悪徳なる意思
時が流れて村を出ていくところから始まります。
あれから、9年。【僕】は【俺】という擬態をしてこの村で暮らした。
ステータスが変わり、僕は世界の敵と認識された。
夜は毎日、魔物を殺し、レベルやステータス、スキルを上げることに集中し、昼は文明が発達しない程度の知識を村に使うことばかりしてきた。
しかしそれも今日までだ。
12歳という若さではあるが僕は迷宮都市【アーバンティア】で冒険者をすることにしたのだ。
擬態は完璧な【俺】を演出し、母親すら騙してみせた。
しかし、同時に【僕】は、母親を嘲りの眼で見たいたのを知っていただろうか?
【僕】を【俺】と勘違いし、今もなお、【俺】と勘違いをして嘲りの眼で見ているのにも気づかず、笑顔で【僕】を送り出している母親を憐れに思って、滑稽だと嘲って。
【俺】は【僕】を許さないだろうが【僕】は善人ではない、【悪徳なる意思】なのだから。
村の人々も、【僕】じゃない【俺】を見ていたのだから笑える話だ。
そして3週間という旅路を経て、僕は迷宮都市【アーバンティア】にやってこれた。
ここでは実力主義の冒険者として生きていくのだからなんだか少し感慨深いものがある。
しかし、ここで立ち止まってはいられないと門で検問ののち悪臭漂う街へと一歩踏み入れた。
悪臭漂うのは当然かもしれない、この時代の文明は中世レベルのようで便などは全て外に投げ捨てているのだから。
悪臭なのでできるだけ冒険者ギルドに急ぐ。
村で慣れていたとはいえ、ここはここでとても臭いし、臭いものは臭いのだ。
スラムの孤児に銅貨を数枚与え、冒険者ギルドへの道を聞きだしたし早速行きますか。
冒険者ギルドは剣と盾という非情にシンプルな看板で一応外観は綺麗に見える。
中に入ると、むさくるしいおっさんばかりというイメージもなく普通の体型の人も多く見られた。
流石に子供……僕見たいなのはいないがこちらを子供とは侮らずに値踏みするような眼で見ているのが好印象である。
それに冒険者ギルドの中は外観と同じく綺麗で、整理されていた。
今も受付のところには複数人の冒険者たちが並び、その受付の後ろではみんな慌ただしそうに働いている。
そのうち新規登録者の受付の場所は空いていた、まぁ、そう頻繁に冒険者になる人がいるとは思わないけれど今日は僕がいる。
すぐさま新規登録者の受付へと行き、猫耳の獣人お姉さんに話しかける。
「すいません」
「んニャ? 冒険者の新規登録受付だけど今日はどんなご用でしょうかニャ?」
語尾やら、新規登録受付以外に何かあるのかと言いたくなるがひとまず抑えて、冒険者になりに来たことを伝えると、愛想笑いだろうがナルシスト野郎がいたら『この人俺が好きなんじゃないだろうか』とも思える笑みで僕の登録を受け付けてくれた。
冒険者ギルドとしてイメージしてあったステータスの開示はしないようだ、ただカードは紛失したらまずは連絡を入れて、再発行してもらうことになるし、金も時間もかかるので紛失はしないように努力しなさいと言われた。
あとは、ランクがF~SSの8段階あることや、迷宮にはFランクからでも入れるがFランクから数えて現段階のランク×10階層が大体の目安となっているのだが別に自己責任で上の階層に行くのは構わないそうだ。
そこまで教えてもらってから獣人のお姉さん――ヘティスラさんはギルドの商売を始めた。
各階層の地図や魔物の攻略本、さらには薬屋で売っていると思っていたポーションや各種必須道具などを彼女はここでそろえて見せた。
そしてその饒舌で人を引き込ませる話術で僕はまんまと嵌ってしまい初心者セットを買ってしまい、さらに初心者で僕の背丈にあったナイフをサービスでつけてくれた。
どこのやり手のセールス会社だと思わせるほど鮮やかな手並みだった。
そこで僕はステータスを開いた。
よくもまぁ、ここまで上げられたものだと自分自身に感心する。
名前:エディ
年齢:12歳
class:冒険者Lv.1NEW!! 英雄Lv.5(勇者のクラスアップ先)【村民Lv.Max 勇者Lv.Max】
HP:235/235
MP:350/350
STR:320
VIT:320
DEX:325
AGI:320
LUK:395
ユニークスキル:【遊戯設定】【魔の萌芽】NEW!!【魔天法則】NEW!!【アイテムボックス】NEW!!
スキル:【SP増加】【鑑定】【精神耐性】【合成】NEW!!【暗殺者】NEW!!【棒術】NEW!!【短剣術】NEW!!【剣術】NEW!!【鋼糸術】NEW!!【暗器術】NEW!!【投擲】NEW!!【体術】NEW!!【槍術】NEW!!【投槍術】NEW!!【身体強化】NEW!!【立体機動】NEW!!【浸透頸】NEW!!
SP:475.5
称号:【世界の敵・悪徳なる意思】
スキルも充実している。
魔法関係は【合成】により【魔天法則】に統合され、【気配察知】、【隠行】、【隠蔽】は【暗殺者】に統合された。
【アイテムボックス】やその他のスキルは新たに手に入れたものだ。
このステータスはこのギルドにいるほとんどの者には勝てる数値だ。
ほとんどの、とついたのは一部は勝てないとわかっているからでもある。
多分なりふり構っていられなくなった場合にはすべてのスキルを使えば勝てるだろうが、手札は極力さらしたくないものだ。
そんなことを考えながら僕は迷宮都市の所以たる迷宮へと向かう前に武器屋に寄った。
武器屋の受付にいるのは無表情でこちらを見るドワーフのおじさんだった。
「槍がほしいんだけれど」
「……そこにある」
ドワーフのおじさんは短く言うと槍のある場所を指さした。
槍を何点か【鑑定】で見たところ、どれも結構な高品質だった。
何の装飾もないところがまた無骨ではあるが僕好みだと思える。
その中で少し高い、品質のいいものを買うことを告げるとドワーフのおじさんは少し笑ったような気がした。
武器屋から出ると、お金が心もとないのを確認して迷宮へと向かうため歩いていく。
やはり迷宮で日銭を稼ぐ人が多いのか僕以外にもそれなりの冒険者が迷宮のある建物に入ったり、出たりしている。
嬉しそうな顔をしている者もいれば失意のどん底にいるような顔をしている人もいる。
そこで目を迷宮へと移す。
迷宮は都市の中心地にあり、出入りするには冒険者ギルドのカードが必要となる。
迷宮自体は大きな建物の中にあるそれまた巨大な石に触れると迷宮に入ることができる。
迷宮の魔物はドロップという死体を解体せずに手に入るアイテムが通常だそうだ。
その中にはレアドロップもあるし、下層に下りれば下りるほどドロップするアイテムは強力になるしレアドロップの中には恩寵アイテムという神に祝福されたアイテムもある。
恩寵アイテムはそのどれもが既存のアイテムの効果を凌駕していることで有名だし、有名な冒険者のすべてとは言わないでもそれを手に入れて有名になった冒険者は多いと聞く。
自分に使うのもいいし、売って金にするのも自由だ。
そんなことを頭で反芻しているうちに迷宮への入り口たる建物へとたどり着いた。
中には換金所があり、迷宮特有のクエストもここに依頼板がある。
依頼版を一通り見て、全てが常時依頼になっていることを見て、これなら持っていく必要はないだろうと認識して僕は中央にある大きな石に触れた。
視界がねじれていく、空間というより己の視界が異常になっているような感じだが気持ち悪くはない。
そして視界のねじれが収まったらそこはもう迷宮の中だった。
第一階層の地図を見て、それなりに整理されている迷宮だった。
これが下層ともなるとねじれて地図がなければどこにいるのかが分からない状態となるだろうが、今のこの一階層に関してはほとんどが一本道なのだそうだ。
そして迷宮のすごいところがここからだ。
第一階層から第十階層までは一本道であり、誰もいないフロアとなる。
つまり迷宮はそれすらいくつと考えるのも億劫になるくらいに第一階層~第十階層が存在しているのだ。
ギルドの見解では魔力の少ないうちは育てて、十層以降の階層で冒険者同士の仲間割れを誘発する。それは迷宮が成長するための捕食行動の一種とされている。
それを聞いた僕はあながちあの噂が嘘ではないのではないかと思った。
その噂とは最下層の迷宮ボスを倒すと願い事が叶うという噂だ。
この噂も危険な冒険者になるための餌かもしれないが……魔力を集めていると考えれば噂の信憑性は少しだけ高まるのだ。
それだけ魔力とは便利な代物で、集めに集めたら願い事をかなえることすらできると僕自身わかっているのだから。
しかし、そんな考えは今、このとき考えても無駄だろうと考えて僕は歩み始める。
ある程度【暗殺者】のスキルで気配を消しながら相手の気配を察知すると曲がり角で一匹が息を殺して人間が通るのを待っている個体がいる。
おかしい……、第一階層は知能の低いゴブリンが相手だったと思うのだが……。
そんなことを考えながら気配を消しながら【鑑定】をしてみるとそこには、
名前:エンハリヤル
種族:ゴブリン種
クラス:ゴブリンシーフ
となっていた。
おかしい名前付きは第一階層にはいないはずだ、さらに第三十層近くに出るゴブリン上位種が出ているのもおかしい。
『オイデクダサイマシタカ、アンラ・マンユ様』
ゴブリンシーフ、エンハリヤルが僕に向かって頭を垂れていた。
「……どういうことだ?」
なぜ、ゴブリンシーフが僕に頭を下げているのだ?
それになぜ僕が【悪徳なる意思】と知っている?
『アンラ・マンユ様ハ世界ヲ救ウタメニ殺ス、我等ガ仮ノ主ゴブリンキング様ヨリソウ聞イテオリマス。ソシテ同時ニ我等ハ、アンラ・マンユ様ノ駒デゴザイマス。イカヨウニモゴ命令クダサイ』
「どうして僕が【悪徳なる意思】だとわかった?」
『我等魔物ハ、アンラ・マンユ様ヲ見タダケデ本能ニヨリワカリマス』
「ふむ……お前たちゴブリン種以外も我が駒となるのか? ダンジョンは僕の傘下となるのか?」
『イエ、今ハ我等ダケデゴザイマス。アンラ・マンユ様ガ【魔大樹】ヲ手ニ入レルホド強クナラレタ時、ソレコソ我等魔物ハアナタ様ニ絶対服従ヲ誓ウデショウ』
「ということはゴブリン種もまだ絶対服従ではないと?」
『ハイ、我等ノ真ノ主トナラレルノナラバ我等ノ仮ノ主ニ勝ツ必要ガゴザイマス』
「そうか、ならば案内しろ。そのゴブリンキングとやらの下にな」
「ハハァッ! 仰セノママニ!!」
途中ゴブリンたちと遭遇したりしたがこの目の前のゴブリンよりも知能はないようだが、知性はあるらしく、僕に襲い掛かることもせずにただ伏して僕が通りすぎるのを待っているだけだった。
そしてたどり着いた荘厳な扉の前、僕はその扉に手を当て一気に押し開いた。
そこには豪奢な椅子に座り偉そうにしている一際目立つゴブリンがいた。
『ヨク来タ、アンラ・マンユ殿。我ハコノ時ヲ待チワビテ幾星霜ノ時ガ流レタ。我ハココデアナタニ全テヲ伝エルノガ役目。オ互イ、モウ言葉ハ不要デアロウ?』
そう言って立ち上がるゴブリンキング。
背丈は3mにもおよびその両手には大きなバスターソードを持っている。
そしてゴブリンキングは構えた。
僕は一度深呼吸してから胸にこみ上げてくる燃えるような気持ち、それでいて冷めているような穏やかな炎が燃え出したのがわかった。
なぜかここでこいつを殺したら僕は前へと進める気がした。
【悪徳なる意思】になってから停滞していた僕の存在が。
【俺】という一欠けらの魂が起こす不調という名のERRORを治せる気がした。
だから構えた。
だから殺す。
目の前の存在を救うために殺す。
意識を、変えた。
僕の顔から表情が抜け落ちていく。
しかし、少しだけ笑みを浮かべていた。
それは暖かい笑みではなく、見る者すべてがぞっとするような冷酷な笑みだった。
「くひっ」
冷酷な笑みからこぼれる奇怪とも言える声。
「くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
それは今から行われる救出劇、もとい、虐殺劇を演出するのにはとても効果的だっただろう。
僕は無造作に歩を進めた。
ゴブリンキングも走ってくる。
広い部屋と言えど、その場は10m程度の差。
その差はすぐに狭まった。
そして奏でられる剣戟の音が開始の合図として鳴った。
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