13:動物ライフで過ごす最後の日
気が付けば、もう今日は12月31日大晦日です。
動物ライフの運営終了日、改めて思うのですけど31日11時59分にサーバーが停止となるそうです。
アナザー社員の人は、年末年始返上ですね、家庭そっちのけ、お節料理なんですかそれ?状態なのですね。
絶対就職したくないです、心のノートに赤ペン太字でメモしときましょう。
ともかく、大晦日です。本来は大掃除して、御節や年越しそばの材料を買いに行ってとドタバタドタバタしている日ですが、今日はそんな事一切せずに家族みんなで動物ライフにINします。
すでに、RPGへの正式移行も始まってて移行しちゃった人も多数いるみたいなのですが、我が家では一応今日の6時ごろから移行予定です。
今の所、移行に際しての不具合報告は殆どないのでその点は安心出来るのです。
前回の試行期間での意見を反映してなのでしょうか、それとも元々の予定だったのでしょうか、移行をするとこっちのペットも居なくなる様になったそうです。
それ以外にも、ペットの餌、お菓子、ペット用のアクセサリーなどは持って行けるようになりました。
もっとも、移行できるデーター容量が規定されているので、その範囲内でとの事でしたけど。
「もう今日で最後なんだね」
部屋を見渡して、思わず呟いてしまいました。
バロンは大好きなお母さんにブラッシングして貰っています。お腹をで~~んと曝け出してますよ!もう威厳も何もあった物じゃないですね!
「そうねぇ、気が付けば早いものね時間が過ぎるのって」
「うん」
仰向けになっているバロンの頭をちょんちょん突っついて、バロンがガウ、ガウってするのを楽しみながらお母さんと会話を続けます。
「それにしても、お父さんもねぇ」
今この場にいないお父さんが何をしているかというと、バロンのお嫁さんを買いに行ってるのです。
え?この最終日に何をしてるのかっですか?そうですよね、昨日夜にみんなで会話をしてた流れでなんですけど、あちらの世界で今後オールドを購入する事が出来るの?っという話になりまして。
「でも、まだペットショップがやってる事自体が驚きだよね」
「そうねぇ、でも一応保護犬の中にオールドの女の子がいないかも確認してくるって言ってたし、ちょっと時間がかかるかな?」
保護犬っていうのは、今回の移行に際して引退を決定した飼い主さんのペットの事です。ただ、明確に引退を決定された飼い主さんは極一部の為、保護犬になるかの判断が非常に難しいのです。
「バロン、可愛いお嫁さんがいるといいね~」
ツンツンと突っつきながらバロンを揄います。でも、バロンはこちらの会話の意味は勿論解っていないし、だんだんツンツンガウガウしている内に興奮してきて今や目が血走ってますよ?
「ガゥゥ!」
遂には起き上がって私の指先を齧ろうとします。もっとも、容易く齧られる私ではありません!
お尻をツンツンすると、ガウガウ言って後ろへドテドテ回るので、また次にお尻をツンツン、ドテドテ、時々頭の後ろをツンツン。
「ウヴォン!」
「うわ!バロン、それは反則~~~!」
諸悪の根源は私だと認識したバロンは、膝立ちしてツンツンしてた私に思いっきり飛び掛って来た。で、私がその力に適うはずも無く、ひっくり返って顔中ベロベロの刑に!
「うきゃ~~降参!降参だよ!」
「ヴォン!」
ワフワフ大喜びのバロンの首にしがみ付いてベロベロ攻撃を回避!そのまま片手でバロンの前足を引掛けてゴロンっとして、今度はこちらの反撃です!お腹もしゃもしゃの刑です!
「うりゃ~~~、うりゃうりゃ~~~」
思わず声に出してしまうくらいもしゃもしゃしてやります。
バロンは相も変わらず目をギョロギョロさせてこちらを見ます。うん、反撃の機会を狙ってますね。
とりあえず、両足が揃って寝転がっている段階での反撃は不可能なので、今のうちにワシャワシャし、隙を見てバロンから逃走を図るのです!
「ヴォン!ヴォンヴォン!」
此方が走り出した段階で、跳ね起きたバロンが私の追跡に入り駆けっこが始まります。
庭のドッグランを利用しての持久力勝負!現実では無いVRだからこそ出来る事ですよね。現実であればとっくに息切れして大の字で倒れていると断言ができますよ?
「うわ~~、バロン~~もう10歳になるのに~~元気、だよね~~~」
「ヴォン!」
ドテドテ走る姿が相変わらず可愛いのです!この、犬が走っているとはとても思えない、なんというかモコモコドテドテとしか言いようのないフォルム!
走っている姿を見るだけでも癒されるのはオールドだけです!(親馬鹿全開)
そんな感じでとても最終日とは思えない日常的な遊び全開でバロンと遊んでいると、お父さんが家では無く直接庭に帰って来ました。
「帰ったぞ~~」
お父さんの声と、大型犬特有のちょっと低めの鳴き声が複数・・・え?複数?
鳴き声の本を辿ると・・・おおう、オールドが3匹も!何事なのでしょう!
もっとも、おっきいの一匹、小さいのが2匹ですが。
「ほれ、遊んでおいで」
お父さんがそう言いながら、庭にオールドを解き放ちます。バロンも、新しいお仲間に気が付いたのか、ドテドテと近寄って行きます。そして、お犬様恒例の匂いかぎ?です。
皆が相手のお尻の匂いをくるくる回りながらクンクンします。すっごいほのぼの風景ですね。
「うわ~~、子犬のオールドすっごい可愛い!でもなんで3匹も?どういう事?」
「ああ、何でも動物ライフでオールドの番を飼ってた人がいるんだが、あっちで多頭飼いが厳しいって言っててな、それでうちで引き取った。大きいのが4歳雌、小さいのが2匹とも生後2か月の雌だ」
「ま、まさかみんなバロンのお嫁さん?」
「うむ」
「が~~ん!なんというハーレム!バロンは一気に勝ち組野郎になるのですね!」
驚きの眼差しをバロンに注いでしまいます。心成しかバロンが輝いて見えます!キラキラ王子様・・・にしては年取ってる?10歳の犬って結構お年寄りだったような?
「ハッ!こ、この美少女達がおっさんの毒牙に!」
「いや、お前自分が何を言ってるか解って言ってるか?それと言動が何か変だぞ?」
ジト目とはこういう目を言うのでしょう。でも何でしょうか?なぜ私がお父さんにこんな眼差しで見られなければいけないのでしょう?
そんな私達を他所に、バロンたちは庭で一緒に遊び始めます。頭をブンブン振って、おっきなモコモコの足でお互いにジャレついてます。小さい子はキャンキャンその周りで構って!わたしも構ってと飛び回ってます。
「なんでしょう、ここは天国ですか?」
「いや、娘の頭が天国と言うか、心配になるのだが」
横で何かノイズが聞こえますが無視です。今はスクリーンショットを撮るのに全力を注ぐのです。
庭に転がって、必死にスクリーンショットを撮る私を他所に、お母さんもこちらへとやって来ます。
「あら~~素敵な光景ねぇ」
「おう、帰った」
お母さんもこの魅惑の光景に心が奪われたようで、お父さんへの返事もそこそこに子犬達を構い始めました。
「子犬はやっぱり可愛いわね~ほんとコロコロでヌイグルミみたい」
「だよね!だよね!」
もう今日が最終日だ何だといった気持ちが吹っ飛んでいます。
オールドの子犬をコロコロさせていると、突然目の前におっきな黒いお鼻が!それにも構わず子犬をコロコロモフモフ、その撫でている手の下におっきなバロンの頭が強引に割り込んできます。
「ヴォフ!」
「うにょ?バロンさん、もしや嫉妬でしょうか?」
「ヴォッフ」
構っていた子犬から、今度はバロンの頭をワシャワシャに変更です。
「うりゃ!うりゃうりゃ」
構って構ってと頭を擦り付けてくるバロンを、さらにワシャワシャ撫でまわします。
ただ、バロンの視線は子犬に注がれ、お母さんが子犬を撫で始めると、今度はお母さんの方に!
「バロンがここまで焼餅焼きとは知らなかった」
「そうだなぁ、ただ、お父さんの所にはなぜ来ない?」
先程からお父さんは子犬と、4歳のオールドを構っていたのです。でも、バロンはそちらには全然反応を示さないのです。
「えっと・・・がんば!」
「何に!」
よく解らない会話をしながらも、若干落ち込みながらお父さんはオールドたちをブラッシングするのです。
ただ、そうこうする内にも時間は刻々と流れて、間もなく予定としていた18時を迎えようとしていました。
「さて、それでは前と同じように、お母さんに先に行っていて貰おう」
「うん」
「あら、それでは先に行ってるわね」
お母さんは、あっさり未練の欠片も無く、ログアウトしていきました。
この潔さは見習いたいものです。
「あっさりお母さん行っちゃったね」
「うむ、そうだなぁ」
未だに動物ライフへの未練を残している私とお父さんは、ちょっとですがお母さん薄情?などと思ったりしたのです。まぁ昔からお母さんは気持ちや思考の切り替えが早かったのですが。
「バロン~~おいで~~~」
4匹で一緒に団子になってゴロ~~ンとしていたバロンに声を掛けます。そして、なぜかドタドタバタバタコロコロやってくる4匹を見ながら、こちらでの最後の御挨拶です。
「あっちの世界に行っても頑張ろうね」
そう言ってから何を頑張るのか、自分で言ってて何かおかしい気がします。
「まぁ、お別れするわけじゃないしな」
「そうだよね、まだまだいっぱい遊ぼうね!」
改めてバロンの頭を撫でて、バロンの前髪を掻き分け顔を覗き込みます。
「バロン・・・・」
なぜでしょうか又涙が溢れ始めます。お別れじゃないのに、お別れみたいな気がするのです。
「美雪、お母さんがあっちに着いたみたいだし、送るぞ」
「うん」
お父さんが、画面操作をすると、目の前にいたバロンたちが一斉に消えてしまいました。
でも、消える瞬間、本当に消える瞬間に、バロンが、いえ、バロンの目が
なに?何が起きてるの?どうしたの?
そんな風に怯えたような、そんな眼差し・・・だったよね?