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闇の城へ

扉を通った青年が着いた場所は立派な壁が左右にそびえている城内の中。

 ここが魔王ブラムの城。夕方から朝方までの時間。つまり夜の間にしか姿を現さない『闇の城』だった。


 青年は思い出す。忠実に物語の中に入ったならここは『闇の城の一階』


 それはこの階にいるであろうこの『宝箱設置隊』の主人公である『カリン・エルヴァート』がどこかにいるということ。


 青年は辺りを見渡す。


 しかし、青年の周りは静かで、誰かいる気配はない。


 青年の顔に焦りが見て取れる。なぜならば、この広い城でひとりの少女を探さなくてはならなくてはいけなくなったためだ。


「誰だ!?」

 青年は一歩踏みだそうとしたときに、曲がり角を曲がってきた見回り役の猪の風貌を持つモンスター『オーク』に見つかり、青年はとっさに腰の『光の剣』を抜く。


「お前もあいつらの仲間か!」

 大きく肉の付いた体を揺らし、オークは青年に向かい、槍を向ける。体格の割に素早く、オークは青年との間合いを詰める。


 青年は刃のない剣をオークに向け……


 そして、光が発動して剣になった。


「おらぁ!」

 向かってきたオークの突きをかわし、光の剣を下から上へと振り切る。


「う゛ぁぐぎゅりぁあぁぁぁ〜」

 オークは青年には理解できない断末魔あげ、オークは光の粒になって絶命した。


「……!」

 そのオークの断末魔を聞いた他のモンスター達が多数青年の元へと集まりだした。


 青年はこれではラチが開かないと判断して、この場を脱するために手段を講じる。

 しかし、思考の間もモンスター達の攻撃の手が休まる事無く青年へと降り注いでいる。


 何体ものモンスターを斬り伏せていた時にひとつの案が浮かぶ。


 がいこつ剣士の攻撃をかわして斬り裂き、光の粒になったのを確認して青年は服のポケットからカードを一枚取り出す。


 取り出したカードは『両端が丸まっている長方形』が描かれたカード。少女の作った『ウイングボード』を再構成するためのカードだった。


 青年が思いっきり、カードを握りつぶす。


 潰されたカードは光の霧になり、そして一瞬でひとが乗れるくらいの長方形のボード。少女が言う『ウイングボード』が召還された。


 青年はそのボードの上に半身で乗り、体重を前へと傾ける。 ボードは急激に速度を上げ魔物を中を駆け抜た。その際に発生していた『風』の風圧でモンスター達を吹き飛ばしていた。


「待て、逃がすなぁ!」

 実体のない鎧だけの魔物が叫ぶ。


 しかし、時はすでに遅かった。ものすごい速度で駆け抜けていった。魔物の足では追いつくことはできなかった。もしこの中に飛行系の魔物が居たのなら追いつくことができたかもしれないが、幸いその飛行系のモンスターはその場にはいなかった。



 ◆



「何を……言ってるですか? あなたは……自分の立場を……わかっているんでしょ?」

 肩を荒く上下させ苦しそうに息継ぎをしながら金髪の少女は口を開いた。その小さい体は傷つき、剣を杖代わりにしてやっと立っている状態。そして、左手は力無くダランと垂れ下がっていた。


「どういう意味だ? 人間の娘」

 黒いマントを羽織った中年風の男が少女に尋ねる。しかしその男は人間とはとても呼べない風貌をしている。なぜなら頭に二本の黒い角が生えていたからだ。


「あなたが世界の破壊や征服を望んでいる『魔王』と呼ばれる『闇』ならば……世界を守る事や救う事が望みの『勇者』と呼ばれる『光』が必ずいるはずです!!」

 ボロボロの少女は男に精一杯咆哮する。いつか現れるであろう『勇者』と呼ばれる存在に。


「そうか、ではさらばだ。そして、最大の賞賛を込めて楽に逝かせてやろう」

 少女に魔王と呼ばれた男は、天に高く左腕を掲げる。そして最大限の力を込めて闇の波動を集約し少女にその左腕を向ける。


「最後に……リリスさんとこのメロンパン食べたかったな……」


 少女はこの世に残す最後の言葉を口にしていた。その顔はなぜか少しだけ嘲笑を浮かべている。


 その時、一陣の風が少女の脇をかすめた。


「えっ……」

 少女は過ぎ去った風の方角を見た。


「な、なんだと!」

 魔王と呼ばれた男の左手に集約していた『闇の波動』が

斬り裂かれて一瞬で弾け飛んで消失したのだった。


「ひ、光の……剣?」

 少女が呟く。


 青年は少女の方へと振り向き、少女の元へと歩み寄る。


「待て、貴様ぁ!」

 魔王と呼ばれる男は小さい闇の波動を手のひらから打ち出す。


「な、また!」

 その闇の波動を青年は光の剣で再度斬り裂いた。


「魔王ブラムの器が知れるだと……きっ……貴様!」

 魔王と呼ばれた男は青年の罵声で怒りを露わにしてその拳は堅く握られている。


「あ、えっと……はい、カリン・エルヴァートはわたしですけど……?」

 カリンという名の傷だらけの少女は青年の質問に答えた。その答えを聞いた青年は透明度が高い水の入った小瓶をカリンに手渡す。


「あの、これって……」

 手渡した小瓶を受け取り、カリンは青年に問う。


「ち、治癒薬……いいんですか? わたしが飲んでも?」

 青年は頷くと魔王と呼ばれてる男に振り向いた。


 カリンは疑いもせずに器用に片手だけで小瓶の蓋を開け、一口水を口に入れ喉に流した。


「えっ……すごい……腕が」

 さっきまで傷ついて動かなかった左手が動く。さらには頭部の傷が治り、痛みまでもが引いていた。


「あ、あの、あ、ありがとうございます!」

 カリンは魔王と呼ばれる男と退治する青年にお礼の言葉をかけた。


 青年はピクリとも動かずにカリンに向け言葉を投げた。


「逃げろって……でも、あなたを置いてわたしひとりで逃げるわけには!」

 カリンは青年に加勢するためであろうか、剣を構える。


「でも!」

 青年はカリンの言葉を遮り、大きな声で叫ぶ


「なんでレビテートシューズの事を知ってるんですか? えっ、隊長が来るって……なにを言って、」

 青年はカリンの言葉を最後まで聞かずに魔王と呼ばれる男に光の剣で斬りかかる。


「我に……魔王ブラムに刃向かったこと、後悔させてやるぞ! 人間!」

 魔王ブラムの蹴撃をかわし、光の剣を降り下ろす。


 両者は戦いながら城の奥へ進む。


「遅いぞ!」

 ブラムは青年の剣撃をあっさりとかわす。


「はぁ!」

 ブラムは至近距離からの闇の波動を打ち出すが、その闇の波動も青年の持つ『光の剣』によって斬り裂かれる。


「……貴様のその剣から発せられた光は覚えがあるぞ。もしや『神を喰らう光の魔獣・セレスノヴァ』の光ではないのか?」

 ブラムの言葉に青年は吐き出したと言葉と共に袈裟斬りを繰り出す。


「シラを切るか、人間!」

 ブラムは手のひらから至近距離で闇の波動を打ち出す。


 しかし、その闇も光に斬り裂かれた。


「スキだらけだぞ。人間よ」

「!?」

 魔王ブラムの痛恨の一撃が青年の腹部を襲った。


 それは、一瞬。


 青年の剣を降り下ろしたスキを狙われ、ブラムの強烈な蹴りが直撃。


 青年は大きく吹き飛ばされ、天井にぶつかりそのまま落ちた。


「……ッ!」

 青年はなんとか立ち上がるが口の端から血が流れていた。たぶん胃か腸が内部出血しているのだろう。

 片手を壁にかけ、肩が上下して息も荒れている。


 たったの一撃でこれだけのダメージ。青年の顔が苦痛で歪んでいるが、それとは別の感情もあるだろう。それは焦りなのだろうか?


「人間よ。その剣を我に渡せ。さすれば命だけは助けてやろう」

 青年は手のひらの代わりに左肩を壁にかけ寄りかかり言葉を紡いだ。


「我には使えんだと? なめるな人間。人間に扱えるなら我でも扱えるわ」

「……」

 青年は答えない。そして思っていた。もしかしたらこの魔王ブラムは自分の事を知っているのだろうか? またはこの剣はこの物語のものなのだろうかと。


 もし、魔王が自分の事を知っていなくても、この剣がこの世界のモノならば、その剣を持っていた『自分もこの世界の人間』なのではないかと。


「ん? その剣のことを知っているかだと? なぜ死にゆく貴様に言わねばならん」

 ブラムの冷徹な言葉に青年は買い言葉で返した。


「冥土の土産に教えろか。ふむ、まぁいいだろう」

 青年の言葉に乗せられた魔王は雄弁に『光の剣』を語り出した。


「我もその光の魔獣は一万年以上前に一度きりしか見たことがない。そしてある人間がその魔獣を剣に封じた。そして神に献上するなどと言い出してな。だがその事を知った第二魔王の『ブラーナ』が人間殺し、その剣を粉々に砕いて魔獣も死んだと言っていたが……貴様がその砕いた剣を持っていた。よもやまだ存在していたとはな……しかし神にしか扱えないはずの剣を人間である貴様がなぜ使っているのだ?」


 ブラムの話を聞いて直感的に自分はこの物語の人間ではないことを悟る。そしてこの剣もまたこの物語の物ではない。もし、ブラムの話が本当ならこの剣は神にしか扱えないことになる。そして『この剣を使えるイコール自分は神』と言うことだ。


 青年は『それなないな』と確信する。もし自分が神ならばあの図書館の世界からあっと言うまに抜け出せる。そして、あの図書館にいる少女すらも助けられるだろう。だが、青年はなにもできない。自分が何者かという記憶が無くても神でないことはわかる。


「話は終わりだ。ではその剣を渡せ」

 ブラムの要求を青年は『断る』と一言漏らした。


「なんだと……!」

 怒りをあらわにするブラム。そんなブラムを見て青年は言葉を続ける。


「ふん。貴様が神だったらどうするか? だと。貴様が神などとはありえんよ」

 ブラムはあっさりと青年が神ではないと看破した。


「貴様が神だったらその赤い血は流さん。神なら傷ついた瞬間に黄金の光が傷を包み込み一瞬で傷が治る。だか貴様はどうだ? 治癒が始まらず血を垂れ流している。息が上がっているな。それに苦痛で顔が歪んでいる。我が戦い、倒した神は一滴も血と呼ばれるものは流しておらんかったぞ。 ……ん? なぜそう思うかだと? 言ったであろう『神にしか扱えないはずの剣を人間である貴様がなぜ使っているのだ?』と」

 ブラムは言葉を紡ぐ。


 青年は妙に納得した。そして、『そうだ』と青年は思う。


 自分は神ではない。青年はなぜだかわからないがブラムの言葉でそう確信した。


「渡す気は無いとみえるな。では、死ね」

 ブラムが動く。


「っ……!」

 ブラムの蹴りが青年の腹部へと直撃。壁を突き破り青年はとなりのフロアへと吹き飛んだ。


「……っ」

 青年は口から血を吐きながらも壁を頼りに立ち上がり、ブラムへと構える。が……


 一気に間合いを詰めたブラムの拳撃によって再び、直線に吹き飛ぶ。


 吹き飛んだ先には大きな扉。その扉に青年はぶち当たり衝撃で扉が開いた。


 ブラムの追撃はそこで終わりではなかった。


 さらにはブラムは倒れている青年へと向け蹴りを放つ。青年はまるで、風に吹かれた木の葉の様に舞い上がり、部屋の中央で落ちた。


「……っ」

 青年は立ち上がった。口から大量の血を吐き、身体中は傷だらけ。頭部からは血が垂れ流しで流れてきている。


「まだ息があるか。人間とは脆いと思っていたが、なかなかどうして意外と丈夫ではないか」

 ブラムが余裕を持って歩いて青年に近づく。その顔は絶対の勝利。自分が人間には負けるわけ無いと言わんばかりの表情。死にかけの青年を見て笑みさえ浮かべている。


「我が確実に死へと導いてやろう」

 ブラムの手のひらが闇を握る。


 握られた闇は徐々に槍状へと変化して、ブラムの手で形成を成していく。


 青年は目を閉じた。ここで終わりと悟った。


 扉のカードを握りつぶせば『図書館の世界』に戻る事ができる。が、それをしようとは思わなかった。


『自分が何者かわからない自分はもう死んでいる』青年はそう思っていた。


 たとえ『図書館の世界』に戻っても何もない。記憶が戻る方法がわからない。だから青年はここで死ぬ事を選んだ。


「……」

 青年の脳裏に浮かぶ。それは『図書館の世界』で残された少女のこと。


 青年と同じ境遇の少女。


 青年が居なくなったらあの名前も知らない少女はどうなってしまうのだろう? と、青年はふと思った。


「……」

 またあの悲しい顔をしてしまう。そしてまたひとりに戻ってしまう。たった数時間しか一緒に居なかったがきっと少女は悲しむ。青年はそう思っていた。


「……」

 青年は剣は剣を構える。光はいっそうに輝き、光輝く。


「……貫かれて、逝け」

 ブラムの手から闇の槍が放たれる。


「……!」

 死んだ魚の様だった目に光が宿る。青年はブラムへと駆け出す。


 青年は獅子のごとく吼え駆ける。その声は部屋に響きわたり、ブラムの耳へと容赦なく入り込んだ。


「くっ!」

 ブラムは青年の覇気でひるみ一瞬、手元が狂った。


 青年はそのスキを見逃さなかった。闇の槍を体勢を低くしてやり過ごし、ブラムの懐まで侵入した。


「な……!」

 青年は光の剣を斜め下から斬り上げた。しかし、ブラムは一瞬のスキを突かれたが右手で光の剣を防いだ。


「……」

 青年はそのまま倒れ込み、その状態のままブラムを睨んだ。


「まさか、一日でふたりの人間に傷を付けられるとはな」

 ブラムは青年が傷つけた箇所をみた。そこはこの物語の主人公である『カリン・エルヴァート』が付けた横一文字の傷と同じ場所。そして今、青年が付けた傷は縦のひと傷。それはちょうど十文字になるような傷だった。


「終わりだ。逝け」

 ブラムは手のひらに闇を集める。


 青年は身体に負担をかけて立ち上がり、ブラムに向かい叫びを上げる。それは『俺は死ぬわけにはいかない』と言った内容だ。


「ほぅ、この状況でまだそのような戯言を。無駄だ。汝は我に殺されるのだ」

 ブラムの手のひらが集まり、収縮していく。


「さよならだ」

 放たれる闇の波動。直線でまっすぐに青年に向かい飛んでいく。


 青年は光の剣を振ろうとしたが身体が動かない。ただ、ただ。自分に向かってくる闇を睨んでいた。


 青年は睨みやるのをとめ、目を瞑る。そして最後にここにはいない図書館の少女に向かって言葉を漏らした。


「生きるのをやめるな!」

「……?!」

 青年の耳に知らない声が届いた。


 青年の前に立つ栗色の髪の男の背中は小柄だがとても頼りになる背中。男はブラムの闇を天井にはじき返し、その天井は崩れていた。


「大丈夫か? ……って聞くだけ野暮か」

 男は青年の方へと振り向き言葉をかけた。


「だが、よくぞ耐えた。よくぞ生き抜いてくれた」

 男は青年に向かい賞賛の声を上げた。


「ん……? どうして俺がヴァイスだと知っている?」

 青年は目の前に立つ男の名を言う。ヴァイスと呼んだ男の装備はとても軽装。鎧も無く盾もない。それどころか武器すら持っていなかった。武器らしい物と言えば拳に装着された籠手らしきものだけだった。そんな男の名前を青年は言いった。イヤ正確には『名前を知っていた』だろう。


「カリンにでも聞いたか……まぁいい」

 ヴァイスと呼ばれた男は怪訝な表情を浮かべていたがすぐにブラムに視線を向ける。


「後はまかせろ」

 ヴァイスと呼ばれた男は後ろにいる青年の告げる。


 ヴァイスの言葉を受け入れたのか青年は膝から崩れ落ち床に倒れ込んでしまった。


「部下が世話になったな」

「部下? その男は汝の部下だったか」

「いや、そいつじゃない。女の方だ」

「女? ああ、あの人間の小娘の事か」

「ああ、この礼はしっかりとさせてもらうぞ」

「ふん、汝もそこの男のようにしてやろう」

 ブラムは満身創痍の青年へと目をやる。


 ブラムは疾走してヴァイスへと駆ける。


「……それはお前の方だな」

 ヴァイスの周りに黒い稲光が発生し、栗色の髪が漆黒に変わる。


「なっ……!?」

 黒い稲光がブラムの脇を過ぎ去る。


「ぐぅぁあぁああぁああぁああぁああぁあああああ〜〜〜〜!」


 逡巡の後、ブラムから無数の打撃音が響き身体が上下左右に激しく揺れた。


「ぐうはぁあ……」

 そして、ブラムは口から血を吐きその場で倒れ込んだ。


「そ、それは……『真魔の瞳』……か」

 倒れたブラムがヴァイスを睨む。


「さあな」

「ふん、まさか禁断の地の魔術で倒されるとは……我の負けだな……よもや人間に負けるとは」

 ブラムは倒れたままヴァイスに言葉を投げる。


「我を殺して、さっさと『宝箱』とやらを置くがいい」

「ああ、宝箱は置かせてもらうがお前にトドメを刺すつもりはない」

「なん……だと」

 ヴァイスの言葉に驚愕の表情を浮かべるブラム。


「カリンが……俺の部下が言ってなかったか? お前を倒すのは『光』だと」

「……ふん、いいのか?」

「言いも何も俺はお前を殺す事はできない」

「ならばさっさと、宝箱を置きに行くがいい。我の気が変わらんうち……に……な」

 その言葉を最後にブラムは気を失ったのか目を閉じ『動かなく』なった。


 ヴァイスは『ああ』とひと言だけ返し、青年の方へと向きを変え近づいていく。


「この城を出るぞ。立てるか?」

 青年の腕を自分の肩に掛け、青年を支えながら立ち上がる。


 しかし、青年はヴァイスの手をふりほどき、『足手まといだから俺を置いて先に行け』と言った。


「足手まといだと……そんな傷だったら当たり前だろう。俺はそれも踏まえて行くぞ、と言っているんだ」

 ヴァイスはふたたび青年の腕を肩にかけようとするが青年は『大丈夫だ』と言葉を放る。


「……お前……ここで死ぬ気か?」

 ヴァイスの言葉に青年の顔から笑みがこぼれる。


「なに、お前しか使えない『脱出ルート』があるだと?」

 ヴァイスの言葉に青年はうなずいた。


「そんなルートあるわけないだろ、ほら」

 差し出されたヴァイスの手を青年は手に取らなかった。


「……本当にお前しか使えない脱出ルートなんてあるのか?」

 青年はヴァイスの目から視線をそらずに力強く頷いた。その目は嘘をついている目ではない。一点の濁りのない瞳だった。


「わかった。なら城の外で落ち合おう。お前にはカリンを助けてもらった礼をしなくてはならないからな」

 青年は『行けたらいくよ』と返答して片膝を床に付けた。


「それと、カリンが、」

『ヴァイス、聞こえるか? 聞こえたら応答してくれ』

 その時、ヴァイスの腰に携えてある『バイブル』と呼ばれる分厚い本から男の声が響く。


「ランディアスか? どうした?」

 ヴァイスがバイブルを開くと中空に半透明な黄色いパネルが現れて、男の顔が映しだされた。

 

『城が消える! 時間がないぞ早く脱出しろ!』

「そうか、わかった」

『頼んだぞ』

 それだけを告げると、ヴァイスはバイブルを閉じた。それと同時に空中のパネルも霧散して消えた。


「いいか、必ず来いよ! カリンがお前に『借りた物』を返したいと言ってる!」

 ヴァイスの言葉を聞き青年は『わかった。早く行け』といいヴァイスを急かしたのだった。


 そして、ヴァイスは部屋の出入り口の扉へと駆け出し、部屋から消えていった。


 ひとり残された青年は乱れた呼吸で、震える手で『扉のカード』を取り出す。


 そして、気力を振り絞り、青年は『扉のカード』を握りつぶした。



 ◆



「夜が明ける……」

 少女は扉の横の窓を見た。窓からは今まさに太陽がふたつの月と交代して姿を表そうとしていた。


 ガコン……


 扉の隙間から光と音が漏れ、扉が中心で左右に開かれる。


「……っ! 君!? き、血だらけじゃないか!」

 扉から出てきたのは全身傷だらけで、呼吸が乱れている青年だった。


 倒れ込む青年を抱き抱え少女。青年は何かしゃべっているが少女が『しゃべるな!』と言い制した。


「血が止まらない……」

 青年は顔面が蒼白。今にもそのまま『永遠に動かなく』なる様だった。


「待っていろ……今、予備の治癒薬を持ってくる!」

 少女は薬を取りに一階に走っていった。青年は薄れゆく意識の中で少女の背中を見た。



 ◆



「薬だ飲め! 無理矢理でも飲め!」

 薬を持ってきた少女がそのまま青年の元へと駆け寄り上半身を抱かえあげる。


 少女は小瓶からの青年の口に薬を流し込む。

 

 しかし、その薬液は青年の胃には届かずに咳と共に吐き出してしまった。


「意識がない……? 飲めないほどの重傷か……肺か胃がやられているのか?」

 そんな分析をして少女は意を決して青年を睨む。


「わ、わたしの唇を君にやる……だから、ワガママなわたしと、いつまでも一緒にいてくれ……」

 少女は治癒薬を口に含み、そのまま含んだまま青年の唇に自分の唇を重ねた。




 ◆



「まったく、傷が治ったばかりだと言うのに剣の鍛錬とはな」

 次の日の早朝。少女は昨日と同じく階段に座り、青年も昨日と同じで木の棒を剣に見立て上下左右に振っていた。


「まぁ、その調子なら大丈夫そうだな」

 少女の言葉に青年は『大丈夫だ』と言葉を送り言葉を続た。


「ん? ああ、成果はでていたぞ」

 青年は少女に『自分が物語の中に行ったことで何か変化はあったのか』尋ねた。


「本がもう一冊生成されて出てきた。タイトルは『宝箱設置隊・分界』となっていたな」

 青年が少女の話に『分界?』と返した。


「そうだな……言うなれば『パラレルワールド』や『並列世界』別の言い方をすれば『世界線』か」

 少女の言葉に青年は眉をひそめる。今の青年の頭の中はハテナがたくさん浮かんでいるのだろう。


「……君にも分かりやすく言うと世界……いやこの場合は物語か? まぁ世界と呼ばれるものはひとつじゃない。世界の隣にはたくさんの似た別の世界があると言うことだ」

 そんな少女の説明にも青年の顔はパッとしないのだった。


「……その内に授業をしてやろう。それにひとつ興味がわいた事ができたのでな」

 少女の顔には悪魔的な笑みが浮かんでいた。そんな顔に青年は呆れた顔を浮かべていた。


「ん? ああ、そうだったな。うまい物を食べたいのだったな。なら今日の夕飯は豪勢にするぞ」

 青年は自分が帰って来たら『うまいものを食べさせろ』と言った約束を思いだし、口に出した。


 その答えを聞いた青年は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「まったくいい笑顔をしよって。腕によりをかけるが味は期待するなよ」

 青年は『期待してるぞ』と少女にからかうように言う。


「ふぅ、なら食材の買い出しだな。そうだな……『不死と死神と永遠の空』の物語なら街が出てきてたな。そこで買い出しするか」

 そんな少女の提案を青年は不思議そうな顔で見ていた。


「なんだその顔は? 食料の買い出しは物語の中でしかできないぞ? はぁ、当たり前だろうが。わたしと君はこの森を出られないのだぞ? ましてやこの森には店などない。まぁ木の実や果実が実っているがそれでいいか?」

 青年は少女に向かい違う方向の疑問をぶつけた。


「……まぁそうだな。夜にしか物語の中しか入れない。だから我慢してくれ。夕飯は夜がだいぶ更けたあとだ」

 青年の顔が暗く沈む。そしてなぜかお腹が空腹の時の様に鳴った。


「そんな顔をするな。では、わたしはメニューを考えるから君はそのまま鍛錬でもして夜まで待て。夜になったら買い出しに行くぞ……なんだと、俺も行くのか? だと何を言っているだ? 当たり前だろう。わたしひとりでふたり分の食料を持てるわけないだろう?」

 少女の言葉に青年はひとつタメ息をついて剣の鍛錬に戻った。


「そうそう、どんどん身体を動かして腹を空かせ。その方がご飯がうまいぞ」

 少女はそう言い残して青年を置いて図書館の中へと入っていく。


「ああ、そうだ」

 図書館の出入り口を目前にして、少女が振り向いた。


「これから君もここに住むんだ。いつまでも『君』や『ちょっといい?』ではお互い不便だろう? この機に名前を決めようではないか」

 青年はひとことつぶやき問う。


「別に本当の名前じゃなくてもいい。どうせ思い出せないだろうからな。ここだけの便宜上の名前だ」

 青年は腕を組み考え、少女に口を開く。


「ん? わたしか? ああ、決めているぞ」

 青年は少女の決めた名前を聞いてみる事にして言葉を紡ぐ。


「わたしは『シノミヤキララ』だ。親しみを籠めて『キララ』と呼んでくれ」

 青年がオウム返しに少女の名前を繰り返した。


「そうだ『アンブレイドバトルをしたら年上の彼氏ができました』の物語の前書きだけ出てきている不憫な人物だ。で、君は名前を決めたか?」



 青年は天を見上げ、少し考え、そして名前を告げたのだった。 


 

 物語、ふたりだけのセカイ 完

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