アランの決意
リリーと面会したその足で、アランはロイのいる指令室へと向かっていた
何人もの警備員と挨拶を交わしてようやく重厚な扉の前にたどり着く。扉の中央にはSFDのシンボルマークである鷲が勇ましく描かれている。その絵を見つめてアランは静かに唾を飲み込んだ
「アラン=マクレナン、ただいま戻りました!」
「入りなさい」
ロイの指示があると同時に扉が自動で開いた。アランはゆっくりと中に足を踏み入れる
司令室の両脇には腰ほどの高さの棚が並べられており、SFDの功績を称えた盾やら賞状やらが飾られている。司令官の後ろには、大きな窓を挟んで多くの資料が収められた本棚が立っていた
有無を言わさない圧力を感じ、アランは緊張した面持ちでロイの前まで進んだ
「ご苦労だったね。リリー=ターラントの様子はどうだった?」
「……ひどく憔悴していました」
「そうか。まあ当然の反応だろうね」
そう言ってロイは立ち上がり、アランに背を向けた。ようやく平和を取り戻せそうな街を眺めて感慨にでもふけっているのだろうか
アランはその背中に問いかける
「本当にリリー=ターラントまで逮捕する必要があったのでしょうか」
ロイの眉がわずかに上がった。ちらりとアランに視線をやる
「……どういう意味だね」
「ターラントは何も知らない様子でした。入隊した当初から彼女を見てきましたが、とてもストレンジャーと父親の関係を知っているようには思えません」
「それは君が判断することではない」
ロイの力強い否定にさすがのアランも一瞬怯んだ。仕事に対しては厳しいが普段は温厚な司令官が、感情を滲み出してしまうほどにストレンジャーはロイを苦しめている
「君の任務はリリー=ターラントを監視することだ。我々の思惑通り彼女は君を慕い、我々の監視の目に気づくことなく続けてくれた。君の働きは十分だよ」
「……」
「まさか君も彼女に惚れてしまったなんて言わないだろうね」
「そ、そんなことはありません」
珍しく動揺した様子のアランを見てロイは苦笑した
「部下の感情にまで口を出す気はないが、仕事に私情ははさまないでくれたまえ」
「……わかっています」
下がるよう言われてアランは静かに部屋を後にした
――君も彼女に惚れてしまったなんて言わないだろうね
自分がリリーに執着しているのは自覚している。リリーを騙していたということに対する罪悪感があるからだ。好きな男を餌にして少女を監獄に送り込む、その片棒を、しかも一番重要な役割を担っていたとしたら誰だってその少女を気にかけてしまうはずだ
ロイの台詞に対して言い訳を考えているうちに、エレベーターは隊室のある階に到着した。エレベーターを降りるとすぐ脇でパーシーが待ち構えていた
「隊長、リリ……ターラントはどうでしたか」
「……だいぶ疲れた様子だった。事情聴取も先延ばしにしている状態だ」
パーシーは顔を歪ませ、肩を落とした。勤務時間中だが、アランもパーシーの心痛を察して何も言わずにその様子を見ていた
「なんでターラントは捕まったんですか」
「……彼女にはストレンジャーを支援していた容疑がかかっている」
「まさかっ!」
有り得ない、というようにパーシーは目を見開いた。その姿が父親の容疑を知らされた時のリリーとかぶる
「信じられないかもしれないが事実だ」
「嘘でしょ?だってリリーは母親をストレンジャーに殺されてるんですよ?隊長だって知ってますよね?」
「ああ」
その場に自分もいたのだから当然だ、という言葉をすんでのところで飲み込む
大した反応を示さないアランに諦めたのか、パーシーは目を伏せて静かに語りだした
「……あいつ、隊長のこと好きだったんスよ。告ったって言ってたから隊長も知ってますよね。振られたから辞めたいとか色々言ってましたけど、なんだかんだで隊長に憧れてていつか対等に見てもらえるようにって頑張ってたんスよ。そんな奴がストレンジャーの味方なんかしますか!?」
「……」
「何とかできないんすか?俺たちだけでもリリーの無実を証明するために動きましょうよ」
「それはできない」
「何でですか!?」
「ターラント氏の容疑に関しては何年も前から調査してきたんだ。今更くつがえりようがない」
「……何年も前から?」
突き放すつもりで放った言葉が失言となった。アランは視線をそらすも、それが決定打となってパーシーの不信感を募らせた
「じゃあリリーがSFDに入ったのも必然だったんですね。ターラント氏の情報を手に入れるために」
「……」
「……組織ぐるみでリリーを騙してたんだ」
「……ストレンジャーを捕まえるための作戦だ」
「何が作戦ですか!情報を仕入れるなら諜報部を使えばいいでしょう!リリーをはめる必要なんてなかったはずだ!」
「彼女が無関係とは言い切れない。もしかしたらSFDに潜入することでこちらの情報を流して……」
「本気で言ってるんスか!?リリーを見てればそんなやつじゃないってわかるでしょ!」
「……」
「最低です。見損ないましたよ。隊長もこの組織も」
何も言わないアランに軽蔑した視線を送ると、パーシーは踵を返して隊室に戻っていった
アランはその後ろ姿が消えるまでただ見送っていた。その間に何一つかける言葉を思いつけなかった
※※※
翌日もアランはリリーのもとを訪れた。今度は任務ではなくアラン個人の意思だ
リリーは相変わらず虚ろな目をしたまま誰とも話せる状況ではなかった。看守の話では食事もろくにとっていないらしい
次の日もその次の日もアランはリリーのもとへ通った。何を話しかけてもリリーからの反応はない。それどころかアランが訪問するとリリーは必ず背を向けてしまう。おかげで顔色はうかがえないが、背中からでも日に日にひどくやつれていくのが見て取れた
「ターラント」
「……」
その日もリリーはアランに背を向けたまま話を聞こうともしない
いつもならこの辺で適当な会話をして退散するのだが、この日のアランはある決意を秘めていた
一呼吸置くとアランは意を決してリリーに話しかける
「ターラント、ここから出よう」
「え……?」
リリーがアランの方を向いた。数日ぶりに二人の視線が交わる
「ここから出て、2人でストレンジャーの黒幕を探そう」
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