常闇の森の朝
常闇の森続く道の続編に該当しますが、このお話単体でも問題は無いかと思います。
宜しければ、常闇の森に続く道もご一読下さい。
秋も深まり、それぞれの木々が美しく衣替えを始めた常闇の森。
ほんのりと東の空が赤く染まり、そろりそろりとその色合いを変えゆく明け方。
静かな常闇の森に、不穏な唸り声が木霊する。
「ん~、もぅ・・朝、かぁ」
男は目を擦りながら、のろのろと毛布から顔を出して、大きな欠伸をし、ゆっくりと起き上がる。
ベットから降り、出窓のカーテンをそっと開けると、差し込む朝陽が男の新雪のような白銀の髪を輝かせた。
「プチ、もう起きましたから、唸らなくていいですよ」
窓を開けて話し掛ける男の声に反応し、ピタリと唸り声が止む。それと同時に、背丈の低い草むらの中から小さな白い塊が勢い良く飛び出てきた。
「俺様はプチじゃねぇ!そんな変な名前で呼ぶなっ!」
小さな翼を羽ばたかせ、 男の目線の高さで小さな白金色のドラゴンがギャンギャンと吼える。
男は吼えるドラゴンの首根っこを片手で掴み、家の中にドラゴンを引っ張り込むと、じぃっと見つめる。
「どう見てもプチって感じですけど?こう、何て言うかサイズ的に」
うんうんと頷きながら、目の前にぶらさげられた状態の体長40cm程のドラゴンの柔らかなお腹をつつく。
「朝から元気ねぇ、貴方達は。プチもラルにネーミングセンスを求めたらいけないと思うわ。今までの事を考えてごらんなさいな」
呆れた様な口調で話ながら、白い光沢のあるネグリジェ姿でぽてぽてと歩き、金髪碧眼のビスクドールは男に近づいた。
「レティ、お早うございます。朝から随分な発言ですねぇ」
男は不満そうな顔でビスクドールを睨みつつ、優しい手つきで頭を撫でてから抱き上げ、そっと己の肩に座らせた。
「随分な発言って、己の過去をちゃんと振り返ってご覧なさい!黒猫の兄妹にオスとメスって名付けそうになって、あんなに大反対されたじゃない!それに羊の子供にラムって名付けそうになったし、この間発見した蟷螂にはオカマって付けてたわよね?」
ビスクドールは男を呆れた眼差しで見つめ、肩を竦めつつ小さく首を横に振り、大きな溜め息を吐く。
「久し振りに聞いても、やっぱりヒデェ…。俺様のは、まだマシなのか?ラルにしたら…」
ドラゴンは半眼で男を睨みつつ、ビスクドールの言葉に耳を傾けると、何とも言いがたい表情を浮かべ、救いを求めるようにビスクドールを見上げた。
「かなりマシよね、今までからすると。下手をするとドラちゃんかゴンちゃんだったと思うわ。今までの傾向から考えるとね。そうなると、プチって可愛いじゃない」
ニッコリと微笑みながらドラゴンを見つめ、そっとドラゴンに腕を伸ばす。
それに気付いた男は、肩に座ったビスクドールに首根っこを掴んでぶら下げているドラゴンを近づけた。
「レティ、これでいい?」
不満そうに唇を尖らせつつ、いじけたような声でビスクドールに話し掛ける男に、ふんわりと優しい笑みを浮かべたビスクドールは、男の目尻にそっとキスをした。
「ありがとう、ラル。プチも本体に戻ったら、名前も進化するというのはどうかしら?」
ビスクドールは、ちょこんと首を傾げながらドラゴンを見つめ、ドラゴンに向かって伸ばした手であやす様に優しく頬を撫でた。
「……それもそうだな。というか、それが良い!」
ドラゴンは暫く考え込み、うむ…と一つ頷き、嬉しそうに尻尾を振りながら、ご機嫌にグルグルと喉を鳴らす。
「おい、ラル!お前の未来の嫁は素晴らしいな!というわけで、俺様の素晴らしい名前を考えておくように!」
ご機嫌なドラゴンは、男の拘束から逃れると、目の前まで飛んで来ると、ホバリング状態で胸を張りながら、男に伝えた。
「レティが素晴らしいのはいつもです!プチの名前は…レティが言ってるから、仕方がないですね。一応、考えます」
男は、当たり前な事を言うなという意味を込めてドラゴンを睨むと、渋々了解すると小さく一つ頷いた。
「さて…話も纏まった様ですし、顔でも洗っていらっしゃい。頭もスッキリするでしょうし」
ビスクドールは、男とドラゴンを交互に見つめ、外の井戸を指差した。
「そうさせてもらいますか。ほら、プチ行きますよ」
男は己の肩に座らせたビスクドールを椅子にそっと座らせると、椅子の背凭れに掛けてあったタオルと側を飛ぶドラゴンを掴むとそのまま寝室を出て、外に向かった。
「今日も騒がしい一日になりそうだ事…」
ビスクドールは、クスリと笑うと井戸に向かう男とドラゴンの背中を、優しい眼差しで見つめた。
そんな一人と一体と一匹を、朝の柔らかな陽射しが優しく照らした。
後書きというよりは、ラルの名付けセンスゼロの話。
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「スゥとメェは、本当に可愛いですねぇ」
足元に刷りよる二匹の猫に男は頬を弛ませてその場にしゃがみ込むと、二匹の顎の下を擽る様に撫でた。
「さて、モコにご飯をあげて来るとしますか」
男は二匹の猫の頭をそっと撫で、勝手口から外に出ると獣舎に向かって歩き出した。
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今回のお話に出てきた、ラルが名付けた生き物のお名前です(笑)
蟷螂にオカマと名付けた理由は、性別不明だったからとの事。