アランとフレッド
SFD施設の最上階にある会議室は上層部の重要な話し合いでのみ使われる。外から中の様子は見れないが、中からは外に広がる首都の景色が一望できる。年寄りが集まる部屋にはもったいない造りだとアランは常々思っていた
時刻はまだ昼前。外は雲ひとつない爽やかな青空が広がっている。陽気な太陽の光を背に受けながら、眉にしわを寄せた幹部たちが机を囲んでいた。若いのはBIG7の7人だけだ
重苦しい空気の中で、長々と機械の様に抑揚のない話し方で諜報部が報告をしていた
「……以上が先月までの結果になります。このことから、やはり以前からの懸念事項であったストレンジャーが地球に順応しているという説はほぼ確定と言えると思います。
また、3ヶ月ほど前から無差別とは言い難い、財界の大物や政治的権力者を狙ったと思われる襲撃が増えてきています。この件に関して我がグループでは、ストレンジャーに加担している人間がいるという結論になりました。加担している者が誰かという点については引き続き調査をしていきます。以上です」
「ご苦労」
その場は暗い溜息に包まれた
ストレンジャーに援助者がいるのではないか、という説は何年も前から挙げられていた。しかし、それは漠然とした疑いであり、裏付けるような事実は全くなかったため放置されていたのだ。それが今、最も有力な説となって再びSFDの前に降りてきている
アランも知らないうちに重い溜息をついていた。援助者がいるという説がほぼ確定となると、厄介な仕事がアランに回ってくる
「マクレナン君、君を頼りにしているよ」
目敏くアランの溜息を見ていたロイが念を押した。慌てて姿勢を正し、静かに「はい」と答えるも表情は沈む
隊長になった時から決められていたことなので反発するつもりは毛頭ない。自分の感情とは別にやれと言われれば従うまでだ
それでも気分が重くなるのは止められなかった
※※※
隊室に戻るまでの道のりでもアランは今後の自分の役割について頭を悩ませていた。自然と眉間に皺もよってしまう
隊室が近くなったところで眉間に指を当てて皺をのばす。隊員たちに弱っている姿を見せるわけにはいかない
ようやく顔を上げたところで隊室のドアが開き、中からリリーが走り出てきた。アランの姿に気がつくと慌てて止まり恥ずかしそうな顔をして頭を下げる
「お疲れ様です」
「ああ、ご苦労。どこか行くのか?」
「あ、お茶を買いに」
「そうか」
そのまま通り過ぎるかと思いきやリリーはふとアランの顔を覗き込んだ
「ど、どうした?」
「隊長、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「……いや、少し会議の内容が重くてな。後で報告する」
「覚悟しておきます」
いたずらっぽく笑うと「失礼します」とリリーは自販機の方へ走っていった。アランはその後姿を複雑な表情で見つめていた
先日の財閥パーティー会場襲撃事件で「ヒーロー辞めない宣言」をしてからというもの、リリーの働きは素晴らしかった。一つ一つの任務に対する責任感や丁寧さが増し、戦闘にも磨きがかかっている。もともと知識の面は優秀で、戦闘も女子の中では飛びぬけてよかったので、潜在能力を考えればようやく本気を出したか、といったところだった
何はともあれ期待値の高かったリリーが予想していた通りの実力をつけてきたのは隊として喜ばしいことだ。それがアランを見返すためにやっているのか、グレッグに刺激を受けて気持ちを新たにしたのか――そんなことは関係ない
アランは自分の思考を振り切るように踵を返すと隊室の前に立った。指紋認証機に手をあててドアを開けると、アランの帰りに気づいた隊員たちが次々と「お帰りなさい」と出迎える
「ターラントが戻ってきたら会議の報告をする」
はい、という了承の声を確認して自分のパソコンを立ち上げた。メールボックスを開いたところでリリーが戻ってきたので中断する
立ち上がって全員に注目するよう声をかけ、先ほどまで話し合っていた内容を朗々とした声で報告した。援助者がいるという説はまだ上層部だけの機密事項のため伏せてある
「……以上が会議の内容だ。ストレンジャーがこちらの武器や人に詳しくなっているのはみんなも戦っていて感じていたことだと思う。今後は彼らの目的を引き続き調査していく、とのことだった。我々は彼らがこちらの文明に順応し、利用しようとしている点を踏まえての戦い方を考えていかなくてはならない」
そこまで話したところでアランの胸についたバッジが鳴った。失礼、と言ってからアランは背を向けてバッジに話しかける。緊急の召集命令だった
『狙撃手が必要なんだが、狙撃部隊が別の任務に出ていて足りないんだ。来られるか?』
狙撃の任務に当たるには資格が必要だ。狙撃部隊のほかに狙撃の資格を持っている者は少なく、アランはその希少な人材だった
「わかりました。すぐに向かいます」
今日は3番隊の出動予定はない。緊急の出動があれば副隊長のアトリーが指揮を取れるし、他の隊との合同になればその隊の隊長が指示してくれる
「悪い、緊急の収集命令が出た。ハロルド」
「はい」
「あとは頼んだ」
「了解です」
頼もしく微笑むアトリーに頷くと、立ち上げたばかりのパソコンを閉じてアランは素早く現場に向かった。
※※※
呼び出されたのは都心から少し離れたところにある廃ビルだった。現場指揮官のエディを見つけて状況を把握する。エディの話をまとめると、銃を所持したストレンジャーがこの廃ビルに逃げ込んでいるらしい。アランの任務は万が一銃撃戦になった際に上方から援護すること。ほとんど出番がないと言ってもいいほどのサブだ。しかし、念には念を入れる必要がある。
指定された建物の屋上に着くとすでに先客がいた。アランの同期で現在は射撃部隊に所属しているフレッド=スチュアートだ。フレッドもアランと同様の任務で召集されていた。
「やっぱりお前が呼ばれたか」
フレッドはアランの姿を認めるとにやりと笑った。
アランもフレッドの横に寝そべり、下方に見える建物に向かって狙撃の体勢をとる。
「どうせお前が俺の名前を挙げたんだろ」
「ばれたか。サブの仕事とは言え、本当に銃撃戦になったら腕の立つ奴じゃないと役に立たないからな」
「他にいなかったのか」
「あいにくな」
普段から実戦で銃を扱っている人間でないと銃撃戦は難しい。特に離れた建物から狙うとなると相当な腕前が要求される。狙撃部隊に所属せずそれだけの技術を持っている人物となると限られていた。
「まあ、俺もお前と久しぶりに会いたかったし」
「何だよ、気持ち悪い」
2人とも視線は標的から外さずに会話する。アランが言葉でフレッドを振り払うも、フレッドは負けじと擦り寄るように話しかけてきた。
「なあなあ、お前のとこの新人どーよ?」
「どうって、別に他と変わらないよ」
フレッドの聞きたいことは何となく勘付いていたがめんどくさいので適当にあしらう。しかしそれは許されず、よりピンポイントにつついてきた。
「だって例の女の子がいるわけだろ?しかも可愛くて優秀って聞いたぜ?いいなー、才色兼備な女の子!」
「お前にはジェシカがいるだろ」
リリーのことを知りたがっているのは一目瞭然だった。色々と聞かれては厄介なのでなんとか話題を逸らそうとするが容易にはいかない。
だいたいフレッドは既婚者だ。3年前に同期のジェシカと結婚して、すでに息子が一人いる。新人に美人がいたところで騒ぐような立場ではもうないだろう。新人の女の子に期待を寄せて根掘り葉掘り情報を集めている親父なんてごめんだ。
「別にその子とどうこうなりたいわけじゃないよ。ただ部の中に一人女の子がいるだけで雰囲気が変わるだろ?男ばっかじゃむさくるしくてよー」
心底悲しそうにフレッドが溜息をついた。そういう感覚はアランには理解できないところだった。
「仕事をやる上では関係ないだろ」
「何言ってんだよ。士気が上がるだろ」
「くだらない」
「じゃあこっちにくれよ。その女の子」
「ダメだ」
廃ビルは何の変化もない。エディからの指令もまだない。妙な緊張感だけが辺りを包んでいる。
フレッドは即答したアランに違和感を覚えた。今のはまるで彼女をとられたくない彼氏のような反応だ。目標から目を逸らすわけにもいかないのでアランの表情から感情を推測することはできない。
「もしかして惚れちゃった?」
冗談半分、本気半分で問いかけると思った以上に必死な反論が返ってきた。
「バカを言え。あいつは俺のとこじゃないとダメなんだよ。司令官の話を忘れたのか?」
「覚えてるよ。クソ真面目なんだから」
フレッドは年甲斐もなく唇をとがらせた。だが、こうして正論で必死に返すときこそ怪しいものだ。真面目なアランなら特に――
しばらく沈黙が続いた。建物は何の変化もない。窓に近づく者もいなければ外に出てくる者もいない
任務中にも関わらず沈黙に耐え切れなくなったフレッドが再び口を開いた
「でもよ、そんな可愛い子が近くにいて何とも思わないわけ?しかも向こうはお前を追いかけてきてんだろ?俺が独身だったら絶対惚れちゃうね」
「部下をそういう目で見る気はない」
「……お前さあ、何でまだ独身なの?」
「どういう意味だ」
アランの声が少し険しくなった。任務とは関係ない話を延々と続けるフレッドに苛立っているのがわかる
それでもフレッドは暢気に小声で話を続けた
「ほら、俺たちの代はほとんど結婚してるじゃん?だけど、一番の出世頭だったお前が残ってるからみんな驚いてんだよ。だって、泣く子も黙るあのBIG7だぜ?女に困るってことはないだろ」
「結婚したいと思えるような女に出会えていないだけだ」
女に不自由しないのは確かだった。BIG7という肩書きは伊達じゃない。肩書きだけで寄ってくる女も多いのは事実だ
だが、BIG7の肩書きだけで寄ってくる女にろくなのはいない。それに彼氏にするにはBIG7は多忙すぎる。緊急の出動も他の隊員よりも多く、同じ建物で働いているSFDの職員ですら会う時間を簡単に取れない。社外ともなればなおさらだ。女性との付き合いは少なくないアランだったが、仕事への理解が得られず別れるパターンがほとんどだった
「それにBIG7だとかヒーローだとか世間はもてはやすが実際はいつでもどこでも呼び出される国の用心棒だ。結婚したところでほとんど家にいられない。だから結婚する必要性を感じない」
結婚してるお前に言うのも悪いが、とアランが言うとすごい勢いでフレッドが否定してきた
「逆だよ!結婚したら家族を守るために頑張れるんだって。家族を守るためなら自分を犠牲にしても構わないって思える」
あまりの勢いに圧倒されたアランは「そ、そうなのか……」というので精一杯だった
自分を犠牲にしても――簡単に口にできる言葉ではない。身を挺してでも国民の平和を守る、そう口では言えるが、実際に自分の命の代わりに他人を助けることのできる人はどのくらいいるのだろう。その重たい言葉を口に出せるほど、家族というのは力を持っているのだろうか
「でもこの仕事を理解してくれる人間じゃないとってのは重要だよな。やっぱり社内の人間、あの女の子じゃね?」
少しは感心できるようなことを言ったかと思えば、お気楽な同期はまた話を下世話な方向に戻した
アランはこっそり溜息をついた
「何度も言わせるな。部下をそう言う目で見る気はない」
「そこまで部下ってのを強調すると逆に意識してるように聞こえるぞ?」
「お前はどうしてそう彼女と俺をくっつけたいんだ?」
「じゃあさ、何で彼女はダメなわけ?」
「……」
また「部下だから」と言えばしつこく食いついてきそうなので何か他の理由を考える
「確かに仕事ぶりは優秀だし、お前の言うように外見も申し分はない。でもそれだけだ。お嬢様育ちなせいか自分中心で物事を考えるところがある」
「自己中ってこと?」
「自己中とは思わないが……でもまあ自分を一番に考えてもらえなきゃダメってタイプだな」
そう言ってからアランは突然咳き込んだ。朝からあまり調子がよくないと思っていたが風邪をひきかけているようだ
「風邪か?」
「いや、大丈夫だ」
するとニヤニヤしながらフレッドが言った
「どうする?帰ったらまだ彼女が残ってて『隊長、お大事になさってくださいね』とか言って風邪薬とかくれたら」
「なんだ、その妄想は」
「俺だったらぐっとくる。ギャップってやつだよな」
「だからお前には嫁がいるだろ」
一人で盛り上がるフレッドをアランは完全に無視することにした。これ以上付き合っていたら任務に集中できない。たとえ見られていないとしても、真剣に取り組んでいなければ下の者に示しがつかない。
結局アランたちの出番はなかった。大きな戦闘にはならず収まったらしい
帰り支度をして指揮官の下へ戻ろうとしたところで、ふとフレッドが足を止めた
「そういや彼女、毎晩のように男と連絡とってるらしいな」
フレッドを見つめるアラン。先ほどまでの軽いノリとは違う真剣な表情があった
「気をつけろよ」
それだけ言うとフレッドは去っていった。
※※※
任務を終えて戻ってくると、時刻はすでに就業時間を過ぎていた。今日は3番隊の出動命令もなかったので隊室には誰もいないはずだ。そう思って戻った部屋には、パソコンと向き合っているリリーがいた。他の隊員はすでに帰ってしまっている
「まだ残っていたのか」
アランが声をかけるとリリーも顔を上げて「お疲れ様です」と労う。そしてまた視線をパソコンに戻した
アランも全く手をつけられていない内勤業務を消化するため、席についてパソコンを立ち上げた。立ち上げ画面を眺めている間にも咳が出た
今日は早めに切り上げて休もう。体が資本だと常々言っている自分が風邪を引いたのでは部下に示しがつかない
ぼんやりとパソコンを見つめながら、今日中に終わらせるべき業務を頭の中で並べていると、アランの前に静かにのど飴が置かれた。見上げると心配そうに見つめるリリーと目が合う
「隊長、調子がよくなさそうだったので……」
その瞬間、フレッドの言葉が頭に蘇った――『隊長、お大事になさってくださいね』とか言って風邪薬とかくれたら……
「気が利くな。ありがとう」
「いえ。それでは失礼します」
「ああ。ゆっくり休めよ」
礼をしてリリーが退室する。予想外の出来事に驚いて、アランはリリーの去った方向をしばらく見つめていた
我に返り慌ててパソコンに入力を始める。あの程度のことで頭が働かなくなるとは、どうやら本当に体調が悪いようだ
少しキーボードを打ったところでアランは手を止めた。何か違和感がある
アランはリリーのパソコンに手を伸ばした。パソコンは温度をもっていなかった。30分以上前には切られていたことになる
――まさか俺のために残っていたのか?
アランは軽く頭を振ってその考えを打ち消した。いくら告白されたからといってそんなことを考えるのはらしくない
――こんな風に考えるのもフレッドのせいだ
へらへらと笑う同期の顔が頭に浮かび、それを振り払うようにアランはキーボードを叩き始めた
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