リリーの告白
「隊長。少しお時間よろしいですか?」
昼食を終え同僚と談笑しながら業務室に戻ってきたアランを迎えたのは、今年入隊したばかりのリリー=ターラントだった。意外な人物の登場にアランは内心で首をかしげる。
ひとまず話していた同僚に別れをつげてリリーと向き合った。
「悩み事か?この時間ならミーティングルームが空いてるだろう。そこでいいか?」
「はい」
リリーが頷いたのを確認してアランはミーティングルームへと足を向けた。歩きながらリリーの相談内容を予測する。
リリーはとにかく目立つ新人だった。一番の要因はその容姿だ。男女ともに振り返るであろう人形のように整った顔。男性であれば守りたくなるような華奢な身体。それでいて全体のバランスはとれていて、女性も羨む体型だ。そして口を開けばアナウンサーのようにきれいな声が流れる。
リリーの魅力はそれだけではなく、能力も非常に優秀で教師からの評価も高かった。養成学校時代の成績は常にトップ。小柄で華奢な体型だが、頭脳プレーでそれをカバーし、実技でも男子と同等の成績をおさめている。実践の場でも臆することなく冷静にアランの指示に従う。
仕事は順調、友人関係も良好。アランにはリリーの話したい内容が検討もつかなかった。
ミーティングルームに着き、指紋認証でドアを開ける。アランはロの字型に並べられたテーブルのうち、一番手前の席に座った。リリーにも座るよう勧めるがリリーは首を振って断った。
「どうしたんだ?ターラントが相談とは珍しいな」
「相談……というか、お聞きしたいことがあって」
「なんだ?」
リリーは少し言い澱んでから探るように話始めた。
「隊長は10年前に資産家の家がストレンジャーに襲撃された事件を覚えていますか?」
「……ああ。その事件ならよく覚えている」
世間的に話題になった事件であり、アラン自身も現場に立ち会ったのでよく覚えている。しかし、あの事件の話を突然始めた意図が掴めない。アランは心の中で警戒を強めた。
「あの時、隊長は一人の女の子を助けましたよね?」
「……そうだったかな」
意外にもアランからははっきりしない答えが返ってきたのでリリーは戸惑った。アランのように優秀な人物ならリリーの名前を見ただけであの時の少女だと気づいているかと思っていた。あれほど世間を脅かした事件でも、他にも大きな事件を担当していれば忘れてしまうのだろうか。
アランの返事に肩透かしをくらったものの、気を取り直してリリーは続けた。
「あの時、隊長に助けてもらったのは私なんです」
「……ああ、あの時の」
何とも歯切れの悪いリアクションだが、リリーはそれを驚いたからだと結論付けた。
「そうです!あの日、ママを亡くして絶望していた私は隊長の言葉に救われました。そして、ずっとあなたを追いかけてきたんです」
「……」
アランはただ黙って聞いている。リリーは最後の一押しとばかりに想いを告げた。
「あなたが好きです。付き合ってください」
しばしの沈黙。すぐに何らかの反応があると思っていたリリーにとっては長い沈黙。その間アランは心意を見抜こうとするかのようにリリーを見つめていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「ターラント、君の用事はそれか?」
それ、というのは告白のことだろうか。リリーは緊張した面持ちで「はい」と頷いた。
それを聞くと、アランはその長い足と腕を組んで目を閉じ、しばらく何かを考えていた。そして、ゆっくりと目を開けると、きっぱりと告げた。
「申し訳ないが、君の申し出を受け入れることはできない」
リリーに緊張が走った。こんな場面も慣れているのか、アランは気にせず続ける。
「あの時、君は緊張感の高い状況で興奮状態にあった。その興奮を恋愛状態と勘違いしているにすぎない」
「つり橋効果だって言うんですか?」
「よくある話だ」
「違います!」
リリーもそこまで単純ではない。この2週間、アランを見続けてきた。
「私は配属されてからも隊長を見てきました。その上で隊長が好きなんです」
「それは思い込みだ。そう刷り込まれてしまっているだけだ。
とにかく私は部下をそういう対象として見る気はない。そんなことを考えている暇があるなら、もっと任務に集中しろ」
そう言ってアランは立ち上がった。そしていつものクールな目でリリーを見下ろす。
「他に用事がないなら戻るぞ」
それだけ告げてアランはミーティングルームを後にした。
あまりの言い様にリリーは呆然とアランを見送った。ここまで手厳しく振られたのは――いや、そもそも振られたこと自体が初めてだった。