する読者は、気になる作品を見つけたら、『人に見せてる作品なら、それなりの出来なんだろう』という認識で、ある程度のレベルであると最初の段階から判断する。そして読み進めながら点数を操作して、最終的な評価を出す。
実際にはそんな簡単な話ではないが、わかりやすく数値化し、最初が100点で、合格ラインが50点だとしよう。
読み進めていると、誤字脱字が頻出する。マイナス5点。
こういう展開になるのか、説明がない。マイナス10点。
このキャラの行動はナシだ。マイナス10点。
この展開は見たことがない。プラス5点。
そんな感じで読み進め、トータルが50点を下回ると、読むのをやめ、お気に入り登録を解除する。
対して加点方式寄りで評価する読者は、合格ラインが曖昧で、最初がゼロ以上になる。
この作者、頑張って書いてる。プラス10点。
テンプレは安心して読める。プラス5点。
ランキング入りおめでとう。プラス10点。
更新停止していたけど復帰。プラス5点。
そんな感じで読み進めていく。お気に入り登録を解除するにしても、『飽きた』などといった、評価=作品の出来ではなくて、読者個人の事情によるものになる。
あくまでも傾向で絶対ではないが、減点方式での評価は、作法や技術論であったりと、やはり参考と比較して判断する。
判断の過程に、ある程度の法則や客観性がある。
対して加点方式は、評価者の感情論によるところが大きい。
『オレがこう思ったから』で主観的に判定をするから、他人には基準が理解ができない場合が多い。
同じ物を評価しているはずなのだが、基準や方法が違うと、全く別の物のように感じてしまう。別次元で物事を見ているのだから、当然といえば当然だ。
ある物をふたりが測定(=評価)するのに、片や長さを測り、片や重さを量っているようなものだと考えれば、理解が早いだろうか?
1メートルと10キログラムは、同じ物を評価したとしても、違う結果だ。
しかし測定方法の違いを理解せず、単位を取っ払って数字だけを見ると、『なんで10なんて数字になる?』『え? たったの1?』と言い合うことになる。ふたりとも正当に評価しているはずなのに、お互いがデタラメな数字を出しているように感じてしまう。
『面白い』の差も、これと似ている気がする。
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蛇足だが、大事なことなので付け加えておく。
加点方式と減点方式について、ネット検索をしてみると、恋愛観や人生観を語るページをよく見つける。
その中で、ネガティブな印象を受ける減点方式よりも、加点方式で物事を見てポジティブになろう、なんて内容が書かれている。
だから、思ってしまう人がいるのだ。
加点方式は優れた判断方法。
減点方式は劣った判断方法、と。
これは断言する。
違うから。
これ読んで『オレは作法とか誤字とかで作品を判断しないから、作者にとっていい読者だ』なんて考えた人、イタい勘違いだから。
加点方式と減点方式に、優劣はない。
メリット・デメリットが逆転しているだけの話だ。
減点方式は、言うなれば粗探しだ。
ここが足りていない。
ここがイマイチ。
ここが好みではない。
厳しく見れば際限のない、理想の押し付けを行ってしまう。
ネガティブで嫌われる評価法であるのは間違いない。
ならば加点方式で良いところ探しすれば、ポジティブで良いことづくめかというと、そんなことはない。
むしろ問題が起こった時、こちらの思考方法はヤバい。
例えば。
知人から儲け話を聞いた。
メリットは大きく、失敗してもデメリットは小さい。
なにより相手は知り合いだ。いい人なのを知っている。
だから金を払った。
が、詐欺だった。
加点方式判断の最たる問題は、こういう部分だ。
ローリスク・ハイリターンなど、多くの人は怪しむはずだが、平和ボケしていると疑いを持たず、『善人の知り合いが薦めてくれたから』などと、根拠のない根拠で信頼してしまう。
危機管理能力が欠落し、問題を問題として認識することができない。簡単に想定外の事態に陥り、対処できなくなる。
南海トラフ地震が予想される昨今、防災意識が高まり、各所で非常時マニュアルや設備などが見直されている。
そういった場合に必要なのは、減点方法の思考回路だ。『これだけ備えていれば大丈夫。これでもダメな災害なんて千年に一度レベルだから来ない』という加点方法ポジティブ・シンキングが、東日本大震災で覆ってしまったのだから。
加点方式も減点方式も、どちらも過ぎれば破滅的な結果になる。
ただ、過ぎた減点方式の判断、『オレの言うとおりにしなければ大変なことになる』と叫んだところで、たった一人が偏屈扱いされて孤立するだけだ。当人は深刻かもしれないが、その他大勢は無視すればいいだけで、対処のしようもある。
対して加点方式はポジティブであるが故に、同調が得られやすく、否定が難しい。ポジティブさを否定するのは、一般論としては『悪』と判断されるのだから。間違った方向に進んでいても、そのまま突き進んでしまいがちで、軌道修正が難しい。
『赤信号、みんなで渡れば怖くない』とばかりに危機に突っ込んで、みんなで轢かれて痛い目見ないと、現状を理解できない。それで取り返しがつくならまだいいが、気づいた時には手遅れの可能性も充分ある。
ビジネス書やエッセイで、加点方式思考が薦められているのは、元より人間、特に日本人は、他人を減点方式で評価しがちだからだ。
他人に対して、過度に期待する傾向がある。
だから思い通りに動いてくれないと、イライラする。
そんなの当人にも周囲にもよくない。
人間関係を円滑にするに、加点方式も取り入れよう。
そうすれば円滑な人間関係が結べて、色々うまくいくはず。
ビジネス書やエッセイの内容は、こう読み取るのが正しい。
『減点方式の否定』ではない。『加点方式に振り切れ』と言っているわけでもない。
書かれている文章で想定している場面が、限定して考えられているため、そう読み取ってしまっても不思議はないが、それは違う。
正しいのは、場面場面で両方を使い分け、メリットのみを活かすこと。
そこを勘違いすれば、『褒めて伸ばす』と『図に乗せる』を勘違いしたモンスターペアレントみたいになるので、気をつけなければならない。