傍観者
とーた、と舌足らずに呼ぶ子供に出会ったのは、その子供が6歳くらいの頃だった。
それなりの広さを持つ家の中で、独りポツリといるのが何とも印象的で、気まぐれに声をかけたのが始まりだった。
真っ白な髪のその子供が、人間だということにまず驚いた。幼いながらも整った顔立ちをした庇護欲の誘われる子供は、しかし、人間たちにとって隔離しなければならないほどに異質な存在だった。
子供が一人でいるこの家に、定期的に送られてくる人間を子供は〝贄〟なのだと言った。そして当然のように世話をしてくれるその人間たちを殺した。弄り楽しむようなその殺人行為に、子供はけれど、酷く冷淡な表情をしていた。
子供は無垢だ。
無垢で無邪気で、そこらの人間と変わらない。
変わらないはずなのに、その殺人行為故の濃い血の匂いが、子供の異質さを際立てていた。
だが、人間たちにとって子供を隔離するほどの異質さが、殺人行為は後付けされたもので、全くの別物だったと知ったのは、その殺人を目撃してから数週間経った後だった。
放置されたままの死体から異臭が放たれ、鼻がひん曲がりそうになった。実際ひん曲がったのではないかと心配したが、それよりも、その惨状の中で暢気に眠りこけている子供の神経を疑った。当然狂っていることなど、前々からわかってはいたが。
血みどろのまま、母の腕に抱かれているかのように安心しきった顔をして、健やかな寝息を立てていた子供は、こちらの気配を感じてすぐに起き上がった。
「どうにかしろ。臭いが酷いぞ」
子供は首を傾げただけだった。この子供は極端に喋るということをしない。元々、喋らなくていい生活をしているのだから、当たり前の結果なのかもしれない。
子供は少しの間逡巡してから、小さくつぶやいた。
「キエロ」
世界が奇妙に歪んだような感触をヒシヒシと感じながら、目の前の光景に声も出なかった。
「今のは、お前がやったのか」
こくりと頷く子供の異様さを改めて認識した。
目の前の光景に視線を戻す。死体どころか、血の一滴、臭いすらも残ってはいない。
「あれはどこへ行ったんだ」
問えば、子供は首を横に振った。
「知らないのか?」
それにも首を横に振られる。
「ならどこに…」
どこに行ったのだと再度問おうとして、子供は邪気なく笑った。
「きえただけだよ。ぜんぶぜんぶ。とーたはとーただからおぼえてるけど、もうだーれもおぼえてないよ。だっていないひと、おぼえられないでしょ?」
いつになく饒舌に語る子供に、ゾッとした。存在そのものを消したと言うのか、この子供は。
この〝力〟かと納得した。この〝力〟故の〝隔離〟で、だからこその〝贄〟なのかと。
けれど、それもそれだけだった。
間をあけて、それでもやってくる贄を殺す子供に、何かをいう権利も義務もない。それ以上に、自分ですら一瞬で消されるだろう力に畏怖は覚えど、子供に何かする気も起きなかった。
ただ共に昼寝をするくらいが、丁度いい距離で、結局のところ、それくらいしか目新しいものがなかっただけだった。
その距離を保ち、子供は子供のまま、身体だけは15、6歳の少年へと成長していった。無邪気さはそのままに、狂気だけは増幅させて、殺し方も過激さを増していった。
そんな子供の前に現れた少女が、〝贄〟ではないことを子供も知っていたはずだ。
〝贄〟ではなかった。
生きてはいない霊体が〝贄〟のはずがない。
だから現れた当初、子供は少女に対して困惑した様子で接していた。
迷い込んできた猫のような少女は、次第に子供とも打ち解けて、会う度に姉弟のような仲になっていった。贄がいない間は寝て過ごす子供を昼前には起こし、なるべく規則正しい生活をさせ、外を知らない子供に外を教えようとする。そんな少女に、子供は少しずつ今まで知らなかった感情を知り、会話をするということの楽しさを知っていった。
そんな二人の間に何が起こったのか。それは詳しくは知らない。見ていないのだから仕方ない。大方の予想はつくが。
結果だけいえば、出て行こうとした少女をトチ狂った子供が〝贄〟とするべく、持ち前の能力を行使したということだった。それも、いつものような使い捨てではなく、半永久的な〝贄〟にだ。
にも拘らず、二人の関係が大きく変わったかといえばそうでもなかった。
肉体を得た代わりに、子供との記憶を少女が失ったからだろう。
〝贄〟となる前も、後も、少女は子供を慈しんだ。どれだけ殺されようとも変わらないその慈しみは、どこか盲目的な愛を匂わせた。そうしなければならない強迫観念に囚われている、という見方もでき、ああこれも子供の仕業かと、検討をつける。
そうと知らない少女は、その慈しみを恋へと変化させていく。
恋を抱いた少女が、子供には離れて行こうとした頃のものを連想させるのだろう。例え離れることができるはずもないことを知っていたとしても。
それ故に子供は無意識に恐れ、少女を殺すだけでは飽き足らず、その紛い物の身体の肉を食べた。
食べて、食べて、骨もしゃぶって。
子供は初めての人肉を泣きながら食べていた。ぽろぽろとこぼす涙に、子供に涙腺があることを初めて知った。
食べたことで子供の体の一部になってしまったがために、戻らなくなった残骸を見止めて、子供は更に泣いた。声を上げず、ただ濁流の涙をこぼすだけの泣き顔だった。
残骸を抱きしめ、一頻り泣いた子供は、何を思ったのか少女を新しく作った。
出会った直前の何も知らない少女に、戻したのではなく、作ったのだ。それは、少女であって少女ではないもののように見えた。
子供に対する慈しみの度合いが若干高くなっているのだと、何度目かの繰り返しで気付いた。
その意図は、今もって尚、まったくもって計り知れない。
「とーた、ご飯食べてく?」
確信の響きを持った問いかけに、ひとつ頷く。
また新しく作り変えられたニエ。
以前のニエに忠告したものの、やはりその末路は変わらなかった。
どうすればこの繰り返しを生きたまま終わらせられるのか。
わからないが、これ以上の手出しはしないことにしようと、心の内で決めた。
とーたから見たお話です。
とりあえずこれにて完結。
読んでくださってありがとうございました。




