14:ほのぼのペットライフは終わっちゃいましたか?
「お父さん、今、バロンがすっごく不安そうな表情しなかった?」
今のは何だったんだろう?見間違いじゃなかったよね?
先程のバロンの目が、脳裏から離れずお父さんに問いかけます。
「ん?不安そうな表情?」
「うん、なんか、何が自分に起きているのか解らない、何?どうしたの?ってそんな感じだった」
「ふむ、お母さんに聞いてみるか」
お父さんがお母さんへと連絡を入れます。
そしてしばらく会話をした後、無事にバロンたちがあちらに到着した旨を伝えてくれます。
「美雪が何を見たのか残念ながら私には解らないが、まずはあちらに行ってみよう」
「うん」
胸の中に何かザワザワする物を持ちながら、私は急いでログアウトしました。
そして、すぐにPRGへとログインをします。一瞬、1倍速から8倍速への違和感を感じて眩暈のような症状が起こります。でも、目を開ければそこは狭いながらも今後拠点となるホームの中です。
バロンへと意識を向ける前に、いつものようにお腹にドン!っという衝撃を感じます。
「バロン!大丈夫だった?怖い事無かった?」
特にいつもと大きく変わる事無く、私に気が付いたバロンは突進してきました。
その突進して来たバロンを良く見ようと、屈んでバロンの顔を覗き込みます、特に先程気になった眼差しを。でも、そこには先程感じた不安などまったく見当たりません。こっちの気持ちなどそっちのけでクッキーは?クッキー頂戴っと言ってるとしか思えない眼差ししか感じられません。
「バロン?バ、ロ、ン?」
戸惑いながらも問いかける私に、バシッ!バシッ!とお手をするバロン。尻尾もいつものようにブンブン振られています。その事に安心半分、不安半分の気持ちが沸き起こりますが、とにかくまずクッキーを与えました。
「美雪?」
私の挙動に違和感を感じたのかお母さんが心配そうに問いかけてきます。
その問いに曖昧な表情で答えながらバロンの様子を確認していきますが、特に何かが可笑しいといった所はありません。バロンはいつも通りのバロンです。
「お母さん、バロンはこっちに来た時どうだった?不安そうだった?」
「え?そうねぇ、特に不安そうな所は無かったわよ?お母さんを確認したら喜んで飛び掛って来たし」
「そっか・・・」
「何かあったの?」
私の様子が明らかに可笑しいのは解るようです。その為、わたしは先ほど動物ライフで見た事、感じた事を一つずつ説明しました。
「そう、そんな事が有ったのね」
一通り話を聞いた後、溜息交じりにお母さんは言います。私は床に座り込んでいて、膝の上でゴレ~~ンとしているバロンの両前足の間にブラッシングしています。
「どう思う?」
一通り話した後、私は思わずお母さんに問いかけました。不安が混じった声だったと思う。今も見間違えたのか、自分の不安がそういった風にバロンの表情を歪んで捉えたのかとも思う。それでも、もしかしたら?という思いが付いて離れないのです。
「そうねぇ、でも、もしかしたらそうだったのかもしれないわね」
「え?」
どちらかと言えば否定して欲しかった。それなのに、お母さんはあっさりと私が見た物を肯定します。
「だって、バロンにとって移行は初めての事でしょ?それだったら不安に思うんじゃないかしら?私達は何が起こるか、何がどうなるか理解しているけど、バロンはそうじゃないんだもの」
「え?」
そんなこと考えもしませんでした。でも、そう言われるとそんな気がします。
「そうねぇ、運送用のゲージに一匹だけ入れられて運送されたらすっごい不安になるんじゃないかな?ある意味それと同じことだったのかも?」
「そうなのかな?」
気持ちは、お母さんの意見に縋る様な、そうで有って欲しい、そんな思いです。
「さぁ?でも冷たい言い方かもしれないけど、転移の感覚は結局バロンにしか解らないし、ましてやその時の気持ちなんてね」
そう話すお母さんの声は、いつものちょっと明るく落ち着いた声です。
でもその声の御蔭で、自分が冷静でなかったんだという事が漸くわかりました。
「そっか、そうだよね」
「ええ、お試しの時は別に動物ライフの方から移動した訳じゃないもの。で、こっちへ来て私や美雪を見て安心したんでしょうね。でも、まだちょっと不安があるから今こんなに甘えてるんじゃないかしら?」
自分の名前が頻繁に会話に出ている為、自分の事を話していると解るバロンが、なに?私の事?といった様子で目をギョロギョロさせています。でも、その眼差しにはもう先程の様な不安や怯えは感じられません。
ブラッシングされてご機嫌!甘えられてご機嫌!自分の名前が度々出るのでこれまたご機嫌!
私の目の前にいるのは、すっごいご機嫌で甘えん坊のバロンです。
「ね?」
お母さんもそんなバロンを見て微笑みます。
でも、きっと私が持つ不安、あっちの、動物ライフのバロンは実は消えちゃったんじゃないかっていう事を怯えているのは解っているんだと思います。そして、その結論は唯のユーザーである私達には判断する術が一切ない事もです。
「うん、これ以上考えていたって、悩んだって、意味が無いよね!こっからはバロンとこちらでどう暮らすかを考えるようにする」
私の言葉にお母さんはにっこり笑った。そして、奥で他のオールド達の相手をしながらも心配そうにこっちを見ていたお父さんも、ほっとした表情を浮かべているのが見えた。
「よし、バロンお散歩いこうか」
「ヴォフ!」
気分を一新させる為にも、ここはバロンとお散歩に出かけよう。そう思った時、大変な事に気が付きました。
「お父さん!今後の散歩ってバロン含めて4頭のお散歩になるのよね?それって一人では絶対無理だよ?」
「む?そうか?」
「甘いです!極甘です!この子犬達も一年もすれば大人と同じくらいの大きさになるよ?ましてや、暴れ盛りだよ?」
私の言葉にお父さんは、本当に今思い当たったのでしょう、唖然呆然としています。
そして、自分の周りをちょこちょこ走っている子犬2匹と、バロンとお嫁さんを見ます。
そして、しばらく考えた後、どうやら考えるのを辞めた様です。ほんっとうに清々しい笑顔で言い切ります。
「何とかなるさ!」
「え~~~~~、一番お散歩とかで貢献していないお父さんがそれを言う?」
わたしの抗議の声を聞きつけて、お母さんは笑いながら此方へ来ました。
「さぁ、移転初日なのですから、まずは3人でお散歩に行きましょう。バロンはそこそこレベルが高いから問題はないですけど、他の子はまだレベルが低いのですから、ね、美雪」
4匹のオールドにそれぞれ首輪とリードを付けながら、誰がどの犬を担当するかを放し始めました。
そして、本当に今更な事ですが3匹の名前が解らない事に気が付きます。
「お父さん、この子達の名前ってなに?」
「ん?ああ、4歳の子はプリンだ」
「ほむ、他の2匹は?」
「名前はまだない」
「ほえ?」
「元から引き取り手を探すつもりだったから名前は付けてなかったらしい。名前は購入した飼い主が決める物だからな」
元々の飼い主さんは動物ライフでブリーダーをしていた方です。ですから、それはそれで当たり前の事なんでしょう。ただ、動物ライフでブリーダーをしている人は変わり者が多いですけどね。
だって、ゲーム内コインで犬を購入する事が出来るのですから。
「う~ん、それなら名前は後でじっくり家族会議するとして、まずはこの地でのお散歩ですね」
「そうだな、あっさり死亡などしてしまったら洒落にならないからな」
「そうね、お父さんとバロンが先頭でお散歩するのが良いのかしらね?」
お母さんの指示であっさりお散歩の隊形が決まりました。お父さんとバロン、お母さんとプリン、そして私と子犬達の順番です。
さあ家族みんなでお出かけです。楽しい楽しいお散歩なのです。
以前に決めた比較的安全で、遊べそうな街の西にある草原へと出発です!
決して望んでいた状況ではないけど、それでもきっと私が、バロンと、いえバロン達と別れる事が無い限り動物ライフは続くんですから。
「美雪、その、なんというか自分に浸っている所悪いのだが、そのままだと死ぬぞ?」
「ほえ?」
お父さんが指さす方向を見ると、2m近い体躯の真っ黒な猪?がこっちへと突進して来ていました。
なぜ、なぜ前衛であるお父さん達をスルーして私の前に?!
猪に吹っ飛ばされるそんな私を無視して、のんびり会話するお父さんとお母さんの声が聞こえました。
「あの子を見てるとほのぼのするわね」
「ん?そうか?わたしはお母さんを見ている時の方が、まぁ、そのなんだ」
「あらまぁ、お父さんったら」
「ヴォン!」
あ、駄目です、目の前が色んな意味で真っ暗になりました。