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リリーの失敗

ちょっとセクハラに感じる表現があるかもしれません。

苦手な方は読み飛ばしていただいても問題ないです。

 午後は戦闘訓練が入っていた。戦闘訓練の場合、他の班と合同で専用の部屋に移動して行う。戦闘用スーツに着替えたりリーは、廊下で待ち伏せていたパーシーと訓練用の部屋に向かっていた。


「……なあ、何かあったのか?」


 パーシーは不機嫌な様子を全面に押し出しているリリーに恐る恐る話しかけた。


「別に」


 明らかに何かあったとしか思えないのだが、リリーは頑として理由を話そうとしない。少しでもリリーの機嫌を直そうと、パーシーは「隊長に振られでもしたか?」とからかったのだがそれが完全に裏目に出た。リリーの周りに不穏な空気が流れ始める。心なしか局地的に気温も下がってきたようだ。

 リリーはゆっくりとパーシーの方に振り返った。その視線は人も殺せそうなほど鋭い。


「……だったら何」

「え?いや、その、えっと……まじ?」


 どす黒いオーラを纏ったリリーと、それに怯えて汗をかいたパーシーがしばらく見つめあう。

 先に根負けしたのはリリーの方だった。視線を逸らして前を向くと苛立ちを込めて言い放つ。


「マジ!」


 リリーはもう振り返ることなく訓練場へと向かった。その後姿を見つめてパーシーはこっそりガッツポーズを作っていた。


※※※


 部下を振ったところでアランの態度は変わらなかった。昼休みの出来事はなかったのではないかと錯覚するほどいつも通りリリーたちを指導する。リリーはそれがまた面白くなかった。

 慣らしで訓練場内を走りこんでいると5番隊隊長エディ=ヴァーノンが入ってきた。アランは先頭を走っていたアトリー=ハロルドに後を任せ、エディの元へ駆けて行った。2人は簡単に打ち合わせると、アランは3番隊に向かって片手を挙げ、走り込みを中断するよう指示した。


「出動命令だ。場所はエンジオジバンク本社がある高層ビル街。上層階に取り残された人が多数いる。規模が大きいので5番隊との合同任務になる。以上。残りの指示は現場でだす」

「了解」 


 場の空気が物々しくなった。リリーたちも遅れまいとアランの後に続いて訓練場を飛び出す。5分後には破壊されている高層ビル街を目の当たりにしていた。

 建物はかろうじて立っているが損傷が酷く、ターゲットにされたエンジオジバンク本社ビルは上層階が隣のビルに寄りかかっているような状況だった。奇跡的にビルがそのまま崩れ落ちることはなさそうだが、このままストレンジャーが暴れ続ければ危険だ。よく見るとビルの中にまだ数名の従業員らしき人も取り残されている。


「3番隊は半数を人命救助に回す。オスメント、ターラント、アーネル、クリスティ、カーティス」

「はい」

「カーティスをリーダーに人命救助にあたれ」

「了解」

「残りはストレンジャーの確保。以上」


 アランが片手を挙げたのを合図に隊員たちはそれぞれの持ち場に散っていった。


「オスメントとターラントはエンジオジバンクの隣の建物にいる人を助けろ」

「了解」

「俺とアーネルとクリスティはエンジオジバンクの人命救助。オスメントたちは終わり次第こっちも手伝ってくれ」

「了解」


 カーティスの指示を受けてリリーたちはエンジオジバンクが寄りかかっている建物の最上階に飛び移り、窓から入り込んだ。残された人たちは状況を見守るために全員窓側に集まっていたので救助は簡単に思えた。


「ここにいる方で全員ですか?」

「10階から上のフロアにいた人たちは全員集まっています。それより下の階はわかりません」


 リリーの問いにリーダーと思われる年配の男性が答える。リリーは頷いてスーツに内蔵されている通信機で状況を連絡した。


「5番隊の人が10階から下は見てくれるわ」


 それから改めて残された人々を見た。

 今この場にいるのは8人。一回で運び出せる人数だ。リリーとパーシーは手分けして4人ずつ抱えた。両脇に一人ずつ、背中に一人、前にぶら下がる人が一人。

 全員がしっかりと捕まったことを確認すると、入ってきた窓から勢いをつけて飛び出した。スーツを着ているとは言え、人を抱えたまま16階から直接飛び降りるのは危険だ。崩れ落ちた建物の残骸を飛び移りながら下りていく。

 下りながらリリーはふと違和感を感じた。


「おい!リリー!」


 先に地上に辿り着いて抱えていた人を降ろしていたパーシーの目の端に不自然な動きをするリリーが映った。慌てて振り返ると、足場が崩れ助けた人たちをを抱えたままリリーが落ちていく。今いる場所からはリリーの落下地点に間に合わない。


「リリー!」


 パーシーの声で人命救助にあたっていた他の先輩も異変に気がついた。しかしもう間に合わない。

 なんとか抱えている人たちだけでも助けようとリリーももがくが、両脇も前後も塞がっているので地面との激突を避けられない。

 衝撃を覚悟した瞬間、体が引かれた。反射的に瞑ってしまった目を開ける。すると、左脇に抱えていたはずの一般人がアランに代わっていた。アランの腕には先ほどまでリリーが抱えていた人がいる。


「すみません」

「事情は後で聞く。早く一般人を安全な場所に連れて行け」


 無事にリリーたちを地上へ下ろすと、アランは再び戦闘へと向かった。その様子を見守っていたパーシーたちが駆け寄ってくる。


「大丈夫か?」

「私は平気。皆さんを早く連れて行って」


 リリーの言葉に頷いてパーシーたちは助けた人たちを救護班のいるところに運んでいった。

 その後の人命救助はスムーズに進み、30分後には戦闘も終局していた。残りは担当の部署に委ねてリリーたち戦闘部隊はそれぞれの業務室へと帰還した。


「どういうことだ」


 業務室へ戻るなり、立たされたままリリーたちへの尋問が始まった。リリーの行動は人命救助班全員の連帯責任になる。


「ターラントとオスメントは前後左右が塞がった状態で救助にあたっていたようだが」

「申し訳ありません。私の指導不足です」


 リーダーに任じられていたカーティスが真っ先に頭を下げた。それを見てリリーたちも「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。


「指導不足もあるかもしれないが、それ以前に自分の四方を塞いではいけない、というのは養成学校で習っているはずの基本事項だ。なぜ四方を塞いではいけないかわかるか、オスメント?」

「……何かあったときに、対応できない可能性があるからです」

「その通りだ。まさに今回のターラントがいい例だな」

「……申し訳ありませんでした」


 もう一度リリーとパーシーが頭を下げる。アランはそれを一瞥して今度はリリーに矛先を変えた。


「ターラント。君はなぜオスメントとは違うルートを通ったんだ。オスメントがすでに安定性を確認している足場を使って下りていれば今回のようなことにはならなかった。先頭をいく者と同じルートを辿る、場合にもよるがこれも基本事項のはずだ」

「それは……」


 アランだけでなく隊全員の注目を浴びてリリーは言うのを躊躇った。正直なところ、男性しかいない場で話すのは恥ずかしい。しかし、言わなければこの場が収まらない。リリーは覚悟して口を開いた。


「その、前に抱えていた男性の顔が……胸にあたってしまって……」


 それで抱えなおすために足場を変えた、リリーは顔から火が出る思いで言った。他の隊員も反応に困っているのがわかる。戦闘部は基本的に女性隊員が少ないので、こういった女性特有の繊細な問題には慣れていないのだ。

 リリーはアランの様子を窺った。アランは特に表情を変えることなく、先ほどまでと同じ口調で言った。


「そういう事態は予測できたはずだ。お前が抱えていた人の中には女性もいただろう。なぜ彼女を前に抱えなかった」

「それは……救助することばかりに気をとられて、考えが至りませんでした」

「仮に考えが甘く、そういった不測の事態に陥ってしまったとしても、一度飛び出してしまった以上安全な場所に運ぶことを優先させるべきだ」


 全くその通りだ。しかし、あの時はそこまで考えが及ばなかった。


「そんな甘い考えでやっているなら辞めろ!」


 痛烈な一言が部屋に響いた。予想以上の厳しい言葉に先輩隊員たちですら戸惑っている。

 だが、リリーには分かった。この台詞は昼間の告白のことも含めて言っているんだ。

 任務は確かに未熟なところが出てしまったけれど、仕事に対する気持ちもアランに対する思いも全て本気で真剣だった。それが全て否定された。何かがリリーの頭の中で切れた。

 

――やってられないわ


 この隊も、この仕事も全て。

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