惨劇の夜
某ヒーローアニメに影響を受けてヒーローっぽいものにしてみました。
初めての連載形式での投稿です。(今まではまとめて投稿してたので)
最後までお付き合いいただけると幸いです。
突然の襲撃だった。
静かに眠るリリーの耳に恐ろしい叫び声が聞こえた。それに続いて慌ただしく乱暴に走り回る足音。リリーは恐る恐る起き上がった。
――……パパ?
震える体を抱きしめながらリリーはそっと外の様子を窺った。今度は鮮明に音が聞こえる。騒ぎは突き当たりにある父親の部屋で起きているようだった。
「家族には危害を加えないでくれ!」
父親が必死に誰かと交渉している。相手の声はよく聞き取れない。だが父親が危険な状況であることだけは理解できた。
――ウィルを呼ばなきゃ……!
ボディーガードに助けを求めようとするも恐怖で体が動かない。自分の部屋から半分だけ顔を出したまま固まっていると安心する声に名を呼ばれた。
「リリー」
「ママ……!」
金縛りが溶けたように母親のもとへ駆け寄る。いつもの温もりに触れてようやくリリーは落ち着きを取り戻した。
「ねえ何が起きたの?パパは誰と話してるの?」
「後で話すわ。とにかく今は急いで逃げるのよ」
「パパとお兄様は?」
「お兄ちゃんは先に行ってるわ。さ、早く」
リリーは母親に手を引かれ階下へ向かった。
「何これ……」
廊下に出ると辺りは火に囲まれていた。一瞬足を踏み出すのを躊躇う。しかし母親は容赦なくリリーの手を引いて火の道を走り抜けた。
階下に着く頃には火傷だらけで泣きたいほど痛かった。ネグリジェの袖で口を押さえてはいたが煙も吸ってしまったようで息も苦しい。
――早く外に……!
広いエントランスにたどり着くと必死に扉に向かって走った。母親が扉に手をかけようとしたその時―突然目の前から姿を消した。
「え……?」
事態が飲み込めずに思わずこぼれた声。そして次の瞬間、リリーは何かにつまずいて倒れた。急いで起き上がりつまずいたものを確認する。
「……ママ……?」
リリーの目の前には先ほどまで手を引いてくれていた母親が横たわっていた。
「ママ……ママ、ママ!」
呼び掛けても揺さぶってみても反応はない。得たいの知れない不安と恐怖がリリーを包み込んだ。
「お前はアイザック=ターラントの娘だな」
聞いたことのない声が後ろで父親の名を口にした。リリーはゆっくりと振り向いた。そこには人の形をした白い光の塊が立っていた。異常な光景に悲鳴も出てこない。リリーはすがるように母親にしがみついた。
「すぐに母親と同じところへ連れていってやる」
光に包まれた指がリリーに突きつけられる。何が起きるのかわからないが自分が死ぬのだということはわかった。
「ママ……」
もう動かない母親の胸に顔をうずめる。死を覚悟したその時どこからともなく声が聞こえてきた。
「そこまでだ!」
「え……?」
リリーが振り返るのと同時に白い服を着た人らしきものが飛んできて立っていた白い光を吹っ飛ばした。
「大丈夫か?」
そう言ってリリーをかばうスーツには見覚えがある。地球外生物と戦うために設立された特殊防衛部隊、通称SFD。隊員はリリーが動けることを確認するとリリーの頭に手をのせた。
「少し目をつぶっていろ」
それだけ言うと隊員はすでに起き上がっていた白い光と向かい合う。これから起こることを予想してリリーは再び母親の体に顔をうずめた。背後からは殴る音や何かが焼ける音、どちらのともつかないダメージを受けた声が聞こえる。
何時間にも思える時間が流れた。戦う音が止んだ。
「外に出るぞ」
隊員はリリーを軽々と横抱きにした。そしてそのまま扉を蹴破り外に出ようとする。
「待って!ママがいるわ!」
「ママ?」
そう言ってから隊員は足元に倒れている女を見てリリーのいわんとするところを察した。
「ママは……もうダメだ」
「なんで!嫌っ!ママ!ママ!」
暴れるリリーを隊員は肩に担ぎ直す。
「ママぁあああ!」
燃え盛る炎の中に横たわる母親にリリーは届くはずのない手を伸ばし続けた。隊員は悲痛な叫びに顔をしかめながら屋敷を後にした。 一夜にしてターラント家の屋敷は姿を変えた。丘の上に建つ小さな城と呼ばれた建物はほぼ全壊。犠牲者が一人ですんだのが不思議なくらい無惨な姿になっていた。
「ママぁ……」
隊員にしがみついたまま黒い闇と同化してしまった我が家に向かって呼び掛ける。しかし二度と返事を聞けることはない。急すぎる喪失にリリーの思考は凍りついていた。感情も涙も体も……――
「風邪を引く」
隊員はリリーの冷えきった体に自分の上着をかけた。防護服を兼ねたそれは重いが暖かい。しかしリリーはそれを拒んだ。
「けっこうです」
「この寒空にそんな格好じゃ風邪を引く」
「いいんです。もう生きていたくない。ママのところにいきたい……」
「君のママはそんなことは望んでいない」
「わかったような口をきかないでよ!」
睨んだ先の表情は読み取れない。それがいっそうリリーを苛立たせた。母親が望むことぐらいわかっている。わかっていても今は生きたいと思えないのだ。母親のいない世界など生きている意味がない。
「そうでなければ君を炎の中から連れ出そうとしたり我々を呼んだりしない」
「……」
「お母さんが助けてくれた命を大切にするんだ」
――ママが助けてくれた命……
溢れくる涙が止まらなかった。渡された上着に顔を押し付け、声をあげて泣いた。隊員はリリーが落ち着くまでその背中を優しくなでていた。
「悲しければ強くなれ。今度は君が家族を守るんだ」
最後にささやかれた言葉はリリーの頭にいつまでも残っていた。