リリーの決意(後編)
到着した先は有名な財閥の豪邸だった。この日は主の誕生日パーティーが行われており、財界の大物や有力な政治家が多数集まっていた
「権力者の集まるところを襲撃って……狙ってるっぽいよな」
パーシーの言葉でリリーに緊張が走る
ストレンジャーは都市部の人が込み入っている所を襲撃することが多い。前回のように資金を集めようとしているのか銀行を襲うこともあるが、基本的に彼らの破壊行動に目的は見られない
一度だけ特定の人物を狙ったことがあるが、それは10年前に起きたリリーの家の話だ。リリーも話を聞いたときから過去の事件を思い出していた
「オスメントとターラントは人命救助にあたれ。バーノン隊長が指揮をとっているから彼の指示に従うこと」
「はい!」
人命救助はスムーズに進んだ。著名人ばかりということで緊張の走る任務だったが、人命救助にあたっていた人数も多かったため、死亡者を出すことなく救助は終わった
人を運び出すのも終わり救護班の手伝いに回っていたリリーは、手が空いたところで戦況を見にその場を離れた
燃え盛る炎を背景にして激しい戦闘を繰り広げるアランたち。だが、見る限り戦局は優勢だった。
安心して持ち場に戻ろうとしたところで、リリーは目を止めた
すでに炎と黒煙で埋め尽くされた建物の2階部分に人がいる。中学生ぐらいと思われる少年。逃げ遅れて炎を避けるうちにベランダへ辿り着いてしまったのだろう。あの高さでは飛び降りるのも危険だが、すでに屋敷内へ戻る道は絶たれている
炎で包まれた屋敷にとり残された少年――リリーは過去の自分を思い出していた
――助けなきゃ!
気づけば体が動いていた。戦闘の間を潜り抜けて少年のいるベランダへと飛び上がる
少年は突然現れたリリーに驚いて後ろに下がった
「もう大丈夫よ。ほら、掴まって」
「い、いいよ!」
差し伸べた手は振り払われた。驚いて少年を見ると頑なな表情で睨まれる
すでに炎はベランダまで近づいており、リリーも肩に熱を感じていた。早く避難しなければここまで燃え移ってしまう
「何言ってるの!早く逃げないと死ぬわよ!」
「別に女に助けられなくても平気だよ」
「あんたねぇ!状況分かってるの!?」
「俺より小せぇお前の力なんて借りなくても、ここから車の上に飛び降りれば……」
「バカなこと言ってんじゃないわよ!そのまま降りればストレンジャーの餌食よ!」
リリーの剣幕に驚いて少年はようやく口を閉じた
「お姫様抱っこされたくなかったら私の背中に乗りなさい」
有無を言わせないリリーの口調に少年はようやく従った。しゃがむリリーの背に跨ると恐る恐る首に手を回す。それに気づいたリリーが「しっかり掴まって!」と強く言うと、少年もようやく観念して身体をその小さな背に預けた
少年が掴まったことを確認すると、リリーはすぐにベランダから飛び降りた。その直後に部屋から炎があふれ出してベランダまで燃え移る。間一髪のところで逃げ出すと今度は着地したところにストレンジャーたちが集まってきた
「しっかりしがみついててよ」
「え?」
そう言うとリリーは少年を支えていた片手を離し、両足と右腕でストレンジャーを倒していく
的確に急所だけをつく無駄のない戦闘。医学的な知識と磨き上げられた戦闘技術がないとできない戦い方はリリー独特のものだ
「おい!右!」
リリーが正面のストレンジャーを相手にしているところで少年が叫んだ。目をやるとストレンジャーがこちらに向かってくる。正面にも複数のストレンジャーがいて全てを相手にするのは不可能だ
――まずい!どうしよう!?
正面も右もストレンジャーで塞がれている。左に逃げれば救護班たちの方へストレンジャーを誘導することになりかねない。上に逃げるにしても飛び移る先がない
――この子を下ろすか……
そこまで考えたところで右側から向かってきていたストレンジャーに白い固まりがぶつかった。鳥が急降下したような鋭い衝撃
リリーが昔、一度見たことのある光景と重なる
「隊長!」
「今のうちに早く少年を避難させろ!」
リリーは頷くと走り出した。リリーが相手をしていたストレンジャーたちは一瞬にしてアランの足元に転がっていた
※※※
リリーが少年を助け出してから十数分で戦闘は終結した。倒したストレンジャーたちは戦闘班が護送用の車に次々と積み込んでいく。このまま収容所に運び事情聴取を行うのだ。そうは言っても、ほとんどのストレンジャーが刑務所に入って数日でいなくなる。いなくなる、というのは消えるのではなく、中身だけがなくなるということだ。しぼんだように袋のようなものだけが残る。恐らく強い衝撃を受けると徐々に地球の環境に適応できなくなるのだと考えられている。そのせいでストレンジャーの生態などは未だに解明できていなかった
人命救助班だったリリーは、他の隊員と交代で救護班の手伝いをしていた。軽傷者の手当てがあらかた終わると救護専門ではないリリーたちにできることはない
手の空いたりリーは跡形もなく焼けてしまった豪邸をぼんやりと眺めていた。思い出すのは自分の過去。たとえ建物は直せたとしても、中に詰まった思い出や大切な物は取り戻せない
物思いに沈んでいるリリーのもとにそっと近づく者がいた。気配を感じてリリーが振り返ると、そこにいたのは先ほど救出した少年だった
「どうしたの?」
「……ありがとう」
助けられるのを必死に拒んだ少年から発せられた言葉とは信じられず、リリーは少し面食らった。少年は気まずそうに下を向いてどこか落ち着かない様子だ。この言葉を言うのにも勇気が必要だったのだろう
リリーは優しく笑って「素直じゃない。大変よろしい」と少年に向き合った
「あんた見かけによらずすごいんだな」
「失礼ね。私は優秀なんだから」
拗ねたように頬を膨らませたリリーを見て、少年は少し笑った。多感な時期ゆえに女のリリーに助けられることに抵抗したが、根は素直な少年だ
幸いなことに少年の家族は全員怪我もなく無事だった。少年だけがパーティーを抜け出してこっそりベランダで休んでいたために逃げ遅れたらしい。リリーが少年を連れて行くと母親は泣いてリリーに礼を告げた
「よかったわね。みんな無事で」
――自分と同じ境遇にならなくて
リリーの心からの言葉に少年はふと真剣な表情になった。不審に思いリリーは首を傾げる
「……ヒーローになれば俺もお前みたいに強くなれるか?」
周りの音が遠くなった。それぐらい少年の意志が直に伝わってくる
かつての自分と同じ決意を秘めた瞳が見つめてくる
「……なれるわ。あなたにやる気があるのなら」
「……なる。あんたみたいな、あんたを超えるヒーローになってみせる。ピンチの時に家族を守れるように」
――悲しければ強くなれ。今度は君が家族を守るんだ
昔、アランにもらった言葉が蘇る。彼はきっとヒーローになれる
何かを守りたいという気持ちは、何よりも自分を強くしてくれる
「それは楽しみね」
少年は手を差し出した。まだ成長途中の頼りない手。これから家族を、地球を守っていく手。
「だから覚えとけよ。俺はグレッグ=ホールデン」
「リリー=ターラントよ」
リリーは差し出された手をしっかりと握った。グレッグの背中を押せるぐらいの気持ちを込めて
「ありがとな」
グレッグは嬉しそうに笑うとそのまま家族のいる救護テントに走っていった。
リリーはその後姿を微笑ましく見送っていた。
「ターラント、いつまで話しているんだ」
急に聞こえてきたアランの声に身構えた。振り返ると無表情のアランが立っている
最初に浮かんだのはさっきの救出劇だ。本来なら他の者に声をかけてから動くべきであり、一人で動いたからこそピンチに陥ってしまった
「すみません、すぐに戻ります」
そう言って通り抜けようとしたリリーにアランは「いいのか?」と問いかけた
「え?」
「いいのか?あんなことを言って」
てっきり怒られるものだとばかり思っていただけに、何の話かすぐには思い当たらなかった。何のことかと首を傾げてから、先ほどの会話を聞かれていたのだと思い当たる
「私、やめませんから」
アランの目を見つめてはっきりと宣言する
この仕事を目指したのはアランにあうためだけじゃない――ピンチの時に家族を守れるように。グレッグと同じ気持ちでこの仕事を目指してきたのだから
「そうか」
相変わらず感情の読めない表情のままアランは呟き、そのまま持ち場に戻っていった
意図の分からないアランの言動にリリーは再び首を傾げていた
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