踏切事故
ピピピピピピピ...
「う~ん...え...付き合ってくれるんですか...?...嬉しい...です...よろしくお願い...します...」
ピピピピピピピ...
「ハッ!?」
「えっ、さっきの見覚えのあるようなイケメンな男子は誰!?あの人にランドマークタワーの展望台で告白されるのは夢だったの!?」
夏葉がちらっと大きな音を立てる目覚まし時計を見ると、針は8時45分を指している。
しまった!今日は10時から花月園前駅近くに住む弟とサイクリングする予定だったのに!
「やばいやばいやばい!支度しないと!」
夏葉は急いでクロワッサンを口にくわえながら身支度を整え、折りたたみできる自前のロードバイクを持って出発した。
夏葉の家は海浜急行線の三ツ境駅から歩いて数分のところにある。この駅周辺は標高が高く、毎日通勤するときの坂道は割と脚にこたえる。何とか9時に家を出られたので、10時に花月園前駅に間に合う最終の9時09分発の海浜急行線の各駅停車に滑り込みセーフで乗車できた。
夏葉とその弟の将太は年が8歳離れているが、サイクリングが共通の趣味なのでよく遊びに行っている。
花月園前駅に着いたのは9時52分。ここから自転車で数分で将太の住むアパートに着く。
ピンポーン。「将太~。」
すぐに扉が開いた。
「相変わらずギリギリだねぇ。もっと早く来ようっていう意思は無いの?」
「ごめ~ん、寝坊しちゃってさぁ。」
「まあいいや、じゃあ行こうか。」
今日は多摩川の河川敷までサイクリングする。少し遠いが、サイクリング好きの二人は何とも思わない。将太もロードバイクにまたがり、10時を少し過ぎてから出発した。
さて、最初に待ち受けるのは花月園前駅の踏切である。
カンカンカンカン...
「ヤッベお姉ちゃん急げ!」
「任しとけ!」
私が京里線の踏切を渡り切ったその時、
ガシャン!
大きな音と「イタタタッ」という音が聞こえてきた。
驚いて振り返ると、踏切の真ん中で将太が転んでいる、しかも脚の上にロードバイクが載っていて身動きが取れない状態なのだ。
マズい。助けなきゃ。でも踏切のバーが下がってるし...
バーが決心を鈍らせた。でも夏葉は行った。
ビーーーーーというけたたましい音が鳴る中、夏葉はロードバイクを降りた。
バーをハードル走のように飛び越し、将太のロードバイクを瞬時にどかすと、将太をおんぶして反対側に逃げよう...と思った。
しかしこの作戦は失敗だった。将太をおんぶして、すぐさま駆け出そうとしたとき、足元のレールに足を取られた。将太が私から離れる。私が宙に浮く。
そして、夏葉の記憶はここで途絶えた。
◇◇◇
「ご苦労様です。」
「ご苦労様です。」
形式的な挨拶を済ませ、地下鉄線内を運転してきた乗務員とバトンタッチする。この泉岳寺から、今日は京里久里浜まで運転をこなす。
-今日も無事故を願って。
涼介は泉岳寺の赤穂浪士に祈りをささげ、9時58分に勢いをつけて泉岳寺を出発した。
今日涼介が運転する列車は「ブルースカイトレイン」という特別塗装列車である。三浦の海と羽田空港の空をイメージしたらしい。列車は高速で京里鶴見を通過した。その時である。
急にけたたましい音を立てて保安装置が作動した。とっさに涼介は非常ブレーキをかけた。大きな反動が伝わる。涼介は運転台に頭をぶつけそうになった。意味がないと知りながら、ブレーキ方向にマスコンを押し続ける。
カーブで見えなかった花月園前駅のホームが見えてきた。ホームから人が転落したのだろうか。
違う、そうじゃない。
人と自転車だ。
人と自転車が駅の手前の踏切内で横たわって倒れている。
「頼む、止まってくれ....!」
心の声が漏れる。
その時、大きな反動をもって、列車は止まった。
「止まった...」列車は踏切の手前で止まった。しかし人がまだ横たわっている。車掌に連絡して、涼介は安全を確認して乗務員室を飛び出した。
◇◇◇
気が付くと夏葉は誰かに背負われていた。
「ここはどこ...?」
すると、夏葉を背負っている人が立ち止まって声を出した
「ああ、よかった。お体は大丈夫ですか?」
大丈夫だ、と言おうとしたが、体のそこかしこが痛い。
「ここは花月園前駅です。」
そういわれながら、夏葉は階段らしき場所に降ろされた。人がどいて、風景が見えるようになると、夏葉の記憶が戻ってきた。
そうだ、電車にひかれそうになった将太を助けて、失敗して...その後どうなったんだろう。
「あなたは、誰ですか?そして将太はどこ!?」
「お連れ様でしょうか?彼はそこにいます。」
同じくらいの年齢そうな男の人が指さした先にいたのは、救急隊員に治療を受ける将太の姿だった。
「将太大丈夫!?」
夏葉はすぐに将太のもとへ行こうとした。が、足首を捻挫したのか、激痛で立つことができなかった。
「将太は大丈夫なんですか!?」
「先ほど右足の骨折の可能性が高いと聞きました。一応、命に別状はないそうです。」
ほっと、夏葉から安堵の溜息が出た。
「あっと、私は運転に復帰しなくては。では、私はこれにて失礼いたします。お大事に。」
そう言い残すと、ダッシュで階段を下って行ってしまった。
「あっ、あなたのお名前は?」
そう夏葉が言い切る前に、彼の姿は見えなくなっていた。
すぐに私のもとに駅員さんらしき人が駆け付け、少したって救急隊員も夏葉の救護に当たった。
夏葉が「気を失った」と言うと、救急隊員が「念のため病院で検査をしましょう」といい、ストレッチャーに乗せられて救急搬送された。
救急搬送中、夏葉はずっと背負ってくれた人のことを考えていた。夢に出てきた人とそっくりだったのだ。そして、夢でもそうだったが、あの顔はなぜか見覚えがあった。あったこともないし、名前もわからないのに、なぜなんだろう。
夏葉は病院に着くまでずっと考え続けていた。
◇◇◇
涼介は大慌てで階段を駆け下り、乗務員室に舞い戻った。自転車はどかしておいたので、車掌と指令室に連絡し、すぐに出発した。本当は彼女に付き添っていてあげたかったのだが、仕事中なのでそういうわけにいかない。涼介が運転する列車にはお客さんがたくさん乗り込んでいるのだ。急いでいる人のためにも、涼介はいち早く列車を動かした。
京里川崎から横浜間は京里急行の中で最も速度の出る区間だ。なのでこの区間なら物思いにふけることができる。
今日の乗務でずっと考えていたことは、やはり花月園前の事故の時の女性だ。たぶん涼介と近い年齢なんだろう。そして、誰と具体的にいうことはできないが、誰かに似ている気がしてならなかった。そして何よりも、あの女性は魅力的だった。一目ぼれだろうか...
いけないいけない。いくらブレーキする必要がない区間とはいえ、そんな雑念を考えていてはいつ事故を起こすかわからない。
涼介は改めて運転に集中し、彼女のことは考えないことにした。
さて、今回は長文になってしまいました...
ようやく涼介と夏葉が再会しますが、まだお互いが誰だかわかるのはもうすこし先の予定です。
あと場面ころころ変わって申し訳ないです...