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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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【最強の男に拾われたら、一生離してもらえなくなりました】

ただ一生懸命に生きてきただけ。死にかけた捨て犬を助けたら、執着王太子でした。「見返りを求めない君の尊さに俺は完敗だ」と宝石と甘い口づけで閉じ込められる日々。今更泣きついてくる国なんて知りません。

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/03/14

 私に家族はいない。


 気づいたら町外れの古く小さな壊れた小屋で一人で生きてきた。


 冬の日に、一人が嫌で拾った犬が、隣国の王太子だった——。


◇◆


 町の大通りの店には入れない。


 お金を持っていないから。


 森の木の実を集めて裏口に持って行くとパン屋はパンと交換してくれる。


 それ以外の食事は森の木の実と小屋の横の畑で作った野菜だけ。


 店の人が野菜と物を交換してくれることもある。


 初めて食べた砂糖菓子は甘くてとろけるようで幸せの味だった。


 もうこれで死んでもいいと思った。


 私は転生者だけど、砂糖の味なんて忘れてた。


 パン屋さんで久しぶりに木の実とパンを交換する。


 帰り道で痩せた犬が倒れていた。


「もうすぐ死ぬわ」


 周りで話す人たち。


 私はパンを食べさせようと犬に近づくけど、食べる気力もないらしい。


 私は犬を抱き上げると小屋へ連れて帰る。


「やめなさい。食べるものにも苦労してるあなたが看病しても食糧を無駄にするだけよ」


 言われたけど、放ってはおけない。


 小屋で犬にスプーンですくって水をあげる。


 振るえる舌先にスプーンを当てても、最初はこぼれ落ちてしまう。


 何度目かでやっと舌が水を捉えて飲み込んでくれた。


 少しづつ何度も何度も水を与えると舌が動かなくなる。


 小さなカラダが上下して眠っているのがわかる。


 少し落ち着いたのかも。


 でも、身体が冷たい。


 一つしかない毛布で包んで自分の身体も重ねて温める。


 しばらくウトウトしていたらまた水を欲しがって、与えて眠るの繰り返し。


 パンを水に浸してあげたら食べた。


 犬は身体を少しだけ起こして皿から水を飲めるようになっていた。


 喉を鳴らして水を飲む。


 パンだけじゃ足りないから、野菜を煮る。


 本格的な冬を前にまだ薪を集められていないけど、この子のためなら惜しくない。


 薪をたっぷり使ってクタクタになるまで野菜を煮た。


 美味しそうに皿まで舐めてくれる。


 元気になったこの子を服の下に抱いて寝ると暖かくて、薪はそんなにいらないかもしれない。


 ただ、まだ痩せ細った身体が心配。


 もっと食べさせてあげないと。


 畑で芋を掘っているとあの子がおぼつかない足で近づいてこようとする。


 近づいて抱き上げて、日向で待つように毛布をかけて寝かせる


 毛布の上に出た尻尾がパタパタと動いて私を見てる。


 夜に一緒に眠るとふっくらと肉がついてきた。


 昼寝してしまった私に毛布がかけられて、あの子が横で尻尾を振っておすわりしていた。


 森に行くと、ガサガサと落ち葉を踏んで、私より早く木の実や薪になる枝を見つけてくれる。


 もう大丈夫ね。


 夜は一緒に眠る。


 今は私の方が温めてもらっているの。


◇◆


 本当にもう心配いらないと思ったら、あの子は居なくなってしまった……。


 一緒に寝ていた壊れかけのベッドに見知らぬ男が寝ている。


 ふ、服を着ていない。


「きゃー!」


 大声を上げて小屋から外に出ようとするけど、足がもつれて転んでしまう。


 痛い!


 折れた!


 ずっとあの子の食事を優先して食べていなかったから、私の身体も細くなっていた。


 折れた足首の激痛に顔が歪むけど、這ってでも外に出ていかないと。


 こ、こんな、裸でいる男の人のそばになんていられない……。


「くっ!」


 痛みに声が漏れてしまう。


 逃げられないのに、些細な音で起こしたらダメだ。


 ポロポロと涙が出てくる。


 それでも、外に、外に出なきゃ!


「うーん……ご主人様……」


 男が寝言を言う。


 恐怖に手が動かなくなる。


「あれ、ご主人様がいない! ……あれ……」


 男は自分の手を見つめている。


「……戻ってる……人間に戻れた!」


 大声で喜ぶ男が、床に這いつくばる私に気づく。


「ご主人様! 俺です! 人間に戻れました!」


 男が裸のままで私に抱きついてくる。


 まるで犬だったあの子と同じように身体を擦り付けてくる。


「いやああああああああ!」


 私が叫ぶと、男は慌てる。


「すみません、元に戻れて嬉しくてつい……」


 ショボンとする。


 男が手をかかげると光が溢れる。


 男は魔法使いで、魔法で出した服を着ていた。


「俺を助けてくれて、ありがとうございます。あなたは聖女だ」


 男は嬉しそうに言うけど、私は恐怖で顔が引き攣っている。


 この人が可愛いあの子だったって言うの……?


「……帰ってください」


「せっかく人間に戻れたんです。お礼をさせてください」


「いりません、帰って!」


 私は強く言う。


 男は驚いている。


「……足に怪我を……」


 立ち上がれずにいる私の怪我に気づいて、男は魔法で治して去って行った。


 ……私は声もなく泣いた……。


◆◇


 ご主人様……聖女の部屋から出て町の大通りを歩く。


「あの小屋に住んでる子? 小さな頃に両親を亡くして、小屋に住んでた祖父のところに連れてこられたのよ。その祖父もすぐに亡くなって、ずっと一人であそこにいるのよ……。なんとかしてあげたくても、どこの家も余裕がなくてね……」


「お金がないなら娼館で働けばいいんだ。誘いを断って逃げるようにずっと小屋にこもってる。あれじゃ、誰にも同情されない」


「ずっと前に、町の男に迫られて、大暴れをして逃げていたことがあったな。二、三度くらい。

 それでも他に行く場所がないんだね、可哀想に」


 買い物をしながら話を聞いた。


 売ってる砂糖菓子は甘いけど、同情しても彼女を助けてくれる人はいなかった。


 俺はそんな彼女に全裸で迫ってしまった……。


 ただ、聖女を守りたくて俺は小屋の外にいた。


 雪が降り出す。


 魔法で暖を取るのは簡単だが、小屋の中の聖女はもっと寒い思いをしている。


 ウトウトと眠くなる。


 パシッ


 頬を叩かれる。


「寝たら死んじゃうわ。小屋に入って」


 聖女に招かれて小屋に入る。


 俺は聖女を抱きしめる。


「嬉しいよ、聖女。俺を受け入れてくれて」


「きゃあああ」


 聖女はまた逃げて行く。


「さ、寒いから、入ってもらっただけ。ち、近づかないで!」


 聖女は俺から一番離れられる場所にいる。


 小屋には暖炉があって燃えているけど、聖女のいる場所までは熱が届かない。


 俺は魔法で部屋を暖める


 光に包まれて部屋が暖かくなる


 聖女は驚いた顔をしていた。


 『部屋を暖かくしてくれてありがとう』


 そう言われると思ったけど……。


「あなた、そういえば魔法使いだった! だったら凍えることも無いじゃない! で、出て行って!」


 ええ!? そうなるの?


 聖女の指差した外は雪だったのが吹雪に変わっていた。


「さすがに、外に出れません……」


「……止んだら、絶対に出て行って……」


 聖女はそのまま隅っこで膝を抱える


◇◆


 パチパチと火が燃えている。


 ただ、薪を追加していないのですぐに消えそうだ。


「……あなたの部屋を暖める魔法はいつまで持つの? 薪を追加するのは魔法が消える頃にするから」


 聖女に話しかけられた!


 俺はしっぽを振って聖女を抱きしめて答える。


「このままでも明日まで保つけど、俺がいる間は何度も掛け直します!」


「いやあああ!」


 聖女が俺を突き飛ばして反対側の隅っこに走る。


 俺をものすごく警戒して震えている。


「……分かりました。もう近づきません……」


 俺も聖女と同じように膝を抱えて隅っこに座った。


 ……。


 香ばしい香りに目を覚ます。


 聖女がテーブルにスープを並べている。


 二つ皿がある。


 お、俺の分もある!


「薪がなくなる前に作ったの。あなたが部屋を暖かくしてくれたから。薪を節約したら、料理は出来なくなる……」


 俺は聖女の側に行こうとして躊躇した。


「……俺が、近づいていいの?」


「食べるだけなら……」


 聖女が許可してくれたから、俺はしっぽを振ってすぐ横に座った。


 ガタッと椅子が安定しない。


「私が座ってる方よりはマシだから」


 スープの皿もヒビが入って欠けている。


「聖女、皿が反対だ」


 俺が言うと聖女は驚く。


「私のほうの皿はあの子……犬が使っていた皿だから」


「その犬が俺だ!」


 俺は犬の時に使っていた皿に交換する。


「聖女のスプーンも、俺に水を飲ませてくれていたものだ」


 聖女の瞳が揺れた。


「本当に……? あなたがあの子なの……」


 聖女の目から涙が溢れ出す。


「俺の魔法を見ただろう? 別の魔法使いに呪いをかけられて、本当に犬にされていたんだ。

 体力が回復すれば人間に戻れるけど、回復しなかったら、そのまま死んでた……」


「あの子が、死ななくて良かった……」


 聖女は本当に良かったと思ってくれているようだった。


 でも、どこか淋しさを感じる。


 スープは犬だった時より野菜が硬くて噛みにくい……、犬の歯は鋭かったから……。


 違う——。


 俺はスープを見る。


 スープには野菜の芯の部分がたくさん入っている。


 これは、俺がさっき聖女の皿と交換したものだ。


 本当なら、これは聖女が食べるはずのスープだった。


『あの子が、死ななくて良かった……』


 俺があの犬だって確信する前に聖女はスープを分けていた。


 聖女にとって、あの時の俺は、まだ恐怖の対象でしかなかったというのに……。


「聖女!」


 俺は聖女を抱きしめた。


「や、やめて。いくらあの子でもダメなの」


 聖女はさっきのようには逃げない。

 

「君を、手離せません。見返りを求めない君の尊さに俺は完敗だ」


「見返りなら求めてたわ。ずっとあの子にそばにいて欲しかっただけ。一人はもう嫌だったから……」


「もう俺がずっと一緒にいるよ。一生君を離さない。俺が君がずっと探してた男だよ」


「お、男の人を探してたわけじゃ……」


「うん、男でも犬でも、ずっと君の側にいるのは俺だから。今の俺は男だから、俺を受け入れて、聖女」


 話ながら逃げようとする聖女の腕を取ろうとする。


 いつの間にか壊れたベッドに追い詰められて座り込んでいる聖女を押し倒した。


 身体をこわばらせる聖女。


「大丈夫、何もしないから。俺が君をどんなに好きかわかって」


 俺は聖女の唇を舐めるようにキスする。


「な、何もしないって!」


「犬の時にしてたことは、何もしないの範囲内だよ」


「そんなの、は、反則!」


 俺は気にせずに、犬の時みたいな格好になって、聖女の服の中で温めてもらう。


◆◇


 何もしないって! キスして、こんな格好で寝ちゃったのに!


 朝になってもそれ以上のことはなかったけど……。


 寝ている魔法使いの顔を見る。


 金色の髪があの子と同じかもしれない。


 私は思わず撫でてしまう。


 あの子が喜んで私に跳ねてきた事を思い出す。


 魔法使いが目を覚ます。


 飛び起きて、私に頭を擦り付けて匂いを嗅いでるみたい。


「おはよう、聖女。ずっと俺が一緒にいるからね」


 ギュッと私を抱きしめてくれる。


 私の目から涙が溢れた。


 ずっと誰かに言って欲しかった……。


「ずっと私といてね……」


 ギュッと私も抱きしめる。


◆◇


 あの子に暖めてもらうみたいに魔法使いに抱きつく。


「聖女、可愛い! 俺の聖女! 俺だけの聖女だ!」


 魔法使いは私を撫でたりキスしたり、嬉しそうにしてる。


「あ」


 ポケットの中のものに気づいた魔法使いが、手から私の口に砂糖菓子を入れる。


 二度目に食べる砂糖菓子は、甘くて美味しい。


 でも、この人は店で買い物ができる人なんだ……。


 胸が少し痛んだ。


 魔法使いが自分の正体を話てくれる。


「俺は隣の国の王太子なんだ」


「え……?」


 幸せな気持ちが一気に萎んでいった。


「国の聖女が君と同じ孤児で、苦労して魔法を習得して聖女になったんだ。いい子だと思っていたけど、犬にされてしまった……」


 王太子は、ずっと私と一緒だって言ったのに……。


 私が身体を離して暗い顔になったのを王太子も分かったみたい。


「君を連れて行くからずっと一緒だよ。嫌だって言っても君は俺のものだから、離さないよ」


「でも…… 何も出来ないの……」


「何もする事ないよ。君は僕を救ってくれたんだから、これ以上何も必要ないんだよ。君は存在そのものが尊い聖女だ」


「……違うわ、私はただあなたにそばにいて欲しくて……」


「だから聖女なんだ。あんな死にかけの犬に誰も目を向けない。君が、ただ一生懸命に生きてる姿が美しい」


「……」


「じゃあ、すぐに行こう」


 外はまだ吹雪が続いているのに……。


 王太子が手をかかげると光に包まれる。


 一瞬後に、私は別の場所にいた。


 華やかな装飾の暖かい部屋……。


「俺の部屋だよ」


「!?」


 王太子の魔法の力で一瞬で連れてこられたらしい。


「こんな事ができるなら、すぐに帰れば良かったのに……!」


「君が一緒じゃないと意味がないよ。帰って欲しかったの?」


 王太子が意地悪にいう。


 私は首を振って、ギュッと王太子に抱きついた。


 王太子はもっと強く抱きしめて、私の口にキスする。


 砂糖菓子より甘い。


「ずっと、こうしていたいけど一度、王に報告に行かないと……」


 王太子はメイドを呼ぶと私を任せて出て行った。


 メイド服が綺麗で気後れしてしまう。


 王太子はよくこんなボロボロの服の私を抱きしめる事が出来たわ……。


 お風呂に入れられて、新しい服を着せられる。


 自分でもびっくりするほど綺麗になった。


 王太子が戻ってきたらなんと言ってくれるかしら?


 でも、いくら待っても王太子は戻ってきませんでした——。


◆◇◆


 夜に王太子の部屋が真っ暗になって、さすがに心配で部屋を出て行く。


 見知らぬ淑女が歩いているように見えたらしい。


 近衛兵がやってきて私はとらえられてしまう。


 メイドが私が王太子といたと証言しても意味がなかった。


 そして、地下牢に入れられる。


 地下牢には思ったより多くの人がいた。


 暗くジメジメしていて、様子がよくわからないけど、服が皆、立派だった。


 何日も入れられているらしく、みんな気力をなくして言葉が少ないけど、言葉の端々から、王や貴族など、身分の高い人らしかった。


 何故? そんな人たちが地下牢に入れられているのか……。


「クーン……」


 犬の声が聞こえた。


 私は地下牢の中を声の方に移動する。


 違う牢獄の中に、あの子がいた。


 殴られたんだろうか? 怪我をしている。


「王太子!」


 呼びかけに王太子の身体が反応する。


 それ以上に、地下牢の王や貴族たちがざわめく。


「王太子がいれば魔法でこの状況を変えてくれる」


「あの犬が王太子だと言うのか!?」


「令嬢、何故あなたにあの犬が王太子だと分かるんだ」


 私は服装から令嬢と思われている。


 けれど、自分が孤児で死にかけていた犬を助けたら王太子になったことを伝える。


 王太子は、この国に戻ってきて王に会いに行って帰って来なかったと……。


「そうか、ちょうど王太子が居なくなった頃と時期が合う。王太子がいなくなってからこの城と国は、悪い聖女に徐々に乗っ取られてしまったんだ。知らずに戻って来て、また犬にされてしまったのか……」


「お、王太子は、元気になって人間に戻りました。ま、魔法で回復させてくれる人はいないんですか?」


 私が聞くと、いかにも魔法使いのような老人が前に出る。


「……ワシの、最後の魔力を使えば回復させられます」


 じゃあ、みんな脱出できる!


「こんな者の言う事を信じるんですか!?」


 誰かが言った。


「悪い聖女と同じ、卑しい孤児です。本当の事だとしても、次はこんな女に、この国を乗っ取られても困ります」


 ああ、今、そんな事を言ってる場合じゃないのに……。


 犬を見ると呼吸が弱々しい。


 このままじゃ死んじゃう……!


「わ、私は、ここを出たら隣国に戻ります! だから、王太子だけは助けてください!」


 周りがざわつく。


「老魔法使いよ、王太子を助けてくれ」


「……わかりました、王」


 老魔法使いが魔法を使って、犬が光に包まれたら犬の怪我がすっかり治る。


 犬は立ち上がって、牢の隙間から私の元に来る。


 ペロペロと私の口を舐める。


 王太子にキスされるのとおんなじ。


 ただ、これが最後だ——。


 怪我が治った犬は光に包まれると人間の姿になる。


 王太子が途中で手をかかげて魔法を使ったから、今度は全裸じゃない。


「聖女、一緒に逃げよう」


 そういって私を抱きしめると王太子は魔法を使う。


 私と王太子は牢の外にでる。


「あなたがたには呆れました。聖女を生まれのみで判断する。彼女の自分を厭わない尊さを理解できない人たちに助ける価値はない。この国を乗っ取った悪い聖女と運命を共にしてください」


 王太子が私を抱いて去ろうとする。


「ま、待ってくれ、わかった。その女のことは認める」


 王が言う。


「王だけでは意味がない」


 牢の中を見つめる王太子の青い瞳は冷たい。


「……孤児に忠誠を誓います」


 誰かがそういってひざまづく。


 次々に貴族たちが続く。


 最後の一人が唇を悔しそうに結んで、


「誓います」


 そういって頭を床に擦り付けた。


「聖女、どうする?」


 王太子が聞くけど。


「王太子、私は隣国に戻ります。こんなに嫌がられているのに、居座るつもりはないわ」


 私の言葉に牢の中の人たちがざわつく。


「じゃあ、助けない。聖女が俺と居てくれないなら、助けたくない」


「お、王太子……!」


 ここで、王太子の言う通りにするのは簡単だけど……。


「私が無理に貴族たちの仲間に入ることは、彼らが守っている大事な価値感を破壊することなの。私はそんなことをしてまで、ここにいたいと思わない」


 王太子は俯いた。


「せっかくまた犬になって、君の居場所を作りたかったのに……」


 王太子はわざと犬にされたらしい。


「隣国に会いに来てくれたら嬉しい」


 牢の中はざわついている。


◆◇◆


 王太子と私は王座の間の前にいた。


「悪い聖女があなたを犬にして、王国を乗っ取ったの?」


「俺は、最初は聖女を疑ってなかったから、犬にされてしまった。さっきは時間がきたら戻るように俺自身に魔法をかけてから、わざと犬にされたんだ」


「弱くて犬にされたんじゃないのね? 犬になっても私はずっとあなたと一緒にいるけど……」


 私は王太子にしがみついた。


「聖女とずっと一緒にいられるのは犬の方だな。一瞬だって君を離したくないから。俺の方が聖女より魔法の力ならずっと強いから君の犬に戻れなくて残念だ」


 嬉しそうに頭を擦り付けて私にキスしてる王太子は、尻尾を振っているあの子だった時と変わらないけど。


 そして、王座の間に入って王太子は悪い聖女と対峙する。


「お、王太子! 牢から出て来たの!」


「悪い聖女、どうしてこんな事をしたんだ」


 悪い聖女は唇を噛んで、身体を震わせた。


「身寄りのない、私を虐げて来たこの国の奴らに復讐して何が悪いの? 何度も犬にされるほど間抜けなあなたには、搾取されるだけの痛みが分からないのよ」


 私は、ズキっと胸が痛んだ。


 私と悪い聖女は同じだ……。


 悪い聖女が魔法を使おうと光をあつめた時に、すでに王太子の魔法が光を放っていた。


 悪い聖女はワインのボトルの中に小さくなって閉じ込められた。


◆◇


 悪い聖女を倒して、王太子の国は元通り。


 私は隣国の小屋に戻った。


 小屋は王太子が魔法で立派にしてくれて、小屋とは呼べない。


 ほとんど住み着いている王太子が、私に山盛りの宝石を贈ると、それ以上の口付けをするの。


 ドレスや、街に行くための馬車に、御者や使用人と、贈り物が増えて、その度に小屋は拡張されていく。


 馬車で買い物に行くと裏口でパンを渡してくれた店主が愛想良く笑う。


 その顔の影には裏口でパンをくれた時と同じ蔑む表情も隠れている。


 裏口で表情は蔑んでいても、パンをちゃんとくれたし、恨んだりはしてないけど……。


「愛想を振りまかれるのは、なんだか苦手」


 私はワインボトルの中の聖女に話しかける。


 同じ孤児という境遇の私たちは、やってしまった事は違うけど話が合う。


 外に出たいかと聞くと、


「あなたが面倒を見てくれて、食事の心配もしなくていいし、自由に過ごせるここが快適だわ」


 と、ワインボトルが気に入ってるらしい。


 私と悪い聖女の会話に王太子が嫉妬して、ワインボトルに布をかける。


「これからは俺だけの時間だよ、聖女」


 お姫様抱っこでベッドに連れて行かれる。


 女の子とは話せるけど、男の人と話すと王太子はすごく怒る。


 昔、私に迫って来た男たちを町で見かけない。


 布をかけられたワインボトルがいつの間にか増えている気がする。


 悪い聖女が、


「あなたは、気にしなくていいわよ」


 と、言って楽しそうに笑う。


 かけられた布が震えるように揺れてる。


「聖女は俺だけのものだ」


 そう耳元で囁きながら、眠りに落ちる直前まで、私に甘いキスを落とす。


 二人で眠ったベッドはまだ狭いまま残ってる。


 狭いベッドの上で、眠った王太子は寝ぼけて私に頭を擦り付けて匂いを嗅いだりして、幸せそうにとろけてる。


 私も、王太子と抱き合っているとこの上なく幸せだった。


 少し動いただけで、丸くなって寝てる王太子にぶつかる。


 人と暮らしている感覚。


 世界一好きな人だから、この狭い場所が天国になる。


「一生このまま俺だけのものにして閉じ込めるよ、聖女」


 私は、一生、あなたのもの。



 王太子の国の王や貴族からは、


『王太子の妃になって戻って来てくれ』


と毎日のように使者が来る。


 けど、私と王太子は、まだここであったまっていたい。


 死にかけた犬を助けただけ。


 なのに今、私は隣国の王太子に抱きしめられている。


 「君は僕の聖女だ」


 そう言って、今日も甘い口づけを落とされる。


 ……どうやら私は、国よりも大事にされて、一生溺愛される。


 王太子は、本当に私に完敗したらしい。


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